伊吹、無謀で無駄なあがきを始める 4
消失。
あくまでその世界を見る事ができなくなっただけなのか、それとももっと悪い事が起こったのか。
召還実験により、こちらに多大な被害があった事は記録されている。が、対象となった世界がどうなったのかは分からないのだ。あちらも、無事で済んでいない可能性は非常に大きい。その上観測できなくなっているとなると。
「ここに恨まれているんじゃないか?」
「その可能性は否定できないね。実際そう考えている人達も多いよ。だが、この実験からもう400年近く経っているから、私としてはあまりぴんとこないな。長寿の種が暮らしているのかもしれないが、そうでなかったら当事者はもう死んでいるだろうしね」
物凄く恨み深い種族なのかもしれない。
「それに」
と、クリスティアンは腕を組んだ。
「殆どの世界は異世界の存在を認知していない。その世界で異変が起こったとして、その原因がこちらの世界だと気が付けただろうか」
確かに。
言われて見ればその通りだ。どんな異変が起こったのかは分からないが、原因が異世界ですという結論に達せたとは考え難い。伊吹の世界でそれが起こったとして、そんな事を言い出す奴がいたら間違いなく頭のかわいそうな人として認知される事だろう。
異世界の存在を認知していた場合は別だが。
「その世界かは分からないが、敵がいるとすれば観測不能の世界の者である可能性が高いというのは確かだ。だから勿論、私達もその辺りは慎重に対応している」
慎重に対応=簡単には外に出さない、という事だろうか。
「そのリストもここにあるのか?」
「あるだろうね。見たいならば調べてみよう」
棚に付いたパネルを操作すると、2つ向こうの棚の辺りで音が鳴った。
観測不能の世界から来た異世界人のリスト。
施設職員ではない一般異世界人の伊吹が見る事は色々問題がありそうな代物だ。プライバシー的な意味で。だが特に禁止されてはいないので、遠慮なく見る。
読み取りの器具にフォウルをセットすると、123名の名前がずらりと名前が映し出された。赤字になっているのは既に亡くなった者達らしい。その数は結構多く、現在生存しているのは15名。その中に、見覚えのある名前が混じっていた。
「ニトロ?」
思わず読み上げると、ページが移動した。ニトロに関する詳細な情報が、本人の画像月で映し出される。皮肉そうな笑いを湛えた、三つ目の青年。間違いなく現在、伊吹のクラスメイトとなっている男だ。
現在19歳……いや、ほんの数日前に20歳になっているらしい。
こちらに来たのは彼が13歳の時。今からおよそ7年前だ。外に出されたのは2年と4ヶ月前。5年近くの間、彼は施設で『保護』されていた事になる。
「彼が気になるのかい」
「いや……というか、知り合いだからな」
怪しいかといわれればこの上なく怪しい。胡散臭い雰囲気の男なのだ。ただ迷い込んできた年齢が子ども過ぎるような気がする。
「13歳、か」
どうなんだ。
呟いた伊吹の言葉に反応し、再びページが移動した。どうやら13歳当時の状況が記されているようだ。つまり、迷い込んだ直後の。
全身打撲、重度の裂傷に骨折など、あちこちにかなりの酷い怪我を負っていたらしい。その怪我の原因は不明。
迷い出た場所は森の近くで、少なくともその辺りに怪我の原因となるような痕跡は見つけられていない。加えて、本人は怪我のショックか、それとも異世界同調現象に巻き込まれた事が原因か、記憶喪失となっていた。後に記憶は回復するが、怪我に関する事柄などは思い出せないままとなっているようだ。
関連項目、と赤字で記されている部分がある。
「関連項目」
伊吹の声に反応して、再び移動するページ。
ページの最初に記された日付は、ニトロが迷い込んだものと一致する。日付の下にはC452~C457までの番号が下へ並んでいて、次に地名が降られている。場所はかなりばらばらだ。1つだけ、ニトロのいた場所と一致するものがあった。その隣に上半身、右腕、頭部、と一列毎に記されている。
「何だ?」
何となく不穏な予感があった。
「あまり聞いて楽しい話では無いが、それは同調現象による事故の被害者記録だね」
事故の、被害者。
それだけならば伊吹も当てはまるのだが、ここにあるのは番号と、体の一部分、性別のみ。背中の辺りがひやりとした。
「まさか」
「そのまさか。運悪く、体の一部分だけがこちらの世界へ来てしまった人達さ」
「…………」
恐ろしすぎる。
不運だと思っていたが、彼らに比べれば全然マシだ。突然上半身が無くなりましたとか、洒落にならない。普通に死ぬ。
「こういう事故は、何故か観測不能の世界との同調現象である場合が圧倒的に多くてね。最近は少なくなってきているが、召喚事故から100年ばかりは頻繁に起きていたらしいよ」
悲しげに眉を寄せて、クリスティアンは溜息を吐く。
「ああ…、幾人もの美しい女性たちに襲った悲劇の事を考えると胸が」
「それはもう良い」
無視してニトロのページへと戻る。
これが関連として添えられていたということは、彼らはニトロと共に同調現象に巻き込まれた者達なのだろう。
伊吹にとっての吹雪や、志真、菊乃だ。彼らもほぼ同じ場所で巻き込まれたに関わらず、かなり別々の場所へと飛ばされた。吹雪と伊吹は同じ場所にいたが。
ニトロの傍に残されていたものは、一本の腕。
細く小さな子どもの腕。
「………」
考えていたら、気分が悪くなってきた。ニトロは中々ヘビーな人生を送っているようだ。彼が同調現象が起こるきっかけとなったものを知ったら、どう思うだろうか。この世界が行ったという召喚実験の事故。それを知れば、伊吹等よりも余程深く、この世界を恨むのでは無いだろうか。
いや、ニトロだけではない。
全ての異世界人が、この世界を恨む可能性がある。家族や大切な人と切り離されたのだ。伊吹のように、半分死んだように鬱屈した生活をして来たものならばともかく。
(俺だって、完全に割り切れているわけじゃない)
不満はある。
だが今はそれを考えている時ではない。吹雪のことだ。敵対者を元に戻す方法など、自分に見つけられるとは思えない。だが。
目を瞑るとそこに異様な吹雪の姿があった。腕や足に刻まれた、不気味な傷跡。思い出すだけで気分が悪くなる。名前のように読めたそれが、何か解決の糸口になる事を期待した。が、今のところ何も分からない。
イリア、キーリイエ、ビオ、シューア、サリアン………。
人の名前か、何かの呪文か。全部で57あった。偶然できた傷跡にしては不自然すぎるそれ。
特に意味の無いものだとは、思えないのだが。
「イブキ?」
「……いや、何でもない」
溜息を吐いて、伊吹は再びリストへと向き直った。敵対者は外からやってくる。ならば、やはり解決の糸口は異世界にある、のだと思う。
例え可能性は薄くても、やってみるしかない。伊吹はそこにある名前と現住所をメモに書き写し始めた。彼らがこの世界を憎んでいるのなら、敵対者の存在や対処法を態と黙っている可能性はある。
とりあえず最初に当たるのは、ニトロになるだろう。
15人分の名前と住所を写し終え、フォウルを片付け一旦部屋を出ようとしたその時。突然部屋の明かりが消えた。




