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伊吹、無謀で無駄なあがきを始める 3

 敵対者についての聞き取り調査について。


 敵対者と呼ばれるそれは、世界喪失者の体にとりついてやってくる。しかし今のところ、それの正体について知る者はいない。観測、又は世界喪失者の証言により、その全ての世界において、敵対者と一致する存在は確認できず、その証言を信じるならば、敵対者はこの世界の外からやって来ているにも関わらず、異世界にもいないという事になる。

 未だ接触も発見もできていない、未知なる世界が存在する可能性は否定できない以上は、そこに敵対者の存在する世界がある可能性もまた否定はできない。

ー略ー

 この例のように、異世界の存在を認知し、また事故により迷い込んでくる人がいたという証言した者、高度な召還技術を確立し、積極的に異世界と接触を図っていたという証言をした者。彼らの世界のいずれにも、敵対者の存在は確認できず。

ー略ー

 何故、この世界にだけ敵対者が現れるのか。



(……理由)


 窓も無い資料室。空調はきいているようだが、何となく息苦しく感じる。天井全体が柔らかい乳白色の光を発して、広い空間を隙間無く照らしていた。

 規則正しく並ぶ棚。資料は紙にではなくフォウルと呼ばれる正方形の板に記録されている。銀色に光る掌サイズで、厚さは3㎜程度だろうか。渡された銀色の球体にはめ込むと、自動音声によって再生される。文字で読みたい場合は、その辺りの壁に投影すればいい。

「イブキのところにも、やはり敵対者は存在しなかったのかい?」

 持ち込んだ椅子に座り、お茶を飲んでいたクリスティアンが聞く。長い足を見せ付けるかのように組みながら、カップに鼻を近づけ良い香りだとか呟いている。

 確かここは飲食禁止だった筈。

「いなかったな」

 その存在をなんとなく邪魔に思いつつ、しかし助けられた以上邪険にもできない。

「そうか。敵対者がこの世界にしか現れないと考えるべきか、それとも」

「何だ」

「敵対者が接触した世界は、既に滅んでしまったのかもしれないとも思ってね」

 その発言に、思わず顔を顰める。

 実に嫌な予想だが、否定はできない。あんなものが突然いくつも現れたら、伊吹の世界でも対処できるかどうか。物理的な攻撃により肉体を破壊しても、脅威の再生力で復活するらしいし、化物殲滅にお約束の炎も意味を成さなかったらしい。

「ああ……美しく可憐な女性達が犠牲になったかもしれないと思うと、胸が痛むよ。ああ、私にもっと力があれば……と、ね」

 しょんぼりと肩を落とすクリスティアンを見て、微妙な気持ちにさせられた。

 実際あった事なら兎も角、想像というか妄想だ。


 しかし、たったの1匹や2匹で、ほいほい世界を破滅させられるものだろうか。増えるならば兎も角。


 嫌な想像をしてしまい、伊吹は再び顔を顰めた。


 ゾンビ映画にはお約束の感染増殖が無くて本当に良かったと思う。接触すれば何かしらの影響は出るらしいが。敵対者が移動するのは、その体が使えなくなった、切り離された場合のみ。それでも充分脅威かもしれないが、増えていくよりはマシだ。

 資料を端から確認していく。

 今のところ、何かのヒントになるかもしれないと考えていた、吹雪の体に現れた文字と一致するような単語は出てこない。リザレット・クラウラにも渡してあるが、心当たりは無いようだった。難しい顔で、研究者に渡すと話していたが、解析は恐らく先の事となる。

 伊吹があっさり解放された理由は、勿論ラクリエル家の口ぞえの結果なのだが、吹雪捜索に躍起になっているせいでもある。菊乃が狙われているという事もあって、この施設の警備も厳しくされているし、伊吹1人に構っている余裕は無いのだ。

 大した力も能力も無い男だと、見縊られているわけだ。

 一応見張りとして、資料室の入り口に2人立ってはいる。


「ユーイ・ユーイ殿などは、どうも敵対者が意図的にこの世界に送り込まれているのではないかと、疑っているみたいだね」

 いつに無く、普通のテンションで喋るクリスティアン。そうしているとまともに、頭が切れる男のように見えてくる。

「異世界からの侵略、とかで?」

「そうだ。この世界からしてみれば途方も無い話に思えるが、どこかの世界では空の向こうへも出て行っているらしい。美しい星の元にまでたどり着けるとか、非常にロマンチックな話だ」

「俺のところの話か?一般人はまず行けないけどな」

「それは実に興味深い話だ、イブキ。いずれじっくり詳しく私に話してくれたまえ。この世界では、宇宙よりも身近に異世界という存在があったからね、まずそちらに目がむいてしまったのだよ。実に魅力的な、不可思議な世界の数々。人の姿、自然の美しさ、素晴らしい技術にね」

 言いながら、クリスティアンは棚の中から一冊(と言って良いのか微妙だが)のフォウルを取り出し伊吹に手渡した。


「見えているものは現実だ。人は手を伸ばさずにはいられない」


 よって、この世界では召還という実験を行い、何とか異世界のものをこの世界に持ってこようと考えたのだ。

 そのフォウルは、その召還実験に関する記録が収められていた。伊吹の世界の人間が宇宙へと手を伸ばしたように、この世界では異世界へと手を伸ばした。

 そして、他の世界からこの世界へと、魔の手は伸ばされているのかもしれない。

 もしもそれが真実なのだとしたら、随分と乱暴な手だ。一方的な悪意、攻撃。何の警告も、話し合いもなく。価値観の違いか、伊吹にはいまひとつぴんとこない。

 まぁ、全ての違和感は異世界だからという一言で片付いてしまいそうなものだが、慎重に考えていくべきだろう。

 召還実験に関する記録を再生しながら、伊吹は呟く。

「しかし、こっちに害意を持っている敵がいるって言うんなら、その方が簡単だな」

「どういう意味だい?」

「そいつらは少なくとも、敵対者を統べる術を持っているわけだろう。技術が確立されている方が、自然発生的な未知なる生物を0からどうこうするよりは楽だろう」

 最もその場合、敵を確定し捕まえる必要があるが。

「仮にそういう敵がいるとして、疑わしいところはあるのか?」

 思いついて問うと、

「今のところ全部の世界が疑わしいと思われているよ、勿論君のところもさ!」

 と、実に爽やかな笑顔で告げられた。


 つまり、何にも分かっていないのか。


 呆れた視線を向ける伊吹に、クリスティアンは手を広げ大げさに首を横に振った。

「何せ敵対者は特定の世界からの客人にのみ、くっついてくるわけじゃないからね。法則も偏りも見られない。特定のしようが無いのさ。まぁ、強いて言うなら、観測不能の世界からやってきた異世界人達は、特に怪しいとされているようだけど」

「観測不能?」

「こちらの世界から見る事ができない世界さ」

 そんなところもあるのか。


 聞きながら、伊吹は映し出される文字を読む。適当に読み飛ばしていたが、ある部分で目が留まった。


「消失?」


 召還実験失敗による結果報告書の一部である。被った多大な被害の記録に紛れてたった一文。対象となった相手の世界の事について触れられていた。

 観測点消失、確認不能、と。

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