表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
177/193

志真と繋がる運命と 2

 夢なのか、それとも彼は志真の知るモクではないのか。

 どちらにしても、知らないというのなら名乗らなければならない。


「私は志真。灰谷志真、名前は志真の方ね。えーっと、ちょっとでもこう聞き覚えとかない?」


 少し考えるように間を置いてから、モクは首を横に振った。聞かなきゃ良かった。何だかがっかりしてしまう。

「貴方は、モクで良いんだよね?」

 頷く仕草とかは本当に、志真の知っているモクと同じなのだが。

「私、モクとは友達のつもりだったんだけど」

 少なくとも、今のところは。

 拗ねるような気持ちでそう言うと、モクは呆気に取られたような顔になった。相変わらず目は閉じているものの、小さく口が開いている。

「友達……僕と?」

「そう……っていうか、そっちが、私の知ってるモクならだけど」

 大分止まってきた鼻血を拭う。どこかに血がついていないだろうか。鏡がないと分からない。

「ねぇ、ここに鏡とか……ひえ!?」

 顔を上げた志真は、すぐ目の前に少年の白い顔を見つけて飛び上がった。驚く志真のことなど構わずに、モクは鼻先を首の辺りに近づける。

「な、な、何何なにー!」

 匂いを嗅がれている?犬か。モクは時々動物っぽい仕草をするって……そんな事はどうでも良くて、近い、近すぎる!目を開けていないから、適度な距離が測れないのだろうか。のけぞるようにして離れるが、出来た距離の分だけモクは追ってきた。


「モク!」


 いっぱいいっぱいになって叫ぶと、漸くモクは志真から離れた。真っ赤な顔で汗まで掻いている志真に比べて、モクの白い肌は少しも色を変えていない。平然としている。

(なんか、再び負けた気分……)

 モクは顎に手を添えるようにして、難しい顔になった。


「……不思議だ」

 志真からしたら、モクは不思議だらけだが。

「さっきは血の匂いが濃くて気がつかなかったけど、どうしてだろう。君から僕の匂いがする」

「に、匂い?何?」

 しかも『僕の匂い』って何!

「微かだけど、僕の守りの気配があるんだ。不思議だ。僕には覚えが無いけど、僕は君に会ったことがあるんだろうか」

 じっと見つめられているような気がした。相変わらず目は閉じられているけれども、何といえば良いのだろうか。モクの全神経が自分へと向けられているような気がするのだ。

(な、何か緊張……する)

 ごくり、と唾を飲み込む音がやけに大きく感じて、うろたえた。


 夢とは思えないリアルさだ。


 だんだん夢だと思い込むことも難しくなってきた。だとしたらどういう事になるのだろう。この人は、本当にモクなのか。モクなら、どうして志真のことを知らないなんて言うのか。


「も、しかして、モク、記憶喪失?」


 ぱっと閃いた言葉を口にした途端、何だかありそうなことに思えてきた。保護施設で何かあって、それで記憶を無くした、とか。

「モク、他の人の事は分かる?」

「他の人?」

「そうそう、学校の皆だよ。ニトロとか、アルジャラーとか、ハルさんとか、じーさんとか……あと、リキキとキリリとかもね」

 リキキの辺りは思い切り小声になってしまったのも仕方が無い。

(私の事忘れてるのに、あっちを覚えてるとか、ショックだし)

 そんな密かなもやもやに蓋をして、志真は眉を顰めているモクを見た。

「覚えてる、よね?」

 ゆっくりと首を横に振ったモクは、困ったように首を傾ける。


「学校、って何?」

「え!そこから!?」


 思ったより事態は深刻だ。一体どれだけの記憶を、モクは失ってしまったんだろうか。そしてそんな事になる原因とは一体。

 何だか悲しくなってきた。

「ごめんね、本当にごめん、モク」

「どうして君が謝るの?」

「だって、モクが保護施設に入らなくちゃいけなくなったの、私のせいだもん」

「?」

「今のモクは覚えてないかもしれないけど、モクは私を助けに来てくれたんだよ。でもそれで、保護法違反?何か、駄目なことしちゃったみたいで、モクだけまた施設に入れられちゃって」

 鼻の奥がつんとしてきた。じわじわと涙が滲んできたので、志真はそれを抑えようと額に拳を押し当てた。

「私、何にもできなくて」

「勘違いだよ」

「え」

「僕は記憶を無くしていない。僕は君を知らない、学校も他の人も。だって僕は、もう何十年もずっとここから外に出ていない」


 記憶をなくした記憶すらないのでは。そう思ったが、それよりも衝撃的な発言があった。


「な、何十年とか、言った?」

 何週間とかの間違いではなくて。

「うん」

 あっさりと、モクは肯定する。

「冗談、じゃないよね?何それ、どういうこと……」

 もしも志真たちの記憶を失っているのだとしても、それ以前の記憶は残る筈だ。その記憶が、何十年も閉じ込められているというものだというのか。

「……モクって、何歳?」

「ちゃんと数えたことが無いから分からない。でも、200年くらいは生きている気がする」

 長寿過ぎる。

 自分とそんなに年が変わらないように見える少年を、志真はしげしげと見やる。モク流ジョークではないのか。確かにニトロも、モクの年は分からないとか、結構生きているらしいとか言っていた気もする。

 自己申告の年が正しいのだとしたら、何十年も閉じ込められているという発言にも真実味が出てきた。


 でも、どうして?


 自分の時は、追い出されるような勢いで外に出された。危険性がないと判断されたからだと、ニトロは言っていた。逆に危険な力を持つ者は、それだけ審査も厳しくなるということだ。

 モクは、どうして。


「僕は、呪いを持った竜だから」


 志真の心の中に浮かんだ疑問に、モクは淡々と答えを与えた。

「呪い?」

「僕の目を見たものは、皆死ぬ。そういう呪いを持って生まれた者を、僕の世界では命者と呼ぶ。死者の国を統べる神が、足りない命を狩る為にこの世に送り出すのだと。命者は神殿から出ることを許されない。間違った命を狩らないように。そこで、罪人の命を狩る役目を与えられる」

 ちかちかと、目の奥で点滅する光。

 そこで志真の知らない世界を、モクの姿を見ているような気になった。言葉としては理解できないのに、伝わってくるものがある。

 志真には見えた。

 薄暗い冷たい石の壁に囲まれて、たった一人で空を見上げているモクの姿が。胸が痛くなるような、寂しい光景だ。


「あまり、見ないで。君の魂を迷わせてしまう」


 モクの白いひんやりした手が、いつの間にか志真の目を塞いでいた。真っ暗だ。

「何?」

「僕の声も、本当は良くない。届きすぎるから」

 優しく触れていた手をそっと外すと、モクは微かに微笑んだ。

「世界が変わっても、僕は変わらなかった。僕の目は誰かを殺すし、僕の声は誰かを惑わす。だからここにいる。それだけ。君が寂しく思うことはないよ」

 目を閉じているモク、目隠しをしているモク。

 彼の話を聞いているうちに、自分が何も知らないことを思い知ってしまう。どうしてモクが目隠しをしているのか、喋ろうとしないのか。その理由を、志真は知らずにいた。


 何にも、知らなかった。


「不思議だ。君が悲しいと、僕も悲しい」

 唇を噛む志真の顔へ、モクは手を伸ばした。

「君の中の僕の知らない僕の記憶。それが、謎の答えになるのだろうか。教えて、シマ」

 囁くような声に背中を押され、志真は口を開いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ