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志真と異世界人学校 3


「ただいまー」


 午後の授業を終え、志真は宿屋へ帰った。宿屋の周りを掃除していたフィオーネが、箒を手に駆け寄ってくる。

「おかえりなさい、シマ。どうだった?」

「たいへん」

 体も、頭も、ついでに心もくたくただ。

 特に午後のテストには参った。志真の学習状態を見るためにという名目だったが、まず字が殆ど読めなかった。その為、志真は暫くは文字の読み方を習う事になった。午後の授業も皆が同じ事を習うわけではなくて、それぞれが出された課題をこなしていく形になっている。

 卒業基準は卒業試験に合格する事と面接のみで、出席日数などは問われない。つまり、今すぐに卒業する事だって可能だったりするのだ!まぁ、無理だけど。

 そんなわけで、学校に通っている年数もかなりバラバラで、モクはまだ半年、ニトロとハルラックは2年ほど、アルジャラーに至っては既に5年目に突入しているのだとか。

 まぁ、殆ど寝ているのだから当たり前だ。

「まぁ、そうよね。志真は言葉も文字も勉強しなくちゃいけないから」


 そうなのだ。読み書きを1から習う志真にとっては、道のりは果てしなく遠い。くじけそうだ。


「うん。でも、たのしい。友達できた」

「そっか。良かったね」

「うん」

 フィオーネが嬉しそうに笑うので、志真も何だか嬉しくなった。どこかの厳しい兄と違って、フィオーネは優しい。理想のお姉さんである。


 そんなほのぼのとした空気を、ぶち壊したのは案の定というか、

「フィオーネ、まだ掃除が終わらないのか。そろそろ店の準備を……シマ、帰ってきたのか。こんなところで何してる、帰ったらすぐに手伝いに入れ。これから忙しくなる時間だ」

 戸をあけて顔を覗かせたウィガーのしかめっ面。思わず志真も不機嫌な顔をしてしまう。「ごめんなさい、すぐ行くわ」と嫌な顔一つせずにさっと動けるフィオーネを、志真は本当に尊敬する。

「お前も早く行け」

「いきなり出てきてそれ!?せめて、おかえりーの一言くらいあってしかるべきじゃない?学校初日どうだったー、とかさ」

 嫌々かもしれないが、ウィガーは志真の保護者なのだ。

「そんな時間は無い。後、シマ」

「何よ」

「これからは、どうしても分からない時や、説明が必要な時、または緊急時以外での日本語は禁止だ」

「えぇっ!?」

「それ以外で日本語を話した時は……そうだな。こちらが指定した本を10ページづつ書き写してもらう」

「10ページって多くない!?」

「お前の場合、それくらいしなければ、いつまで経っても言葉を習得できなさそうだ」

 反論できない……。

 言葉に詰まる志真を見て、ウィガーはにやりと笑った。


 …………。


「あーもう!本当にムカつく!ウィガーの陰険、ムッツリ、鬼!苛々したせいでお皿一枚割っちゃうし、食べ過ぎて胸やけが酷くて寝れなかったし、寝不足だし、寝坊するし、とにかく最悪だー!」


 思い切り日本語でウィガーの悪口を叫んだ事で、ほんの少しすっきりした。

「大丈夫か、お前」

 隣にいたニトロが引いている。

「ごめん。ちょっと…なんだっけ、不満?が多くて」

「何かあったのか」

「あった!ウィガーが、私の言葉、ダメって。話すと……」

 罰、ペナルティー、って何て言うのか。

 首を捻っていると、ずっと黙っていたモクがすらすらと何かを書き出した。目隠し状態で、良く書けるなと感心する。何を書いたのかは読めないが、それを見ていたニトロがなるほどと頷いた。

「シマの国の言葉を話す事を禁止されて、更にうっかり話すと罰則がつくって事か。それで、シマは苛々している」

 なんだか分からないが通じている!凄い。志真は目をまるくして、ニトロとモクを交互に眺めた。

「俺じゃなくて、モクだ。けど、説明は難しいな。シマがもうちょっと言葉を理解できてたら良いんだが。シマは怒ってるみたいだけど、ウィガーってヤツのやり方は悪くないんじゃないか?」

 ニトロは分かりやすいように、ゆっくりと区切って話してくれる。それでも、うまく聞き取れないところが多い。それでもウィガーの肩を持っているのは、何となく分かった。雰囲気で。

 思わずむっとした志真に、ニトロは噴出した。

「がんばれ、シマ。俺やモクも協力してやるから」

「だぁれ?」

「え」

 どこかざらざらとした少女の声がすぐ近くで響いた。

 振り返った志真の目の前に、緑色の女の子が立っていた。椅子に座った志真と同じ目線の高さに、少女の頭がある。殆ど白目のない大きな瞳、透き通った宝石のような緑色に、志真の驚いた顔が映りこんでいた。

「アルジャラー、起きたのか」

 昨日は結局起きなかった彼女とは、これが初体面となる。

 こうして見ると手も足も本当に細くて小さい。黄緑色の肌の下に、血管が透けて見える。ばさっと広がった長い髪がふわふわと、少女の体を柔らかく包み込んでいた。

「だぁれ?」

 間延びした口調で、アルジャラーはもう一度聞いた。はっと、志真は我に返る。

「私、シマ、シマ・ハイタニ。貴方と同じ、異世界人。よろしく」

 アルジャラーは大きな目を瞬かせた。

「そうなのー」

 間延びした調子で言い、ゆっくりと振り返る。

「ですってー」

 彼女が見たのは学校の出入り口。

 朝に荷物を預けるカウンターのところに、いつの間にか二人の子供が立っていた。

 全く同じ背丈で、雪のように白い髪、赤い瞳、顔の形までそっくり同じ。一人は腰まである長い髪をしていて、赤と黒の派手なふりふりしたドレスを身につけている。もう一人は、ショートカット。横わけで片目が隠れており、黒のタキシードを着込んでいた。

「昼間っからお出ましとは珍しいな」

「だれ」

「昨日、話しただろ。異世界人の双子。リキキとキリリ。この学校の夜間部の奴ら。って言っても二人だけだが」

「…やかんぶ?」

「夜に、学校に来る生徒」

 なるほど。言われて見れば、すんなり納得できる。二人ともいかにも太陽に弱そうというか、夜行性っぽい感じがする。


 志真がニトロに説明を受けている間に、双子の内少女の方がモクの隣へ移動していた。そして。

「モク様…、会いたかったです」

「!」

 少女は何か盛り上がった様子で、椅子に座ったままのモクの胸にひし、と抱きつこうとした。が、どこかぼんやりした普段の彼からは考えられない素早い動きで、モクが少女を避ける。勢い余った少女はそのまま地面へと飛び込むことに。


 ………。


 かなり痛そうな音がした。

 モクは倒れた少女の事を助ける事はせず、そろそろと距離を取ると、志真の背後に収まった。

「も、モク…?あれ、助けなくて良いの?」

 ニトロはともかくとして、優しい、穏やかというイメージのモクが、倒れた女の子を助けないなんて。モクは困ったように首を傾けた後、ふるふると首を横に振った。

「ふ、ふふふふふふふふ」

 倒れていた少女が、不気味な笑い声を上げる。がばっと体を起こすと、打ち付けたらしい白い額が、気の毒なほど赤くなっていた。

「相変わらずつれないお方!素敵です!」


 怖っ!


 何やら興奮した様子で、目を輝かせている少女。言っている意味は分からなかったが、なんだか怖い。

 モクを見ていた少女の目が、その前に立つ志真へと向けられる。

「!」

 少女の目からすっと光が消えた。

「何ですか、貴方は」

 地の底を這うような、どすの利いた声だった。一睨みで人が殺せそうな、殺意の篭った視線。背筋に冷たいものが走る。

 何が一体、どうなっているのか。

 少女は志真を上から下まで眺めてから、ふっと唇の端を上げた。勝ち誇ったような笑みは、訳が分からなくても苛立ちが募るものだった。怒りという感情は、時に恐怖を凌駕するのだ。志真は実に単純な性格をしていた。

 売られた喧嘩は買う主義だ。


「何よ、何か文句があるならはっきり言え!」

「何です?訳の分からない言葉を怒鳴って…それに何だか下品な響きです」

「そうやって人のことバカにするみたいに笑えるほど、あんたは偉いのかー!美人でも性格悪かったら、宝の持ち腐れだぞー!」

「モク様、そんな女からは離れた方が良いです、絶対。モク様に悪い影響が出てしまいます」

 かみ合わない二人の言いあいを、ニトロとキリリは少し距離を取って眺めていた。

「リキキが新しく来た異世界人の女の子の話を気にしてさ」

「それで、つきあい?」

「僕は昼間から外歩きたくなんかなかったんだけどねー。体弱いし」

「言うほど弱くないだろ」

 ニトロのツッコミをキリリは聞かなかった事にした。

「新しい異世界人の子…、シマ、だっけ?何だか貧相な名前だね、可哀想に。僕だったら耐えられないな……。あ、とにかくそのシマがね、モクと仲良くしてるって聞いて」

「誰から?」

「じいさん」

「……昨日、じいさんいなかったぞ」

 ついでに今日も姿が見えない。今日はハルラックも休みのようだ。

「ハルが話したんじゃない?」

「あいつがわざわざそんな話を誰かにするとは思えねーが」

「人って奥深い生き物だからね。意外に思えてもそうでもなかったり。ま、とにかくどうでも良いんじゃない?誰が言ったとかそういうのは」

 そうだろうか。ニトロは考えるが、この場で考えても答えは出ない。

 シマとリキキの噛みあわない口論は、午前いっぱい続いた。


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