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志真と異世界人学校 2

 小さい!


 それが、学校を見た志真の感想だった。

 長く高い赤褐色の塀に囲まれた敷地内は結構広く、小さな森やら大きな池やら、畑らしきものもある。塗装されていない砂利道の先に、長方形の一階建て建物が二つ、大きな木を挟んで建っていた。

 壁の色は両方とも薄いレモン色で、窓枠とドアの色が空色だ。どちらも普通の民家よりも少し大きいかな、というくらいの大きさで、学校としては見たことも無いほど小さかった。


「こっちに授業を受ける教室があって、あっちは先生方の部屋とか休憩室とか」

 ニトロが指を差しながら適当な説明をしてくれる。右が普通の教室、左が先生…職員室?なのだろうと、志真も何となく理解した。

「ちいさい」

「異世界人なんて、そういないからな。今だって全部で7人。ああ、お前合わせると8人になるか。とにかく全部でそれだけだ」

 ニトロは少し早口だったが、手を使って数を示してくれたので何を言いたいのかは分かった。

 全校生徒が8人か。それだけしかいないのなら、確かに大きな校舎も必要ないかもしれない、と志真は納得した。


 学校の中に入って、志真は再び驚いた。柱のみで壁のしきりが一切無い。広い空間のあちこちに椅子やら机やらが固まっておいてあって、外側の壁際に、本棚が挟まっていた。真ん中辺りの柱をぐるりと回るように丸いテーブルが収まっていて、その周りにも丸椅子が並んでいた。

「荷物はここに預ける」

 固まる志真の肩をニトロがつつく。彼が示す方向を見ると、カウンターのようなものがあり、やけに目付きの鋭い初老の男が一人、座っていた。彼の背後に、蓋のついた木の棚が20ほど並んでいる。


「新入りか」

 がらがらに掠れた、低い声が重々しく響く。見るからに筋肉質で、左目の横と右頬に傷がある鷲鼻の男は、どう見ても堅気ではない。学校ではなく、戦場あたりに居る方がしっくりくるようなやばい雰囲気を纏っている。

 そんな強面の男にも、ニトロは馴れ馴れしく。

「この怖い顔のじーさんが、この学校の警備員だ。名前はジャイル、通称ジャーさん」

 黒目を一層小さくして志真を見るジャイル。人すら殺せそうな眼光である。とてもジャーさんなんて呼べる雰囲気ではない。

「名前は」

「は、はいたに…じゃなくて、志真、灰谷!」

「18世界出身……国は『ニホン』で間違いないな」

「はい!」

「『ニホン』の『コッキ』は何だ」

「コッキ…、こ…あ、国旗か!日の丸です!」

「よし。では、これに手を乗せろ」

 カウンターの上に登場するのは、拳サイズの白濁した丸い石。濁った水晶玉みたいだ、と思いつつも志真は言われるがまま手をのせた。ひんやりした感触が伝わった瞬間、石の色が変化した。濁った白から、鮮やかな緑へ。

 うわ、何これ。

「確認終了だ。ニトロ、次はお前だ」

「はいはい」

 よ、とニトロが呆然とする志真の手をどけて、石に自分の手を置く。一瞬白に戻った石は、再び鮮やかな緑に変化した。

「必要なものを出して、荷物をここへ置いていけ。必要な時、帰る時には俺に言え」

「え!」

 日本語だった。志真は驚いてジャイルの顔をまじまじと見た。この人はもしかして日本語を話せるのか。期待に胸を膨らませる志真に、ニトロが否定の言葉を告げる。

「違うって、シマ。ジャーさんが話せるのは今の『説明』だけだ」

「違う?」

「せつめい、だけってこと。分かるか?」

 ああ、そういう事か。志真は頷いた。

「最初の説明が通じないとややこしいだろ。だからそれだけ覚えてる」


 なるほど。


 ジャイルに荷物を預けて、ニトロは窓際に佇む男に声をかけた。

「よう、ハル。珍しいな、朝一でお前がいるとは」

「お前もな」

「思ったより早く保護施設を出られて良かったな。お前にしてはうかつな行動をしたって聞いたぜ」

「………」

 癖のある黒髪がもさっと顔の半分程まで覆っていた。ニトロよりも更に長身で、やや筋肉質な体つき。髪の下から覗く鼻先と、引き結んだ薄い唇と、それからしゅっとした頬から顎のライン。それだけでは、どんな顔なのか良く分からない。

 年齢もさっぱり分からなかった。

 年上だとは思う。

 じっと、髪に隠れて見えない目からの視線を感じた。あれで、見えるのだろうか。謎だ。

「それが?」

「ああ、こいつが新しい俺達のお仲間だ。名前はシマ…ハイタニだっけか?かなり早く施設を出られたらしくて、まだあまり言葉が分からない」

「………」

「シマ、こいつはハルラック。仲間の中ではまぁ、頼りになるヤツだ」

「志真です。よろしく」

「よろしく」

 ハルラックは素っ気無い挨拶をすると、視線を志真から外した。

「期待はずれ、か?」

「……分かっていてそういう事を言うな」

「相変わらずお人よしだな、ハル。そんな事だから保護施設に入るはめになるんだぜ?お前はできる事をした、それで終わりにしておけば良い。それ以上関わる事は、お前にとっても、そいつにとっても危険だ」

 二人が何を話しているのか、志真にはさっぱり分からなかった。が、なんだか真面目そうな話をしている事だけは分かる。だから、大人しく黙っていた。

「しかし、今回は何人流れてきたんだろうな。随分役人達が借り出されていたみたいだが」

「さぁな」

 志真が真面目に聞いていれば、またはもう少し言葉が分かったらこの時知ることが出来た事実。自分の他にもあの時日本からこの世界へ着てしまった人間がいる事を、志真はまだ知らない。


 二人が話している間、志真は他の事に気を取られていた。

 まず、一向に授業が開始される様子がないこと。

 次に、窓際の机に顔を伏せ、眠っているらしい緑色の物体……多分、人?うねる緑の髪の毛が、微かに揺れている。赤いキャミソールのようなワンピースからのぞく細い腕や足までもが、透き通るような黄緑色をしていた。

「ん?ああ、あれはアルジャラーだ」

 志真の視線を辿ったニトロが言う。

「ある……?」

「アルジャラー。同じく異世界人仲間。大抵ああやって眠ってるやつだ。寝てるところを起こすと癇癪を起こして煩いから、紹介はまた後だな」

「あるじゃ、アルジャラー、アルジャラー、アルジャラー、ね」」

 忘れないように繰り返す。あんまり覚える自信は無い。

「来い、シマ。後一人紹介してやる」

 ニトロが志真の手を引いた。

 部屋の中心部分の大きな柱の影に、もう一人いた。

 白くて細い、少年だ。青みがかった銀髪と、目を覆い隠す布地が印象的過ぎる。あれでは目が見えないと思う。布地には丸に傾いた十字が大きく書かれていた。

 何、何かの宗教?修行?それともただのファッション?異世界の感性は、志真にはちょっと理解できない。


「モク」


 ニトロの声に、少年が小さく首を傾ける。耳の後ろ部分から首の辺りにかけて、きらきらと光って見えた。何だろう。思わずじっと見入ってしまう。

(……鱗?)

 透明の鱗が産毛のように薄っすらと、首筋の辺りを這うように覆っているのだ。

(何か、綺麗)

 不思議と不気味には見えなかった。

「シマを紹介する。シマ・ハイタニ。新しい異世界人仲間だ。まだ何にも知らないようだから、お前も手助けしてやってくれ」

 モクはただ一つ頷いて見せた。

「シマ。こいつはモク。見ての通り変わったヤツだが良い奴だ。仲良くしろよ」

「えっと、シマです。よろしく」

 志真はとりあえずお決まりの挨拶をした。通った鼻の下の薄い唇が、緩やかに綻ぶ。こくりと頷く動作がやけに綺麗だ。

 ニトロはそのままモクの隣に座った。志真もニトロに促されて、その隣に腰を下ろす。

「さて、暇だし。自己紹介でもするか」

「ん?」

「シマ、お前年いくつだ?ちなみに俺は19歳」

 俺、と指差した後にニトロは両手を使って19を示した。

 それが年齢の事だと気がついて、志真は驚いた。思ったよりも相当若い。てっきりウィガーと同じくらいの年だと思っていたのだが。

「わかい」

「まぁな。で、お前は?」

「私は」

 16、と同じように両手を使って答える。

「見た目どおりの年だな」

「モクは?」

「モクの年はモクにも分からないんだとよ。結構生きてるみたいだけどな」

 ニトロの向こうで、モクは静かに笑っている。うーん、実に謎めいている。異世界人なのだから、当たり前なのかもしれないけど。彼らはどんな世界からやってきたのだろうか。

「ちなみにハルは27歳、アルジャラーは14歳で、この学校では一番若い」

「上、は?」

「リキキとキリリだな。まだ来てないが、双子で…双子って分からないか?ま、後で分かるか。そいつらは、200歳以上……ま、俺らよりずっと上だ。とにかく。で、次がじい」

「じい?」

「そう、じいさんだからじい」

 にしても、とニトロが三つの目を閉じる。

「シマ、お前のその言語習得率じゃ、午後の授業についていけねぇぞ。話すにも話せないし…仕方無い。午前は俺たちでシマの語学勉強を手伝ってやるか」

「?」

 午前中は自習の時間であり、生徒は好きな事を勉強して良い。分からない事は仲間内で教えあったり、隣の校舎に待機している先生に聞きに行く。

 そういう時間の為、午前は学校に来ない者も多いのだと、志真が理解するのは3日後の事だった。


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