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志真と異世界人学校 1

 朝起きて手早く身支度を済ませてから、台所に用意された簡単な朝食を取る。ここではパン類が主食らしく、朝は大抵パンにチーズやハム、レタスを挟んだようなものが出る。いわゆるサンドイッチだ。そろそろご飯と味噌汁が恋しい。

 それからクリーム色に青の縞が入ったエプロンを身につけて、宿屋周り、廊下や開いている部屋の清掃に入る。それが済んだら徐々に忙しくなってくる台所で、野菜の皮むきや皿洗いを手伝う。働き始めて1週間、言葉でまごつく事もあるものの、何とか慣れ初めてきていた。


「シマ」


 日記の件で凹みはしたが、あれから特に嫌がらせも無く、宿屋の人達も親切にしてくれている。(ウィガー以外は)


「シマ?」


 熱心に…、一心不乱に、志真はサラダに使う黄色い小ぶりなキャベツみたいなものを剥いていた。とうもろこしのような風味の美味しい野菜だ。

「シマってば!」

 うわぁ、吃驚した!

 夢中になりすぎていた志真は、はっと顔を上げた。いつの間にか台所に来ていたフィオーネが、呆れた面持ちで志真を見下ろしている。

「シマったら、すぐに夢中になるのね。でも、忘れてない?」

 正直に言おう。肝心の言葉の勉強の方は、あんまり捗っていない。何となく聞き取れたりもするのだが、今も忘れるという単語しか分からなかった。

 フィオーネの感じから、何か聞かれている事は分かる。忘れる、疑問……分かった!忘れてないか聞かれているのだ、多分。

「えー、なに?」

「今日から学校よ。そろそろ支度しないと」

 学校という単語ははっきりと聞き取れた。

「忘れてた!」

 いや、できれば忘れていたかった。思わず口から出てしまった日本語に、フィオーネが首を傾ける。

「何て言ったの?」

「ありがと、フィオーネ。カオロンさん、ミーチェさん、ラクトさん、あの、えっと、私、学校」

 学校へ行かなくてはならないという事を何とか伝えようと焦る。そんな志真をカオロンとミーチェはニコニコと、ラクトはいつも通り無表情の横目で見守る。

「シマ、学校へ行ってきます、よ」

「学校へ行ってきます!」

 フィオーネに助けられて、無事告げる事ができた。

「行ってらっしゃい、シマ」

「行ってらっしゃい、気をつけてね、シマ」

「行ってきます!」

 元気良く、大きく手を振って、志真は急いで部屋に向った。エプロンを脱ぎ、髪を整えて、既に用意してあった鞄を肩から斜め掛けにする。まだノートと筆記用具くらいしか入っていないから、軽いものだ。

 学校に制服は無い。悩むほど服を持っていないので、いつも通り。今日は薄手の長袖のシャツの上にゆったりした厚手の半そでシャツ、短パンという動きやすい格好だ。


 階段を駆け下り裏口へ向うと、既にフィオーネが待っていた。初日である今日だけは、フィオーネが学校まで一緒に行って案内してくれるのだ。

「シマ、忘れ物は無い?」

「んー、ない、きっと」

「そう?じゃあ、行こうか」

「うん。お願い。ありがとう」

 学校までは徒歩30分程度。結構歩くが、運動不足解消には良い距離かもしれない。この世界にもある自転車が欲しい所だが、贅沢を言えるような立場ではない。

 道自体は単純なものだ。最初に右へ曲がってからずっと真っ直ぐ進むと学園地区に辿り着く。全部で142もの学校が集まっているところだそうだ。どういう学校なのかは、門に掲げられた旗の色で分かるようになっている。例えば医学専門の学校は水色に葉っぱのマークとか、そういう感じで。

 志真が通う異世界人用の学校は一校のみで、地区の一番北にぽつんと離れて建っているから分かりやすい、と聞いている。

 旗の色は山吹色で、真ん中辺りにに黒い竜みたいな図柄が書き込まれている。西洋風の竜で、背中に羽みたいなものがあった。事前に渡された腕章も同じデザインだ。

 この腕章はどこの生徒か見分けるもので、これがないと学校に入れてもらえないらしい。身分証みたいなものだろうか。同じ方向へ向う人達の中にも、ちらほら腕章をつけた人が目につきだす。中には制服らしきものを着た集団もいる。

 志真の腕章は鞄の中だ。

 入り口で見せた後付ければ良い、そうウィガーから言われている。

(正直、複雑だなぁ)

 この腕章は異世界人の学校へ通っているものの証。多種多様な人種が入り混じったこの世界で、志真は問題なく混じる事ができそうだ。だが、この腕章をつければ一発でばれる。異世界人、なのだと。

 ウィガーは、だからあんな事を言ったのだろう。

 異世界人だとわざわざ知らしめ、波風を立てるような事は無い。それは分かる。でも、なんだかそれでは。


(異世界人が悪いみたい)


 異世界人である事を、何故隠さなくてはいけないのだろう。志真達は、好きでこんなところに来たわけではない。偶然、思いもしない『事故』で来てしまっただけなのだ。

(責められる覚えは無いんだけどなぁ)

「シマ?ぼうっとしてると、危ないよ」

「うん」

 気の入ってない生返事をしたすぐ後だった。

「シマ!」

「へっ?」

 フィオーネの慌てたような大声に我に返った時には遅かった。いきなりぬっと目の前に現れた壁にぶつかって、志真はよろめいた。

「わ、わ、わ」

 足が縺れる。転びそうになったところを、誰かが腕を引っ張り止めてくれた。反動で、その誰かの胸辺りに突っ込む形になる。

「おーい、大丈夫か?」

 どこか笑いを含んだ男の声は、頭のすぐ上から聞こえてきた。ほっと息をついていた志真は即座に顔を上げた。真っ先に目に入ったのは、こちらを見下ろす3つの緑の目。3つの、目!?

 ぽかんとする志真を、男はにやにやと面白そうに見ている。

 ウィガーと同じか、少し下くらいだろうか。褐色の肌に、少し先の尖った耳。日本人とはかけ離れた彫が深い顔立ちで、結構かっこいいのかもしれないが、どうにも胡散臭い感じが否めない。

「シマ」

 フィオーネに呼ばれて、三つ目の男に見入っていた志真は我に返り、慌てて男から離れた。

「わ、あー、えっと、ありがと?」

 どうにか出てきたお礼の言葉を述べながら、まだ近い男から距離を取る為一歩下がる。するともう一つ、志真を驚かせるものが目に入った。

「あ!」

 男の右腕に嵌った腕章に、志真の目は釘付けになった。山吹色に、黒い竜のような模様。それは、志真の持つものと全く同じ、異世界人である事を示す腕章だ。

「ふぃ、フィオーネ、この人!」

「シマ、指を差すのは失礼よ」

「この人、私とおなじ!」

 興奮する志真に、フィオーネは少し困ったような顔になった。

 この時間、学校が集まるこの地区は、登校する学生達で賑わっている。騒ぐ志真の様子は、行きかう学生たちの注目を存分に集めていた。


 やってしまった…!


 じろじろと無遠慮な視線にようやく気が付いた志真は、青くなり、次に赤くなった。

「へー、お前、俺のお仲間なのか」

 男の低く張りのある声は、無駄に良く通る。にやにやと愉しげに、男は志真を見下ろした。

「俺はニトロ。ま、同じ異世界人同士仲良くしてくれよ、シマ」

 あんまり仲良くできる気がしない。それがニトロに対する最初に印象だった。




 フィオーネは何となく後ろ髪引かれる思いで、一人歩いていた。学校まで送るつもりだったのだが、あのニトロという異世界人に押し切られてしまった。

 やっぱりちゃんとついていけば良かった。

 こんな風に気になるのは、中途半端に引き下がってしまったからだ。

 大丈夫かな、シマ。

 知り合って間もない異世界の少女の事を思う。年よりも更に子供に思える、無邪気な子だ。世間知らずなのは仕方ないとして、言葉だってまだ簡単な単語くらいしか覚えていない。必死で覚えようと頑張っているようだが、まだまだ道のりは遠いようだ。

 シマは頑張っている。

 最初は口ごもる事が多かったが、今は積極的に言葉を発して宿屋の従業員達とも打ち解けようとしているし、店の手伝いも必死でやっている。そんな、頑張っているシマを見ていると、何とかしてあげたい気持ちになってくるのだ。

 普段明るく元気に振舞っているシマだが、ふとした瞬間迷子の子供のように不安な顔をするのに、フィオーネは気が付いていた。

「そりゃ、寂しいよね」

 シマはもう、家族や友達と一生会えないのだ。フィオーネは、シマにできるだけの事をしてあげようと思っていた。辛い目や、悲しい目になるべくあわないように、守ろうと思っている。

 だけど結局は、異世界人の気持ちは同じ異世界人にしか分からないのかもしれない。

 あのニトロという異世界人の男に会った時のシマの興奮を思い出して、フィオーネは少しだけ寂しい気持ちになっていた。


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