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志真と思わぬ落とし穴

 私は呪われているのです。


 瞼を縫い付ける銀の糸が光る。それがまるで涙のように見えた。


 周りに不幸を呼んでしまう。

 私の目を見ないで。

 見れば貴方は死んでしまう。

 どうか、そっと、このままに。


(そんなの、寂しい……)


 眩しい光に、志真は瞼を震わせた。何だか血の気が下がっているような。ぼんやりとした視界が逆さまだと気がつくと同時に、自分の頭がベッドからはみ出て落ちそうになっている事を自覚した。

 酷い寝相だったようだ。

 首が痛い。口を開けて寝ていたらしく、喉の奥までカラカラに乾いていた。

「うう……」

 もぞもぞと体を動かして起き上がる。

 その拍子に体の上に乗っていた絵本がぱさりと床に落下した。お姫様と竜の話。昨日やっと読み終わったのだが、何だか消化不良な終わり方であった。

 お姫様は自分の髪と引き換えに、竜の鱗を貰って帰る。

 その後、呪われた竜がどうなったのかは分からない。最後の挿絵で1人……一匹?で佇む寂しそうな姿が描かれていただけだ。

(……うーん)

 なんともすっきりしない。そういえばこれは、シリーズものになっているのだっけ。だったら、この終わり方も納得だ。

 続きも借りてこなければ。


 志真は落ちた絵本を拾い上げると、ベッドの上に置いた。

 伊吹とミルラの行方は分からないまま、5日目の朝だ。心配でやや不眠症みたいになっている。眠れない時間を活用したところ、ついに借りていた本を読み終わることができた。

 でも。

 これを奨めてくれたモクも、未だに保護施設から出て来れないでいる。菊乃も回復しているとは聞いているが、未だ会わせて貰えないし。

「はー……」

 溜息を吐いていても始まらない。着替えて、朝の手伝いにいかなくては。


「おはよう、フィオーネ!」

「おはようシマ」

 元気に挨拶して手伝いに入る。床掃除は終わりそうなので、テーブルと窓拭きだ。先に覗いた調理場は、人が足りているようだったから、朝の支度もいつもより早く終わるかもしれない。

「あ、そうだフィオーネ」

「何?」

「今日、本……図書館行くね。だから、少し帰るの遅いかも」

「分かったわ。気をつけてね」

「うん」


 仕事中は……いや、普段もだが、伊吹の話はしないことにしている。なるべく、いつも通りに。


「そういえば、クリスティアンさんは朝早くに出かけたみたいよ」

「へー、忙しい?」

「そうね。何か昨日、小規模の同調現象があったみたいで、その野次馬だとか言っていたわ」

「同調現象!?」

 それは何度も聞いた言葉だ。志真達がこの世界に迷い込んでしまった原因が、それだった筈。

「また誰か来た?」

「さぁ。兄さんならユーイさんから何か聞いているかもしれないけど」

「いる?」

「まだ帰ってきていないわね。同調現象まであったとなると、余計に大変かもしれないわ」

 ウィガーは施設の関係者ではない。

 彼曰く腐れ縁の友人ユーイによって、こき使われているのだった。伊吹のことも進展があったかどうか聞きたいのだが、この分ではいつ帰ってこられるかも分からない。


(同調現象、か)


 この世界に来てしまってから、もう随分経っていた。


 宿屋を手伝って、学校へ行く。

 すっかり慣れたいつもと変わらない日々に、これで良いのかと不安になる。

 自分だけ平和でいて良いのだろうか。

 せめて午前中は伊吹達を探しに行こうかとも思った。でも、どこを探せば良いのかすら分からない。植物園でミルラを見つけたみたいに、こてつに手伝って貰えないかと試したが、不発に終わった。


 お手上げだ。


 そもそも探して良いんだろうかって気もしている。

 伊吹は自分から「逃げる」と告げて行ったのだ。行き先はやはり、兄のところなのだろうか。伊吹の兄もこっちの世界に来ているなんて、知らなかった。

 その人が敵対者かもしれないっていう事も。


 どうなっちゃうんだろう。


 兄がそんな事になった伊吹の気持ち、更に不運な伊吹の兄の事を思う。どうにかできないんだろうか。志真にできる事は。

 悩みつつ町を歩く志真は、気がつかなかった。歩く前方に、突如現れた緑の水溜りのようなものに。気がつかないまま足を踏み出し、そのぬめる様な感触にあれっと思った時には、声を上げる間もなくそれに沈んでいた。

 志真の体を飲み込んだ小さな水溜りは、現れた時と同じくじわりと景色に溶け込むように姿を消す。


「き、消えた……」


 彼女の後方を歩いていた不運な老人は、目の前で起こった光景に完全に腰を抜かしていた。彼の目には、まるで緑色の水溜りが意志を持って、自ら少年(実際は少女)を飲み込んでしまったかのように映っていた。

 恐れをなして、もう何も無い現場から離れようともがきつつ、叫んだ。

「おおお、お、男の子が消えた、消えたぞ!」


 志真が聞いたら落ち込みそうな言葉だった。



 その報告を聞いたユーイは、対策本部の一室にて舌打ちをした。

「……今度はシマか」

 次々と問題ばかり起こす奴らだ。

 最も、今回のものは今までとは訳が違う。目撃された緑の水溜りのような物体が何なのかは謎だが、あれは異世界から紛れ込んできた新たな客なのだ。

 同調現象が起きたのは昨日のことだ。経過は観察できたものの、肝心の客人の確保には失敗した。山奥のような場所だった為、こちらに落ちてきたのは、体が半透明の鳥のような動物1匹(こちらは捕まえた)と、例の緑色の水溜りのような物体だけだ。

 大したことにはならなさそうだ、と思ったのは間違いだった。

 あの緑の水溜りは、どうやって片付けようか相談する隊員の前で掻き消えた。なくなったのなら良かったが。それ以降町のあちこちで現れたり消えたりして、市民からの通報が相次いでいる。

 何なのかと訊ねられても答えようがない。

(寧ろ、こっちが聞きてーよ)

 それでも、危険性は低いと思っていた。今回志真が消えるまでは、消えたり現れたりするくらいで、住人に危害を与えたという話は無かったのだ。

 それが。


 まさか、よりにもよって志真が飲み込まれるとは。


 接触したのがまずかったのだろうか。一応住民に注意を呼びかける必要があるかもしれない。

 同じ世界から来た人間に話を聞く必要もある。

 後は今までの出現情報を照らし合わせて、何とか出現の傾向を算出して人員を配置……、しかし捕まえるにはどうすれば良いのか。無闇に接触すれば志真のように取り込まれるかもしれない。そう、その志真を助ける手立ても考えなくては。

(……とはいっても)

 ユーイは冷めた茶を一口飲んで、目を細めた。


(生きてんのか?)


 残念な結果の方が想定しやすい状況。しかし、何故か志真の顔を思い浮かべると。

(生きていそうだな)

 と思えてしまう不思議。

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