伊吹、仁義無き兄弟の争いを再開する 1
話し合いではなく暴力で。
伊吹は常々それで片をつけようとする野蛮な輩を見下してきた。その筆頭が彼の兄である吹雪である。何かって言うとすぐ手が出る。口では敵わないからといって、力で相手を打ち負かそうというのはあまりに愚かな行為だ。
それは己の正しさの証明にはならない、決して。
ただ鬱憤を晴らす為だけの行為。
(………殴りたい)
しかし今、伊吹はそんな衝動と戦っていた。
あの日、ミルラを探す伊吹を誘導する声の指示で、危険植物館に向った。嫌な予感はあったがそうするより他になかった。そもそも相手がどうやって伊吹に話しかけているのかすら分からないような不可思議な状態で、下手な行動は取れない。
やらかしてしまった時に危険になるのは、伊吹ではなくミルラだ。
緊張しつつ足を踏み入れた館内には、全く客がいなかった。いくらデートに不向きで不人気な館だろうと、普通ではない。進みたくない気持ちを何とか抑えて歩いた。
出来るだけ怯えている事を悟られないように気をつけて。
(大丈夫だ、護衛がついて来ている筈)
その過信が誤りの元だった。
向こうは伊吹に護衛がついていることを知っている。当然手は打ってあるのだった。伊吹には全く理解できそうなにない、ファンタジーな手が。
まぁそれは良い。
館の半ばまで進んだ辺りでミルラを見つけた。
まず目に入ったのは砕け散ったガラス。大きく穴のあいたガラスの壁へと目を向けて、その向こうに倒れているミルラを見つけた。ぎょっとした。
「ミルラ」
一瞬死んでいるのかと思った。駆け寄って息があるのを確認して安堵したが、肩を叩いても名前を呼んでも起きる気配がない。
「暫くは起きないよ」
再び耳元に聞こえてきた声に、伊吹は眉根を寄せた。
「そのコ、敵対者に寄生されてるから」
「……は?」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。そんな伊吹を声は笑う。
「少し遅かったね。もうそのコは手遅れだよ。敵対者なの」
遅かった、って。
どういう意味だ。敵対者に寄生されている?脳裏に過ぎる、地下で見た化物の姿。盗まれたウィルドの炎。教会に出たという『敵対者』。
「嘘だ」
考えを纏めるよりも早く、否定の言葉が出ていた。
「どうしてそう言える?」
「有り得ない」
「そうかな」
「姿も見せない奴のいう事なんか、信じられるか」
「信じたくない、が正解だよね。カガミ・イブキくん。あたし達はずっとね、敵対者について研究してきたんだよ。それで分かったこと、できたことがいくつもあってね。分離と、分解とある程度の制御までは可能になってる。進行は、遅らすくらいしかまだ出来ないけどね」
嘘だ。
見下ろすミルラは、無邪気な寝顔を晒している。安らかに眠っているようにしか見えない。何も変わったところは見当たらなかった。
「首の後ろ、触ってみて」
まるで、伊吹の思考を読んでいるかのようなタイミングで、声が言う。反発心を思えたが、結局は手を伸ばした。ほんの少し頭を持ち上げて、首の後ろに触れてみる。硬い何か石のようなものが手に触れた。
ひやり、としてすぐに手を引き抜く。
「それが敵対者の核だよ」
嘘だろ。
「よぉく考えてみてよ。そこにいたらそのコがどうなるのか。大丈夫、時間はあげるよ。暫くはココ、誰も入って来られないようにしてあるから」
気が動転していた。信じられなかった。そこへ、志真が来たのだ。今考えると、最悪なめぐり合わせだった。
人を騙そうとする時の条件として、考える時間を与えないというのがある。志真が、第三者がそこに来た事で、伊吹は見事に追い詰められた。
敵対者に寄生された者を救う手立ては、無い。
他に犠牲が出る前に、始末される。殺される、それが当然の判断だと伊吹は思っていた。今も思っている。誰だって犠牲の少ない方を選ぶ筈だ。だが。
ここにこのまま残れば、ミルラは殺される。
伊吹には、それを良しとは出来なかった。
(……ううう)
そんな自分を振り返って、伊吹は悶絶した。
(嘘、だと……それが、嘘だとォ!)
あっさりと告げられた企みに、流石の伊吹も落ち着いてはいられなかった。
用意周到に首の後ろにそれっぽい石まで貼り付けやがって。
良かった……ミルラは敵対者に寄生されてなんかいなかったんだ!
とか素直に喜べるような状況ではない。勿論、良かった事は良かったのだ、が。
(………くそ)
いや、本当に冷静に考えれば……あの時にだって半信半疑だったのだ。ただ完全には否定できず、その上雰囲気に飲まれてしまった。
まんまと罠に嵌ってしまった自分に落ち込むやら、あまりに卑劣なやり口に腹がたつやら、暴れたくなる気持ちを何とか抑えている伊吹の隣で、ミルラはむっつり黙り込んでいる。
俯いて、自分の手に穴があくんじゃないかという程の熱視線を向け、ぐっと口元に力を入れてへの字を完成させていた。
あきれ返っているのかもしれない。
伊吹の判断ミスで、ミルラまで妙なことに巻き込む結果になったのだ。
(……終わり、だな)
例えここを脱出できたとしても、こんな騒ぎに彼女を巻き込んだ以上、伊吹も無事ではいられないだろう。婚約破棄だけで済めば良いほうで、最悪社会的に抹殺されるかもしれない。
伊吹は再び暴力的な衝動に駆られつつ、正面で明るい笑顔を見せる女に目をやった。頭も手足もやたら小さく華奢にできている、いかにも活発そうな女性だ。
七海・ルルルイエ。
伊吹を罠にかけ、ここへ連れ去った張本人。……というか、ここは一体どこなんだ。未だそれすら知らされていない。二段ベッドのある狭い部屋で、窓はあるが外側から蓋がしてあって、見られないようになっている。
反対側には鉄格子。
部屋の中は廊下から丸見えで、プライバシーとかあったものではない。どこからどうみても牢屋だった。
ベッドが無い側の壁にあるドアの向こうは、トイレと洗面台と風呂が設置されていた。暫くここで生活しろとでもいうのだろうか。男女混合で?
言いたい事は色々あるが、伊吹は鉄格子の向こうの七海を睨みつけた。
「目的は何だ」
ん?とばかりに首を傾ける。黄色の長袖のシャツに、カーキ色の妙に膨らんだショートパンツ姿の女性は、子どもにこそ見えないが大それた事を企むような者にも見えない。精々下っ端の使い走りといったところか。
「お前達のボスは?話ができるなら、したい」
そう言うと、七海は目を丸くした後けらけらと笑った。
「してるよ、ボスはあたしだよ」
「は?」
「ノロイ103号の艦長でボスをやってるのはあたし、七海・ルルルイエだよ。よろしくね」
「……本気で言っているのか?」
信じられない。
「ボスがのこのこ俺たちを攫いに出たのか?」
普通、そういうのは部下の仕事じゃないのか。
「だって、その方が確実だし早いから。あたしくらいしか、転移の術は使えないしね」
どうやら、本気で言っているようだ。まだ疑わしいが。
「……だったら聞くが、何故俺達をここへ連れて来た」
にっこりと、七海は笑う。
「フブキの為だよ」
………また、またお前か。
いつもいつもいつも、何だってこう、自分の邪魔ばかりしてくるのか。
(何で)
静かに怒りに打ち震える伊吹に、七海はゆっくりと首を横に振った。
「あんまりフブキのこと怒んないでね。頼まれたけど、作戦とか考えたのはあたしだし。フブキはなーんにも知らないから」
だからって、許せるか。
「俺が目的なら、何でミルラまで」
「あれ、そのコを連れて来たのは、そう決めたのは君だよね、弟君」
「………そう仕向けたのは」
「その辺はね、あたしの個人的な好奇心。弟君は、フブキの事をあっさり切り捨てちゃったみたいだけど、そのコの事はどうするのかなーって」
猫のように目を細め、七海は凍りつく伊吹をじっと見つめた。
「知りたかった、知ってほしかった。ただそれだけだよ」




