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志真と異世界人連続誘拐事件 1

 無我夢中で走った。

 何せこてつは素早いし、小さい。ちょっとでも気を抜くと見失ってしまいそうなので、目の前の小さな白にだけ意識を集中して走った。賢い、とは言っても所詮は小動物。後を追う志真に気を使って走ってくれるわけもなかった。

 藪は突っ切るし、階段なんかも使わない。いくら体力があるっていったって、限度がある。心臓はばくばく音をたて、息がきれてきた。

 ここ、広すぎ!

 体力の限界を感じつつ、それでも気力でもってこてつの後を追った。やがて、こてつは1つの建物の中に入っていった。

(あ、あそこか?)

 妙な人だかりが出来ている。人々の足の間をすり抜けていくこてつ。

「こてつ!」

 ちょっと待ってよ。流石に志真はすり抜けられない。

「ご、ごめんなさい、通して!」

 普通に人を掻き分けて(迷惑な顔とかされるけど、この際気にしてはいられない)何とか入り口へと近づく。こてつはその中に入ったようだ。

 これはいよいよゴールが近いのかもしれない。いや、ここがゴールでありますように!もう走れないから。そんな事を思いつつ、入り口をくぐる。一瞬ふわっと体が押されるような違和感があった。

(ん?)

 謎の空気抵抗みたいなものを感じたが、それはすぐに消えたので気のせいだったのかもしれない。こてつを見失ってしまう。志真はすぐに前方を走る白色に意識を戻した。



「……入った、ぞ?」

 外では、館の中に入って行った少女の姿に、ざわめきが起きていた。一番近くにいた人間が、試しとばかりに近づくものの、透明な何かに阻まれる。変わっていない。何も無い様にしか見えないのに、手を伸ばすと何かに押し戻されるような感覚があるのだ。

 異世界から持ち込まれた魔法。

 結界というものの存在を知る者は少ない。そもそも魔法を使うことの出来る素養を持つ人間が、この世界には少なかった。その為広くは浸透していないし、貴重な魔法使いは魔法を高く売ることができる。男は溜息を吐いて、自前の通信具を取り出す。

 魔法に関する事件は、それ専門の人間に頼むしかない。



 一方、魔法の魔の字も知らず、結界の存在にも気がつかないまま館への侵入を果たしてしまった志真は、ふらふらとした足取りで無人の館を彷徨っていた。

 ついにこてつを見失ってしまったのである。

(でも、この中にいるのは間違いないし)

 きちっとした順路がある。途中で二手に分かれたりするところはあるけれど、先へ進めば合流する。真ん中に大きなドームがあって、その中を渡る通路が上下で二つあった筈。そう頭に思い浮かべられるのは、この館に入るのが2回目だからだ。

 色がおかしかったり、動いていたり、不気味な植物ばかりあるこの場所は、伊吹達が最初に入ったところである。こっそり後をつけていた志真も、当然ここへ入っていた。


(フツー、こんなところデートで入る?)


 そんな事を思うのも二度目だった。

 ガラス越しとはいえ、変な植物ばっかり生えている不気味なところに、わざわざ入りたくは無い。しかもデートで。

 特殊な環境で育つ植物の為に、わざわざ薄暗くしてあるところもあるのだが、その辺なんかどこのお化け屋敷かっていう薄気味悪さだった。

 あそこ、1人で通るのなんか嫌だな。

(何か……誰もいないし)

 朝に入った時も、他に比べて人は入っていなかった。でも伊吹達みたいな奇特なカップルもちらほらいたのに、今は誰もいないようだ。不人気なのは納得だけど、流石になんかおかしくないだろうか。

 意識した途端、ぶるっと体が震えた。

 かさかさと、何かが動く音がガラスの向こうから聞こえるけれども、必死で見ないようにする。


「こてつ、戻ってきてよー!ミルラさん、ここにいるのー!?」


 雰囲気に飲まれないように叫んでみたのだが、エコーがかかって木霊する自分の声が余計に不気味な空間を作り出す結果となった。

 返事は無い。

 志真は泣きそうな気持ちで、逃げるように走った。

 こういう時に限って、ホラー映画や怖い話を思い出してしまうのは何でだろう。振り払おうとしてもしつこくついてくる。今にも向こうの影から世にも恐ろしいものが飛び出してきそうだ。

 両側のガラスの壁。

 その向こうに生い茂る、不気味な植物達。

 たった一人、変な世界に迷い込んでしまったみたいで恐ろしかった。(もうそういうのはうんざりだ)だから、ゆっくりとカーブする通路を走り、その先でぐちゃぐちゃに割れたガラスの破片が飛び散っているのを見た時には、心臓が止まりそうなほど驚いた。


 解き放たれた危険生物、エイリアン、未知の生物的なものが、ガラスを突き破って出てくるところを、瞬時に想像してしまった。

 ごくり、と息を飲む。

 ここで一体何が!?

 ただ事ではない。おそるおそる近づくと、散らばったガラスの傍にこてつの姿を見つけた。器用にガラスを避けて、無くなったガラスの向こうへ、不気味な植物オンパレードなジャングルの中へと飛んだ。

 こてつ!?

 慌ててその後を目で追った。緑やら赤やら黄色やら。派手な色彩、珍妙な形の植物の群れ。その中に人が立っている。


「い、いっさん!?」


 どきっとしたが、良く見れば知った人物である事に気がついた。志真と同じ境遇の日本人、伊吹である。

 知った人を見つけたことで、心細さが吹っ飛んだ。

 ガラスを踏まないように気をつけて、僅かな隙間を飛び傍へと駆けつける。そんな志真を、伊吹は驚愕の顔で見ていた。

「お、まえ、何でここに」

「私もミルラさん探してたんだよ。こてつが案内してくれて」

「……話が違う。……何でだ?……このタイミングで」

 何やら難しい顔でぶつぶつ言っている。

「どうしたのいっさん?これ、何があったわけ!?ミルラ、見つかった?」

 矢継ぎ早の質問に、伊吹はちらりと志真を見たものの、すぐに足元へと視線を戻した。大きな葉っぱに邪魔されて見えなかったものが、志真にも確認できた。

「え、み、ミルラさん……?」

 ぐったりと、横たわるミルラの姿がそこにあった。青白い顔で、硬く目を閉じている。

「ちょ、ちょっとミルラさん!?いっさん、何があったの!?」

「来るな」

 大声で怒鳴られたわけでもないのに、迫力のある声だった。


 いつもとなんか違う。


 何度も叱られた志真であるが、こんなに怒った伊吹を見るのは初めてだった。

「悪いが、俺は逃げる」

「へ!?」

 青白い顔、据わった目、その上唇を曲げて笑う。そりゃもう、どこの悪役だっていう顔で言う台詞がそれ!?

 怖いっていう気持ちも吹っ飛ぶ肩透かしである。

「ちょっといっさん!逃げるって何、どういう事かちゃんと説明してよ!」

「もう他に道が無い。俺だって命は惜しい」

 そう言って、肩に乗っていたこてつの首根っこを掴んだ。ぶらんとしたこてつを地面へゆっくりと下ろす。

「こてつ、悪いが灰谷のところへ行け。お前は連れていけない」

 そんな伊吹を見上げて、こてつは後ろ足で立ち首を傾けた。

「悪いが灰谷、後は頼んだ」

「な、何言って、ちょっと待ってよ!」

「頼む」


 その言葉が、志真に向けられたものではなかった事に気がついたのは、後になってからの事。

 伊吹の背後にぱっと現れた新たな人物に、志真は駆け寄りかけていた足を止めてしまった。何この人、どっから来たの!?

 驚愕する志真に向けて、悪戯っぽく笑いかけた小柄な女性は小さく手を振った。


「じゃあね」


 え、と思う暇も無かった。

 次の瞬間志真の目の前から伊吹達の姿は掻き消えた。ミルラも、見知らぬ女性も。まるで最初からいなかったみたいに、ぱっと姿を消したのだった。


「な……、何これ」


 呆然とする志真の前で、残されたこてつだけが不思議そうに首を傾けていた。

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