伊吹、デートという名の試練に出向く 5
虚言か真か。
とにかく話を聞いてみるしかなかった。彼らは妹が出会ったばかりの異世界人と結婚すると聞いて、心配になった。まぁ、その気持ちは理解できる。クリスティアンから植物園へ出かけるという話を入手、この機会を逃す手は無い。まずは様子を見守ってどんな感じか観察し、2人が離れた隙に接触してどんな人物か見極める。
ミルラ兄…ジュド?が伊吹と接触している間、ミルラ姉…リィ?がトイレでミルラを引き止めておく、そういう事になっていたらしいのだが。
引き止めるまでもなく、ミルラは入った個室から出てこなかったのだそうだ。
流石に長い、呼びかけても返事がない。もしかしたら倒れているのではないか、そんな結論に達して無理やりドアを開けたところ。
「いなかったのです。窓があったから、そこから出てしまったみたいで。てっきりジュド達の方へ行くつもりなのかと思ったけど、そんな様子も無いですし、辺りを探してみたのですけど」
「悲鳴、ってのは?」
「エリーの友人が氷菓子を買いに行っていた時に聞いたらしいのです。他にも何人か聞いた方がいるそうなの。後、地面にこれが落ちていました」
彼女の手には、見覚えのある青い花の髪飾りがあった。それは確かに、ミルラが今日髪につけていたものだ。
「それはどの辺だ?」
「湿地帯の方です」
厳しい顔をしたジュドと、紙のように白い顔をしたリィのやり取りを、伊吹は黙って眺めていた。
さっぱり分からん。
とても演技には見えないが、ジュドの見事な化けっぷりを見たばかりだ。彼と双子のリィも同じようなものかもしれない。
嘘でも本当でも構わないだろう。どちらにしろ、探すべきだ。そうすれば何かあった場合にも後悔しないで済む。そう思う一方で、こんな風に試されたくないという苛立ちがある。
「クリス!」
リィをベンチに座らせたまま、ジュドが叫んだ。
近くの茂みががさりと動いて、金髪の大柄な青年が姿を見せる。お前、そんな近くにいやがったのか。にこりと白い歯を見せて、クリスティアンは笑う。
「どうやらこの私の力が必要なようだね!良き友人と、麗しいご婦人の為ならば」
「御託は良い。テメーはここでリィを守れ。言っとくが、変な真似はすんなよ。したら殺す」
「相変わらず人聞きの悪い。このクリスティアン、美しいご婦人を守る事はあっても、傷つけるようなことをする筈がない!さぁ、このか弱き姫君は私に任せて、安心して行きたまえ!」
安心できねぇ……。
その時のジュドの心の声が、聞こえてきた気がした。
ジュドは一瞬、真剣に嫌そうな顔になったが、ミルラの危機を優先させた。一度だけ、黙って伊吹の方へ鋭い視線を向けたが、結局は黙って走っていった。
「で、イブキ。君は行かなくて良いのかい?」
ベンチで休むリィの隣に、人一人分の間を空けてクリスティアンが座る。意外にも体を寄せる事はしなかった。長い足を組みながら、伊吹を試すような笑みを浮かべる。
全くもって気に入らない。
もしもこれで全部こいつらの企てだったとしたら。
それなりの報復をさせてもらう。きっと多少の事では怒りは治まらないだろう。だが、それでも、そうであってくれる方がずっと良い。
柄にもなく、そんな事を思った。
***
「全く、素直では無いな、我が友は」
往生際悪くぐずぐずしていたが、結局探しにいった伊吹を眺めて、クリスティアンは肩を竦めた。その発言、伊吹が聞いていたら恐ろしいことになると思う。我が友って、いつからそうなっているわけ。
つい先程クリスティアンが出て行った茂みから、志真もようやく頭を出した。
「ミルラ、大丈夫?」
良く分からないが、いなくなってしまったという事は理解した。
「さぁ……、心を痛めている姫君に、こんな事を伺うのは心苦しいことこの上無いですが、ミルラ嬢の行方不明は確かなことなのでしょうか?姫君」
「……はい。これはわたくし達の企みではありません」
真っ白な顔で弱々しく頷く女性。吃驚するぐらい美人だった。人じゃなくて妖精とかそういう別の生き物みたいだ。何となくミルラに似ている。
「わたくし達のせいです」
じわり、と大きな青い瞳に涙が浮かぶ。
「わたくし達が、馬鹿な事をしたから、あの子が……」
「そのような事は決してありません。必ずミルラ嬢は見つかりますよ、このクリスティアン………の代理の可愛いチーグーちゃんがきっと見つけてくれることでしょう!」
「はぁっ!?」
いきなり話を振られても困る。
大体今こそ自分が探すとかっこつけるべき場面ではないのか。白い目で見あげる志真に、クリスティアンは笑いかける。
「こてつ、連れてきているね」
伊吹から預かったヴィーダを、更に預けられそうな人は誰もいなかった。置いてくるわけにもいかず、内緒で連れてきていた。この事が伊吹にばれたらと思うと怖い。
手にした小さなバスケットの籠を掲げる。
「いる、けど?」
「ヴィーダの鼻はとても良いのだよ。上手くすればミルラ嬢を見つけてくれるかもしれない。姫君、ミルラ嬢の持ち物等ありましたら彼女に渡してください」
おずおずと、美女は小さな青い花飾りを差し出してきた。
なるほど、警察犬みたいなことをさせるわけか。
志真も心得て、籠からヴィーダを出してやった。鼻先に受け取った髪飾りをぶらさげてみる。
「こてつ、ミルラ探して」
ふんふんと匂いを嗅いだ後、こてつが走り出した。おお、見つけたんだろうか。
「行きたまえ!チーグーちゃん!」
自分で行けよ!
と、思いつつ志真は慌ててこてつの後を追った。小さな体でするすると駆けて行く。すぐに見失ってしまいそうだ。
***
広い植物園を走り回って、ミルラの姿を探す。時間が経つにつれて、焦燥感が募った。嫌な感じだ。この状況は、伊吹に嫌な事を思い出させる。
あの時も、必死で探した。
町中を走り回って。
結局見つけられなかった。あの時の絶望感は忘れられない。足元から地面が無くなっていくような感覚。
病室に戻ったこよりを見た時、安堵よりも怒りの気持ちが湧いた。
ごめんなさい、そんな風に謝るから余計に遣る瀬無く、悔しかった。裏切られたような気がした。馬鹿な意地を張っている内に、無理が祟って、程なく死んでしまったこより。
思い出したくもないのに、次から次へと思い出してしまう。
「ミルラ!」
振り切りたくて、声を上げる。
全く何だってこんな事に。
面倒だと思う。人とのかかわりが増えれば増えるほど、こんな面倒事が増えるのだ。つりあいの取れていない婚約なんか、その内に駄目になると思っていた。いや、今だって思っている。
ミルラはどう見たって伊吹を過大評価していた。
それは、今まで身近に人が寄り付かなかったから。兄やら姉やらに邪魔されたせいで、ろくな友達の1人もいなかったのだ。
つまり、他に比較する対象がいないということで。
でもこれからもそうだとは限らない。
伊吹は自分を知っている。身の丈にあっていない望みなど持たない。望んだところで叶わない夢なんて、もう。
「カガミ・イブキ」
苛々としながらミルラを探す伊吹を、誰かが呼んだ。
耳元に直接吹き込まれたような声は、残念ながらミルラのものではない。思わず足を止めそうになるが。
「そのまま探すふりをしていて。アンタには、見張りがついているからね」
誘拐犯の指示のようだなと思いつつ、伊吹はそれに従った。
今のところ相手の姿は見えない。声だけが聞こえるという不気味な現象を、どう捉えてよいものやら。
歩きながら、辺りを探る。場所は砂漠ゾーンの手前辺りだ。噴水がある広場に差し掛かった辺り。幸せそうに歩くカップルが何組も、立ち止まったり歩いたりしている。
その誰もが怪しく見えた。
「探しものはアンタ達が最初に入った館にあるよ。誰にもばれないように急いで来てね。じゃないと、保証できないよ」
何をだ!
思わずそう怒鳴りそうになるところを何とか耐えた。その言葉の後に、ふつりと何かが途切れるような不思議な感覚があった。
これはどうやら伊吹をターゲットにした誘拐のようだ。ミルラの兄達によるものだったら、彼女に危険は無いだろう。だが、もし別口だったなら。
伊吹は探すふりを続けたまま、頭の中に植物園の地図を思い浮かべる。入り口に近いその場所までは、少々距離があった。だが、できるだけ急ぐしかない。
姿が見えない護衛のことを気にしつつ、伊吹は指定された場所へ向い始めた。




