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伊吹、デートという名の試練に出向く 4

 妹と聞いて。

 真っ先にこよりの顔が浮かんだ。続いて瑞希と葉月の不満そうな顔。いや、分かっている。彼の言っているのはあくまで『彼の妹』だという事くらい。つまりは。


 ミルラ。


 伊吹は思わずまじまじと、艶然と微笑む男の顔を見た。目元と口元が、ほんの少しミルラに似ていると感じたのは、やはり気のせいではなかったのか。

(何というか)

 残念な気持ちでいっぱいだ。

「念の為に言っておくと、妹というのはミルラの事だけど」

「……分かってます」

「じゃあ、私が何の為にここに来ているのかも、もう分かってくれているのかな」

 友好的な意味ではないという事くらいはな。

 そんな言葉を飲み込んで、伊吹は黙って彼を見返した。

 ミルラの話を聞いて、ずっと疑問に思っていたことがある。周りの人間は皆、自分から離れて行ってしまう、彼女の兄や姉、妹や祖父。彼らの方を選ぶのだ、と。

 おかしいと思っていた。

 ミルラはあの通り美人だし、可愛いし、性格も悪くない。世間知らずで高慢な態度を取る時もあるが、気になるほどではない。もてない、好かれないなんてとても信じられなかった。


 もし、本当にそんな事が起こるというのなら。


 強制的に選ばせているのではないか。そう、伊吹は睨んでいた。そもそも、兄や姉と仲良くするからといって、ミルラから離れるというのがおかしい。


「勝手な事を言って申し訳ないけど、ミルラとの結婚は諦めて欲しい。できれば、妹とは二度と会わないでくれ」

 イラっとした気持ちになるのは、多少自分の身に重なる部分もあるからだ。兄貴面していちいち人のやることに難癖をつけてくるどこかの馬鹿のせいで、どれだけ苦い思いをしてきた事か!

「祖父の事は何とかするから心配しなくても良い。勿論、妹と結婚することで得られる以上の利益の保証もさせてもらうよ。私が責任もって援助していくと約束する」


 ……非常に美味しい話だな。


 思わず感心してしまった。自分の打算的な性格を完全に読まれているような気がする。

「元々君は、妹に押し切られる形で婚約したのであって、結婚に乗り気では無かったんだろう?クリスティアンの話では、女性よりも仕事に情熱を燃やすタイプだそうだし」

 おまえか、クリスティアン!

 ……いや、まぁ、あいつはそういう奴だよな。驚くだけ損というものだ。事細かく報告してくれたようだが、所詮出会って十数日の付き合い。

「どうかな?」

 と改めて返事をするように促すミルラ兄へ、伊吹は薄っすら笑い返した。

「用件がそれだけでしたら、お引取りを」

 予想外の返事だったのだろう。青い目が丸くなっている。そういう顔はやはりミルラに似ているようだ。

「結婚をどうするかは、俺とミルラさんが決めることで、家族とはいえ貴方が決めることじゃない」

「私はあの子の兄なんだけど」

「煩い、だから何なんだ」


 それは伊吹の地雷キーワードである。


 反射的に出てしまった乱暴な台詞に、ミルラ兄の目が点になる。驚きから立ち直った後には、不快そうな顔になった。意外と表情豊かな人である。

「兄だから、あの子が幸せになれないような結婚に賛成はできない。当然じゃないか」

「そういうの、余計なお節介っていうんですよ」

「なっ!お節介だと」

「実に余計なお世話です。どんな結婚だって、確実に幸せになれる保障なんて誰にもできるわけがない。いちいち邪魔していたら、ミルラさんは一生独身だと思いますが」

 う、とミルラ兄は一瞬言葉を詰まらせた。

「……ふん、それだけ言うのなら、君はあの子を幸せにする自信と覚悟があるわけだ」

「ありませんよ、そんなもの」

「………」

 何だこいつ、という目で見られた。

 しかし当然だろう、あるわけがない。この先、自分ひとりでもちゃんと生きていけるか未だ見通しが立たない異世界人である伊吹が、「妹さんは必ず幸せにしてみせます」とかどの口で言うというのだ。

 まぁ、例え自信があっても言いたくない、恥ずかしい台詞でもある。


「そこはハッタリでも幸せにするとか言うところだろーが」


 ぼそり、と低い声が聞こえた。

 その声音に違和感を覚える。

 すっかり不機嫌そうな顔のミルラ兄。当初纏っていた神秘的な雰囲気や、無駄な色気は掻き消えて、少しばかりガラが悪そうな男の顔がそこにあった。

「そういう、中途半端な感じ困るんだよなァ」

 やってられん、とばかりに、がしっと自らの頭を掴む。さらりとした金髪に指を突っ込んだ、かと思えばばさりと抜けた。細長い指についてきた金の髪の塊。


 ……人はそれを鬘と呼ぶ。


 とはいえ、安心なことにミルラ兄の頭に髪の毛は残されていた。

 3cm程の長さに刈り込まれているが。

 髪の長さで大分雰囲気は変わるものだな、と、どう反応して良いのか分からないでいる伊吹に、ミルラ兄はにやりと笑いかけた。

「知ってるか?鬘って相当むれるぞ」

 知らねーよ。

 髪の毛は大切にしろよ、との言葉には最早何と返せば良いのか分からない。ベンチに放り投げられた金の鬘は、丁度2人の間に落ち着いた。


 何だこの状況。


 ミルラ兄は長い足を組むと、そこに肘をつき顎を乗せた。物憂げに溜息を吐く。

「俺らもさぁ、お節介だっていうのは分かってんだよ。でもウチは結構大きな商売やってて金もあるから、ろくでもない奴らばっかり寄って来る。で、ウチん中でアイツだけ、そういうの見抜けないんだ」

「それは……甘やかして、成長の機会を奪っているからじゃないのか?」

「ああ、じーさんにも良く注意されんだよな、それ」

 はぁ、と溜息を吐いて、ミルラ兄は頭を掻いた。

「今回も大丈夫だから放っておけって。じーさんの言う事は大体正しいって分かっちゃいるけど、結婚だぜ?しかも会って間もない異世界人相手とかありえねーだろ」

 その辺は否定できない。

 伊吹にも妹が数人いるだけに。

「まぁ……心配する気持ちは分らないでもないですが」

「いい加減なこと言うなよ」

「俺にも妹がいるので」

「え、いんの?」

「……今となってはいないようなもんですけどね」

 二度と会う事は無いだろうし、向こうは兄がいたという事すら覚えていない筈だ。彼女達が、一体どんな相手を選ぶのか見ることすらできない。


(まぁ、あいつらは異様に見る目厳しいから、変なのは連れてこないだろうけどな)


「それはそれで切ねー話だな」

 いきなりミルラ兄の眼差しが、同情的なものに代わった。同じ兄であるという事から、親近感を覚えたのかもしれない。

 しかし伊吹は例えここに妹達がいたとしても、いちいち彼氏に対して干渉したりはしない、筈だ。口出しされる鬱陶しさも知っているからこそ。


 さてどうするか。

 そんな微妙な雰囲気になってきていた。そこへ。


「ジュド!」


 そう言って駆けて来る長い金髪の女性がいた。階段を上がってくるその女性は、先程までのミルラ兄にそっくりの姿をしていたので、少しばかり驚いた。双子だろうか。まさかあれも鬘とかじゃないだろうな。

 そんな疑惑を抱く伊吹の隣で、ミルラ兄が立ち上がる。

「どうした、そんな慌てて」

「ちょっと目を離した隙に、ミルラがいなくなってしまったの!こっちに来てるかと思って」

 思わず伊吹とミルラ兄は顔を見合わせた。

「いや、こっちには来てねーよ、なァ?」

「見ていませんね」

 同意を求められて頷く。

 どうしよう、とミルラ姉が青褪める。

「何かあったのかもしれませんわ。さっき、向こうで女の子の悲鳴を聞いたって人がいましたの。まさかとは、思うけど……」

「リィ!」

 ふらり、と青い顔でよろめいた彼女を、ミルラ兄が慌てた様子で支える。


 伊吹は難しい顔で考え込んでいた。


 果たしてこれは演技か否か。

 伊吹を試す為の三文芝居なのか、それとも本当にミルラに何かあったのか。

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