伊吹、デートという名の試練に出向く 3
「ヤバイ、何あの良い雰囲気」
物陰に隠れて2人の様子を伺っていた志真は、その順調なデートの様子に動揺を隠せない。対象は勿論伊吹とミルラである。頭は良いかもしれないけど、女子の扱い方など知らなさそうな伊吹のことだ。このデートは絶対にうまくいかない、そう信じていたのに。
で、ミルラの方が伊吹に愛想を尽かすと予想……いや、本当にそうなるように願っていたりした。
「あー、やっぱ私のアドバイスが的確すぎたのかな」
女子は黙って3歩後ろからついて来い、人の影を踏むな、とか言いそうだと思っていたのだ。好きなタイプは大和撫子とみた。2人にうまくいかれるのはちょっとあれなんだけど、真剣なミルラに嘘は教えられなかったから仕方無い。
植物園の話題が出た3日前の朝食。
あれからフィオーネの様子が更におかしくなって、もう一度聞いてみたのだ。そうして知った……というか、確認したあんまり認めたくなかった現実。
いてもたってもいられなかった。
「ああ、君は花よりも可憐で美しい」
近くでクリスティアンが女性をナンパし始めている。一応横に怒った顔の男性がいるけど、見えているのだろうか。多分それ、彼氏だと思うけど。
入園チケットを手に入れてくれたのは彼なので、ここは好きにやらせておこう。今は、それよりも伊吹とミルラだ。先へと歩き始めた彼らを追って、志真も尾行を再開した。
***
……増えている。
あちらこちらから感じる視線。自意識過剰でも、被害妄想でもない筈だ。あれから5つほど館を見てまわり、今はなだらかな丘の上にいる。隠れる場所は殆どない。
ざっと辺りを見渡せば、あそこにもあそこにもあそこにも、何度も見かけた顔がある。
というか、あのいかにも顔を隠してますという感じの少年(本当は少女だが)は、灰谷志真だろう。変装のつもりかしらないが、大きな帽子にストールで口元を隠している姿が、どこぞの孤高の旅人みたいである。
余計に目立っていると、本人は気がついていないのか。
(あいつ……こてつをどうしたんだ?)
この植物園は動物の入場を禁止しているので、志真に預けて来たのだ。まさか、連れてきてはいないだろうな。見つかったら罰金ものだ。
更に、時折聞こえてくる女性をナンパする歯の浮くような台詞、どうやらクリスティアンも来ているようだ。
(何をやっているんだ、あいつらは)
余程暇を持て余しているらしい。
後は少し下ったあたりにあるベンチに座っている少女。両脇に同じ年くらいの若い男を連れてきているが、どうも見覚えがあるような気がしてならない。ミルラの妹のエリーではないだろうか。
「……イブキ!」
怒ったようなミルラの声に、はっと我に返った。
正面に、眉根を寄せて口を尖らせた不満そうなミルラの顔がある。
「さっきから呼んでますのに」
周辺の怪しい人間チェックに気をとられ過ぎていた。
お弁当を作ってきたというミルラに一抹の不安を感じたが、用意するので待っているように嬉しそうに言われて邪魔をするわけにもいかない。暇なので視線の正体を探っている内に、どうやら準備が終わっていたようだ。
芝生の上に敷かれたレジャーシート……細かなピンクの花柄の薄い布みたいな敷物の上に、バスケットから取り出された3つの四角い容器があった。クリアガラスの容器の中には、それぞれおかずとおにぎりとデザートが収められている。
ミーチェに手伝ってもらったというから、味の心配はしていない。その、おにぎり以外は。
のりのついていない少し黄色っぽい歪な三角。見るからにかちこちに固められている。色はこっちの米の色なので問題ないとして。
「どうぞ。沢山あるので、遠慮なく食べてほしいですわ」
遠慮なくとは言っても、きらきらと、期待と不安の目で見つめられると、非常に食べ辛いのだが。
「……いただきます」
腹を括って食べるより他に無い。
手を合わせ、伊吹はおにぎりへと手を伸ばした。手にしてみると、一層固い。どんだけ力込めて握ったんだ。米粒が潰れて固まっている。
口に入れるとやはり固く、ねちねちもそもそしていた。塩分は足りない。唯一中の甘辛い鶏肉みたいなものは美味かった。
「ど、どうですの?」
不安8割、期待2割みたいな顔だ。
「美味しいですよ」と即答するのが正解なのかもしれないが、そんな事知った事か。これが正式なおにぎりだと思われるのも癪であるし、何よりこの先張り切って量産されるのが目に見える。
しかし、きっぱり不味いと言うのも勇気が言った。少し間を置いて、更に不安そうになったミルラを見て、考える。
「本音を隠した賛辞を聞くのと、本音しかない辛口評価とどちらが良いですか?」
「………え!?あの、えっと……って、もう答え出ているじゃありませんの!」
「あ、言われてみればそうですね」
「……もう!イブキは意地悪ですわ!」
「残念ながら、生まれつきです。これ、灰谷志真から聞いて作ったんですか?一人で?」
「いいえ、シマも手伝ってくれましたわ」
全く残念な女子だな、灰谷志真。
「今度作る時は、俺が教えますよ」
是非とも本当のおにぎりの美味さというやつを、教えておかなければならない。日本の料理が誤解されない為にも。
何気なく言った言葉に、ミルラは大きな目を丸くした。何だ?白い肌が徐々に赤く染まっていく。
「ミルラさん?」
名前を呼ぶと更に赤くなった。
「わ、わたくし……」
「はい?」
「嬉しいですわ」
蚊の泣くような声ってこんな感じか、とか。そんな関係のない事を思いつつ、伊吹は赤い顔で笑うミルラの顔から慌てて目を反らした。
落ち着け。
動揺するまま、伊吹は手を伸ばし固められたおにぎりを口に運んだ。よし、不味い。一口ごとに冷静さが戻ってくるような味である。
妙にぎくしゃくしたまま、会話も少なく昼食を終えた。まだたっぷり時間がある。少し休憩した後、トイレを済ませて残りの庭園を回ろうという事になった。
木陰にあったベンチの1つに座り、伊吹は空を見ていた。
青い。
薄っすらと出てきた雲が綿みたいに広がっている。
女性用のトイレが少々混んでいたので、こうして待つことにしたのだ。なだらかな斜面の下にあるトイレをちらりと見る。先程よりは、人も減っているようだ。
(それにしても、遅くないか)
漸く不審に思い始めた。既に10分くらいは経過していると思う。単に化粧を直している、或いは腹を壊している。そういう事ならば良いが。
空を見つつもさりげなく女子トイレの入り口を見ているが、今のところおかしなところは無い。ただミルラが出てこないだけで。
もう少し、待つか。
そう思った時、伊吹の座るベンチの隣に誰かが腰を下ろした。何気なく目をやって、ぎょっとする。
流れるような金糸の髪、憂いを宿した青い瞳。染み1つないどころか、輝くような白い肌。同じ人とは思えないほど美麗な人間がそこにいた。
ほんの少し耳の上部分が尖っているのが目についた。
瞬きをすると、長い睫毛がきらきらと光って見えるのは何の効果だ。ふっくらと赤い唇から微かな息を吐き出して、青い目が伊吹を捕らえた。
途端にふわりと、艶やかに微笑む、青年。
そう、そこらの女性よりも美人だが、れっきとした青年のようだ。体つき的に見て間違いない。華奢だが肩幅はあるし、胸が平だ。
何故かこちらに向って親しげに微笑んでくる青年に、伊吹は愛想笑いで対抗した後、さりげなく目を反らした。
隣から視線を感じるが、気がつかないふりをしておく。
誰かを待っているのだろうか。そうであって欲しい。その顔立ちに何となく似ている人を知っているような気がするが、つきつめて考えたくは無かった。
ミルラはまだか。
じりじりと、その戻りを待つ伊吹に向って、その謎の青年は言った。
「妹はもう戻らないよ」




