伊吹、デートという名の試練に出向く 2
後で改めて3日後と決めた。
当日の今日、空は雲ひとつない快晴である。
風が少しばかり冷たいが、歩いている分には丁度良い。そのせいか、クリスティアン曰く「人気のデートスポット」であるルーロイ植物園は今日も朝から賑わっていた。
最も、相当広いので人ごみにうんざりしたりする事はない。桜色のタイルで舗装された道の上をちらちらとすれ違う人々。その殆どがデートを楽しんでいると思われるカップルで、そこに子どもを連れた家族が混ざっている感じだ。
これは1人で来なくて良かったかもしれない。
相当居た堪れない気分になっていそうだ。幸せそうなカップルに囲まれながらも無心で植物をスケッチしている男がいたが、自分はきっとあんな風にはなれないだろう。
(しかし)
今もまぁ、快適とは言い難い。伊吹は溜息をついて足を止めると、振り返った。驚いたように肩を震わせ、慌てた様子でミルラも足を止める。2人の間には大体3歩くらいの距離があった。
妙に緊張した面持ちで見つめられているような。
(何なんだ……?)
朝からずっとこうだった。
一体その距離の意味は何だ!?何か嫌われるような事をしただろうか。これというような事は思いつかなかった。
離れて歩かれる意味……か。
もうちょっと離れて歩いてよ、アンタの連れだって思われたくないし。とか、そんな事を言われたこともあったな。偶然帰りが一緒になっただけで。相手は近所の同級生だった。昔っから気が強くて、カエルを手に追いまわされたこともある。
高校生になった途端、スポーツ少女からギャルへとクラスチェンジしていた。短いスカートをはいておいて「やらしい目で見てんじゃねーよ、変態」とか言ってくる、理不尽極まりない女だった。断じて見ていない。まぁ、美人といえば美人だったかもしれないが。
思い出したら苛々してきた。こっちだって願い下げだ!とか返せるようなら、半ひきこもり生活をする事もなかっただろう。
だが、今ならば言い返せるような気がする。二度とその機会が無いのが残念だ。
で、だ。
伊吹は難しい顔で目の前のミルラを見つめる。
今日のミルラは長い金髪を編みこんで結い上げるという、伊吹ではどうなっているのか分からない複雑な髪形。左側の耳の後ろ辺りに小さな青の造花が3つささっている。
薄い水色の清楚なワンピースに、白いレースのカーディガンという格好は、ミルラに良く似合っていた。
見れば見るほど、何故彼女が今自分と一緒にいるのか謎である。
(……落ち着いて考えてみれば、やっぱり不自然だな)
大体思い返してみれば、彼女は植物園に行きたいとは言っていたが、一緒に行きたいとかは言っていなかった。
一緒に歩きたくないなら、そう言ってくれた方が良い。後ろから難しい顔でついてこられると、気になって仕方が無いし。
「えっと、良かったら別行動にしますか?」
「え?」
ミルラはきょとんとした後、怪訝そうな顔になった。
「どうしてですの?」
「いや、どうしてって……」
「もしかしてわたくし、何か間違った事をしてしまいましたの?それで、イブキは嫌になってしまったんですのね!?」
くしゃり、と泣きそうに顔を歪めるミルラに、伊吹は動揺した。何でいつもこう予想外の展開になるんだ。
「違いますので落ち着いてください。……というか、間違った事ってどういう意味ですか。もしかして、また誰かに何か言われました?」
ミルラは叱られた子どものような顔になった。
「……ちゃんとシマに聞いたんですのよ。デートの時は、殿方の3歩くらい後ろを歩くのがマナーだとか、影を踏むのは失礼だとか」
またお前か、灰谷志真!
伊吹は思わず米神を押さえた。っていうか、一体いつの時代の話をしているんだ!後でしめる。
「……イブキ」
ミルラは不安そうに伊吹を見ている。それでもきっちり3歩の距離を保って。先程まで不快だった距離が、急に笑えるものに思えてきた。3歩後ろ、影を踏むな。通りで地面ばかり見ていると思った。
「イブキ!」
「……何ですか?」
さっきまで泣きそうな顔をしていたミルラが、突然怒り出したので驚いた。白い頬を真っ赤に染めた上、涙目で伊吹を睨みつけている。
「ひ、酷いですわ!人が不安になっているところを、笑うなんて!わたくしの事、からかったんですの!?」
「笑ってません。相変わらず騙されてるミルラさんは、確かに面白いですけどね」
「面白い!?……え、だ……騙されてる、んですの?」
「嫌じゃないなら、隣歩いてください。後ろから怖い顔でついてこられると、気が休まらないので。後、影の事も気にしなくて良いですよ」
少し間を置いて、ミルラは恐る恐る伊吹の隣に立った。よし、これで良い。
「折角植物園に来ているんですから、地面じゃなくて植物見てください」
「そ、そうですわね」
これで落ち着いて植物観察できるというものだ。
今の涼し目の気候で育つ植物がある庭園がそれぞれ五箇所。湿地ゾーンに砂漠ゾーンまである。温室の数は16で、植物園の中心には大きな池があり、周囲を囲む雑木林にも散歩コースが作られているので、時間があれば行ってみたい。
初めは硬い表情をしていたミルラも、次第にいつもの調子を取り戻していた。
「あ、あの小さな木、動いてますわよ!?」
「肉食系植物ですからね。あの頭の部分になっている果物で、獲物を誘き寄せるそうですよ」
シエンゾやアルジャラーの世界の植物だそうだ。彼らの祖先とも言われているらしい。根っこが地面に繋がっているとはいえ、あれだけ動かれると動物なのか植物なのか分からなくなってくる。
「あ……あの、うねうね動いている緑色の海草のの塊みたいなものは何ですの」
「吸血植物らしいですね。一塊に見えますが、300くらいが群生しているみたいです。草食の動物を捕まえて餌にしているようですね。勿論人間も餌の対象に含まれますよ」
ここからでは分からないが、ふやふやしているように見える葉には、毒付きの細かい棘がびっしりだ。
「あの真っ赤な花は綺麗ですわね」
「あれは花粉が猛毒で、吸うと体が麻痺します。その隙に種を植え付けられて苗床にされるらしいですね、生きたままで」
先程から傍で青い顔をしていたカップルが、とうとう逃げ出していった。何かをやり遂げたような気持ちである。
「……どうしてそんなに物騒なものばかりなんですの」
「危険植物ゾーンに入っておいて、何言っているんですか」
ちなみに危険植物ゾーンであるこの館は、全面分厚いガラスで区切られていた。
綺麗とはいえない不気味な植物も多い為か、デートには人気が無い場所らしく、割合空いている。時折、怖いもの見たさで入ってきた奴らが、きゃーきゃー言って騒いでいるようだ。遊園地で言うならば、お化け屋敷的存在だろうか。
「入ろうって決めたのは、イブキですわよ」
何だその白い目は。
言っておくが、断じてお化け屋敷的効果を狙ったわけではない。
単に、他に無い珍しい植物の観察を優先させただけだ。何せ、保護施設の農園の中でも、立ち入り禁止区域になっている研究所でしか、育てられていない。未だ見習い的立場の伊吹では、入れない場所だ。
「この辺の植物は、図鑑でしか見られないようなものばかりなので。ミルラさんの庭にも無かったですよね?」
あったら大問題だ。
「……確かに。言われてみれば初めて見るものばかりですわね」
きょろきょろと周囲を見渡して、ミルラは頷いた。
どうやらいらぬ誤解をされずに済んだようだ。機嫌を直し、笑顔を見せる。
「ありがとうございます。気を使ってくださったんですのね」
何でそうなる。
「……いえ、俺が見たかっただけです」
居た堪れないので白状しておいた。それでも嬉しげなミルラから、視線を反らす。丁度角の方を見た時に、さっと隠れる影を見たような気がした。
「………?」
気のせいか、見間違い。
そんな風に片付けられるほど、伊吹は脳天気では無かった。護衛の者というのも考えにくい。今までそんなミスを犯す奴はいなかった。
暫く見ていたが、出て来る様子はない。だからと言って確認しにいって、余計に厄介な事になっても面倒だ。
「イブキ?どうしたんですの?」
「何でもないです。行きましょうか」
暫くは、このまま気づかないふりをして様子を伺うか。




