志真と微妙な乙女心 4
気のせい気のせい見間違い。
そう念仏のように心で唱えてみるものの、一旦掛かったフィルターは中々簡単には外すことができないようだ。
もう、そうとしか見えてこないから不思議!
各務伊吹、という同郷で同じ立場の人間の魅力が、志真にはいまひとつ理解できない。顔はフツーである。日本人らしい薄い顔立ち。まぁ、すっきりしていると言えば聞こえはいいかもしれない。
もしかしたら、こちらではそれが受けるのだろうか。
一瞬そう考えたけれども、その割りに自分がもてる気配は無い事に気がついて、何となくむっとした気持ちになった。
違うね多分。
背だってあまり高くない。小柄なミルラ相手なら兎も角、背の高いフィオーネとはあんまり変わらないくらいだ。それに細い。頼りがい皆無の薄さを誇っている。
頭は良いかもしれないけど、嫌味ったらしいし、捻くれているし、優しくない。はっきり言って意地悪だ。
なのに、一体なんで!?
伊吹とミルラとフィオーネで三角関係みたくなっているのだ。
これはまずい。実にまずい。
何と言っても伊吹とミルラはもう婚約しちゃっているのだ。フィオーネは大きく負けている。というか、そこでフィオーネが上手く割り込めたとしても、今度はミルラが泣く事になるかもしれないわけで。
誰かが泣く事になる、というクリスの不吉な予言が当たってしまうことに。
(泣くならいっさんが泣けば良いのに!)
フィオーネもミルラも美人だし、良い子だし、もっと他に色々良い人がいる筈なのに、何故そこで伊吹なのか。分からない。
どうしよう、と関係ない志真が悩む必要は全くないのだが。
(フィオーネが泣くのも、ミルラが傷つくのも嫌なんだけど)
その為に自分ができる事って何だろうか。取り敢えずは、フィオーネが悩んでいるならば、聞いてあげることだろうか。まだ普通の女子高生だった時には、よく友人から彼氏についての悩みや片思いの悩み等を聞いていたものだ。
もっぱら聞く専門で、的確なアドバイスすらできなかったが。
聞いてくれるだけで、ちょっと楽になった。
と、あの言葉が本当なら、自分にもできる事がある筈だ!
「フィオーネ!」
志真は早速、クリスの部屋に手紙を持っていこうとするフィオーネを追いかけた。
「どうしたのシマ?」
「あの、いつでも、話聞くよ」
「話?」
「悩み、とか……、こ、恋とか?」
言葉のボキャブラリーが少なすぎて、オブラートに包むことができない。フィオーネは目を丸くした後、噴出した。
「どうしたの、急に」
あれー。
「え、だって……あの、フィオーネ、好きな人いる?」
「好きな人って、恋をしているかっていう事よね?残念ながらいないわよ。今はそれどころじゃないし」
あれあれあれー?
「そう、なの?」
「今のところはね。でも本当にびっくりした。いきなりどうしたの?」
不思議そうなフィオーネの様子は、どんなにじっくり観察してみても、普通だ。強がっている様子も無い。
と、いうことは。勘違い?
何だよー。
志真は誤魔化すように笑うしかなかった。
***
ここのところ、調子が悪い。
皿を割ってしまったり、ぼうっとしていて同じところを二度も雑巾掛けしていたり、折角洗った洗濯物を落として汚してしまったり。
とにかくありえない失敗が多くて、自己嫌悪の毎日だ。「疲れてるんじゃないの?ちょっと休んだら?」とおっとりした母にまで言われる始末。ただでさえ、家が大変な時なのに、弱音なんて吐いていられない。
しっかりしなきゃ。
そう思ってはいるのだけど、ちょっと気を抜くとぼうっとしてしまう(駄目だなぁ、こんなんじゃ)フィオーネは溜息を吐きつつ、鈍く痛むこめかみを指で押した。
もしかしたら、志真が変な事を言い出したのもこれせいだろうか。
灯の消えた食堂は、しんと静まり返っている。
店を再開した初日の今日は、客の入りは少なかった。徐々に戻って来るんだろうか。その辺りは全く予想がつかない。不安はあるけど、出来るだけの事をするしかなかった。
(母さんはのんびりしているし、兄さんは……)
頼りにはなるけど、商売には向いていない。どうして騎士を辞めてしまったのか、今でもその理由は教えてもらえていなかった。母とフィオーネ。2人の事を心配してというのもあると思うが、それ以上の何かがあるような気がしていた。
暫くじっとこめかみを押さえて、椅子に座っている内に眠くなってきた。小さく欠伸をして、瞬きを繰り返す。
このままここにいたら眠ってしまいそうだ。
お風呂に入って、もう寝よう。
既に日付をまたいでいた。あんまり夜更かしすると明日に響く。フィオーネはもう一度欠伸をしてから立ち上がった。椅子ががたがたと音を立てる。
「誰かいるのか」
途端にドアの方から声が掛かって、フィオーネは思わず飛び上がった。誰もいないと思っていたから、余計に驚いた。跳ね上がった心音がどくどく耳の後ろで響いている。
今の声は。
「い、イブキさん?」
「……ああ、すみません。フィオーネさん、ですか?暗い中音がしたものだから」
気まずそうに謝りながら、伊吹が食堂へと入ってくる。灯はきえているものの、窓から入る月の光があった。それに照らされて、伊吹の輪郭が見えてくる。
「驚かせてすみません」
「い、いえ。こちらこそ。ちょっと掃除をしていて」
「……こんなに暗い中でですか?」
「終わったので灯を消して行こうと思ったんですけど、ちょっと疲れていたので一休みを。イブキさんは?」
気の緩んでいたところを見つけられてしまった気恥ずかしさを誤魔化したくて、質問を返す。暫しの沈黙の後、伊吹は答えた。
「お茶を貰いに」
何だか複雑そうな響きが気になった。
「どうかしたんですか?」
「いえ別に。……ちょっと前にも、こんな事があったなと思っただけです」
何のことだろうか。分からない。フィオーネが聞くよりも先に、伊吹が言う。
「大したことじゃないんです。すみません」
その言葉に、フィオーネは眉を顰めた。
伊吹はいつもそうだ。
言葉や態度で線を引こうとする。一定以上には人を受け入れてくれない。最初は単に遠慮しているのかと思った。異世界人だから、警戒しているのかも、とも。
でも伊吹は誰に対してもそうだった。同じ立場の志真に対してさえも。
(私が何か言えることではないと思うけど)
そんな生き方は寂しいと思ってしまう。
ミルラが相手なら、その線はなくせるのだろうか。そう思った途端、何故か背中がひやりとした。
(……なんだろう、疲れているからかな)
何となく落ちた沈黙が気まずい。相手もそう感じたのか、伊吹はぎこちなく口を開いた。
「邪魔をしてすみませんでした。じゃあ、おやすみなさい」
踵を返して、去ろうとする伊吹を見たら、勝手に口が動いていた。
「イブキさん」
「はい?」
振り返った伊吹に、フィオーネは固まった。
特に用があったわけでもないのに。自分の行動が分からない。
「どうしたんですか?」
な、何かを言わなければ。しかし焦れば焦るほど、言葉が出てこない。こんな経験は初めてだった。
「フィオーネさん?もしかして具合でも」
フィオーネは慌てて首を横に振った。
「よ、呼んでみただけです」
挙句の果てにようやく出てきた言葉がそれである。気まずい沈黙に、死にたくなった。
全く、自分らしくない。
「……本当に大丈夫ですか?」
「はい……何か、ちょっと疲れているみたいで」
「そうみたいですね」
そうやって冷静に返す辺りが伊吹らしいと思っていると、テーブルの上にカップが置かれた。
「何ですか?」
「……ガバ茶です。疲労回復に効くとラクトが言っていました。どうやら俺よりも、フィオーネさんの方が必要なようなので」
さも迷惑そうな顔で、素っ気無い言葉をかける。
しかし、伊吹は人に優しくしようとする時に、相手から目を反らす事、何故か怒ったような顔になる事を、フィオーネは既に気がついていた。
「いらないなら……」
「いえ、貰います!ありがとうございます、イブキさん」
「……それじゃ、もう行きます」
気まずそうに背を向けて、足早に去っていく。その背中に、おやすみなさいと声をかける。多分、小さすぎて届かなかったかもしれない。
フィオーネは暫くして、残されたカップに手を伸ばした。
指の先がじんわりと熱を持ち、痺れていた。
暗くてよかった、とフィオーネは思う。おかげで赤くなった自分の顔を見られずに済んだ。やけに苦いお茶を一口飲んで、フィオーネは熱を持った頬を押さえた。
「……どうしよう」
そうして、何度目かの溜息を吐いた。




