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志真と微妙な乙女心 3

 クリスと志真のサクラ作戦が上手くいったのかは分からないが、その後無事にお客さん第1号がやって来た。閉める前にも来てくれていた常連さんだ。続いてぽつぽつと、客が入る。

「心配してたんだよ」「大丈夫かい」そんな、暖かい言葉を掛けてくれるお客さん達に、リアラは嬉しそうだった。

 勿論、一時期よりは全然客が入っていないし、赤字状態は免れないだろうけど、取り敢えずはほっとした。本当、誰も来なかったらどうしようとか思っていたから。


(それより、問題は……)


 食事の終わった席の皿を片付けながら、志真はこっそりとフィオーネの様子を観察する。今は、新しく入ってきた客の注文を取っているところだ。

 てきぱきと注文を書き付けていきながら、談笑しているのを見て、思わず客の顔を確認してしまう。

 ざっと見たところ、40歳後半の中年の夫婦だ。ずんぐりと太っていて、少々頭が薄い。がはははと豪快に笑う、下町の気の良いおっちゃん風。

(違うなー)

 フィオーネの様子も至って普通だし。

 流石にあの人がフィオーネの恋の相手というのは、無理があると思う。見ていれば分かるって言ってもなー、と志真はもう一度じっとフィオーネを見た後、皿を持って歩き出した。

 フィオーネには好きな人がいる。

 そう、クリスは断言していた。その上相手まで分かっているらしい。単にクリスの勘違いかもしれないけど。そこまで話しておいて、肝心の相手は教えてくれなかった。

 流石にその辺りは私が話す事じゃないとか、突然常識人っぽい事を言いだすからびっくりだ。当のクリスは「少し用があるから出かけるけど、すぐ戻るから寂しいだろうけど我慢して欲しい」とか相変わらず寝ぼけたことを言って出て行った。

 ちなみに志真個人にではなく、女性全員を対象にした言葉である。


 クリスの事はどうでも良いとして、問題はフィオーネだ。

 好きな人がいるというのが本当なら、相手は誰なんだろう。

 ……気になる。

 見てれば分かる筈だと、そう言うという事は、身近にいる人だと思うのだ。知り合って3日くらいしか経っていない間に、クリスが会った人となるとそう多くない。出かけていた事もあるから、その時となるとお手上げだけども。

 それ以外だったら。


(カオロンさんは……やっぱり無いよね。凄く良い人だけど、良いとこお父さんって感じ出し。後は、ラクトに……いっさん?)


 思いつく限りの顔を思い浮かべる。後は手紙の配達に来た少年くらいか。ウィガーは実の兄だし、除外するとして。

(範囲狭っ)

 今日まで宿も食堂も営業休止していたから、そんなものだ。

 志真の思いつく限りではその3人。うーむ、益々悩ましい。ラクトは良い人なのかもしれないけど、口数が少なすぎているのかいないのか分からない事もしばしば。何を考えているのかも未だによく分からなかったりする。

 そういうミステリアスなところが魅力?と言えるのかもしれない。

(でも何か違う気がする)

 次に伊吹を思い浮かべて、志真は大きく首を横に振った。

 無いと思う、絶対無いな。

 後は……、手紙の配達に来ていた少年か。あんまり覚えていないけど、14、5歳くらいの快活そうな少年だった。いつも元気良く「こんにちはー!」って感じでやってくる。悪くないんだけど、年下か。いまいちぴんとこなかった。

 やっぱりこれは、志真の見落としている誰かがいるのかもしれない。


 悩んでいる内にドアが開いて鐘が軽い音を立てる。

「いらっしゃいませー!」

 志真はテーブルを拭いていた手を止めて顔を上げると、入ってきたお客さん達を笑顔で出迎えた。


 お昼時にぱらぱらと来てくれた客足も、2時になる頃にはぱったりと途絶えた。再び暇になったので、床にモップ掛けをする。そんなに汚れているわけでもないけど、他にする事もない。

 暫くたっても客が入らないのを見たリアラが、志真達に声を掛けた。

「今の内に休憩にしましょうね。私がここにいるから、3人は調理場でお茶を飲んできて。お客様が見えたら呼ぶからお願いね」

 3人というのは、志真とフィオーネ、それからミルラのことである。

 調理場ではカオロン達もお茶を飲んで一息いれているところだった。あんまり広いとはいえない場所だけど、詰めればなんとか全員座ることができる。

「ご苦労様。時間があったからオードのケーキを焼いたんだよ。ほら、どうぞ」

 にこにこと機嫌の良いミーチェが、大皿に乗ったどっしりしたフルーツケーキを切り分けてくれた。お酒の入った甘いケーキは、疲れた時に食べると本当に美味しい。細かく砕いた木の実がまた良いアクセントになっている。

「おいしい!ミーチェさん」

「おいしいですわ」

「そりゃあ良かった」

 ミーチェは嬉しそうな顔で、志真達がケーキを食べる姿を眺めていた。お母さん、って感じがするなぁ。そう思ったら、胸の奥がちくりと痛んだ。


(ああ、ダメだ。もう結構経ってるのに)


 寂しい気持ちは急にやってくるから油断できない。忘れるように、フォークで切り取った大きなケーキの塊を、口に放り込んだ。ちょっとやりすぎた。頬いっぱいに詰め込んだケーキをもごもごと咀嚼する。

「シマってば、そんなに慌てなくてもまだいっぱいあるわよ」

 くすくすとフィオーネが笑った。

(別に、普通だけどなぁ)

 恋に悩んでいるとか、そういう様子は見られない。やっぱりクリスの勘違いなんじゃないだろうか。あの人、思い込み相当激しそうだし。そう、結論を出しかけていたところで、裏口の方から「こんにちはー!」という元気な声が聞こえてきた。


 噂の(志真の中で)郵便配達の少年だ。


 一番ドアに近い位置にいたフィオーネがさっと立ち上がる。その隣にいた志真も慌てて立ち上がった。

「シマ?良いのよ、私が行くから」

「いっほひひふ」

 まだ口の中がいっぱいでこんな言葉になってしまったけど、一応「一緒に行く」と言ったつもり。何とか通じたみたいで、フィオーネは不思議そうな顔をしながらも歩いていった。

 廊下に出ると、裏口のドアから郵便配達の少年が顔を覗かせているのが見えた。

 日に焼けた肌に、短い茶髪。大きな目はちょっとばかりつり目で、勝気そうな感じだ。

「こんにちは」

 ちらちらと窺ってみるものの、フィオーネの態度は至って普通。

「どうも。ハルベルトさん宛てがこの3通で、クリスティアン・ベルナ・ハーバーさん宛てに12通」


 うわ。


 斜めに掛けた大きな鞄から、ばさっと取り出される大小様々な封筒の束に、志真は驚いた。普通の手紙とかでは無さそうだ。

「後、カガミ・イブキさんっていう人もここで間違いない?」

「ええ……、間違いないわよ」

 驚いたように目を丸くした後、フィオーネは頷いた。普通のサイズの封筒を受け取ると、郵便配達の少年は鞄の金具を留める。

「じゃあ、これで。またよろしくお願いします」

「ありがとう、いつもご苦労様」

 定番通りの挨拶を残して、少年は去っていった。フィオーネはそんな少年の後姿ではなく、手元の手紙に視線を落としていた。

「持つ?」

「大丈夫よ。クリスティアンさんの分は部屋に届けておくとして、イブキさんのはどうしようかな」

「部屋じゃダメ?」

「あそこは客室じゃなくてイブキさんの部屋なんだし、やっぱり本人がいない時に勝手に入るのはちょっと」


 今まで何度か勝手に入って怒られたことのある志真としては、耳が痛い話である。


「じゃ、ミルラに頼む?」


 何の気なしに言った言葉だった。

 彼女なら婚約者(未だにちょっと信じられないが)だし、良いんじゃないかと思ったのだ。ただそれだけ。

 なのに、フィオーネの顔が一瞬確かに曇るのを、見てしまった。


「そうね」


 そんな顔を見た後では、笑う顔すらぎこちなく見えてきてしまうから不思議だ。

「ミルラさんなら、婚約者だし大丈夫かな」


 私の馬鹿!

 まさかの伊吹なのか。志真は動揺を隠せなかった。

(何でいっさん?嘘でしょ……やっぱり信じられないんだけど)

 多分あれだ。

 フィオーネが誰かに恋をしていると思うから、そう見えてしまうだけだ。多分。

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