志真と微妙な乙女心 2
一部騒がしい朝食を終えて、再び念入りにお掃除。
そうして11時にお店を開けた。カーテンを開けて、食堂側の入り口のドアを開き、外に看板を出す。宿屋入り口となる庭側の門も開けて来た。
こうやってちゃんと営業するのは約1月ぶりくらい?もっと大々的に宣伝した方が良いんじゃないかと思ったけど、そうすると変なお客さんも呼びつけちゃうかもしれない。なので、こうひっそりとお店を開けることになった。
当然開店を待ちかねていたお客さんがどばっと来店、なんて事は無い。待ちかねてくれているお客さんがいるのかすら、怪しいけども。
お店を開いて20分経過。
まだ誰もやって来ない。
リアラは楽しそうにテーブルに一輪挿しを置いて花を飾っているし、カオロンとミーチェ、ラクトは張り切ってデザートの試作品をこしらえている。お客がこなくてやきもきしているのは、どうやら自分1人のようだと志真は悟った。
(こんなんなら、やっぱり掃除の方手伝えばよかった)
その方が、気持ち的に楽でいられそうだ。
全客室の掃除が完了していないから、フィオーネとミルラがアンナを手伝いに行っている。忙しいようだったら呼びに来てと言われているが、これじゃいつまで経ってもその必要は無さそうだ。
うろうろと、ドアの前を通って外を覗いてみるが、通り過ぎる人、時折立ち止まって看板を見る人はいるのに誰も入って来てくれない。
まだ噂の影響が残っているのだろうか。
悩んでいる内にも人が通り過ぎていく。じれったい……!いっその事外に出て客引きをしたいくらいだ。ビラとか配って、お店の宣伝をして。
(でも私がやると完全に逆効果になりそうだし)
異世界人が敬遠されているのなら、志真は姿を見せない方が良いのかもしれない。そう思い至って、多少落ち込んだ。
(もしかして、私がいるからお客さんが来ないとか?)
どうしよう。やっぱり今からでもフィオーネと代わって来た方が良いかな。暇すぎてネガティブ思考になってきた志真の肩を、背後から誰かが叩いた。
「頭をそんなに下に向けて、どうしたんだいチーグーちゃん」
クリスの暑苦しい爽やかな笑顔は、落ち込んでいる時に見るとHPが削られるような気がする。最早チーグーとか呼ぶな!と突っ込む気すら失せてしまった。
「おや、チーグーちゃん、萎れた蕾みたいな顔をして。ああ、分かった!お腹が空いているんだね」
分かった!の時点で絶対分かっていない事は分かっていたとも。
「よし、チーグーちゃん。今から一緒に食事をしよう!だから元気を出すんだよ!」
「えぇ!?」
「気分が晴れるように窓際の、日当たりが良い場所が良いと君もそう思うだろう、うん。そうそう、この辺りが良い、実に良い」
いやいや仕事中だし!
という志真の必死の言葉も抵抗も一切無視された。椅子を引いてくれて座らせてくれるという風に言えば紳士的な行動を想像するかもしれないが、実際は無理やりに椅子に押さえつけられて座らされるという、非常に乱暴な扱いであった。
今現在も、立ち上がろうとするのを、肩を押さえられて阻止されている。
「客が1人も入っていない店には、何となく入りづらいものだよチーグーちゃん」
にっこりと笑うクリスを、志真は思わずぽかんと見上げた。
えーっと、つまり。サクラになるって事か、な?
確かにお客が入っていると、次の人も入ろうかなという気になるかもしれない。なるほど。
「でも私、仕事中だし!」
1人でやってよ、そういうのは。そう主張すると、クリスは大げさに首を振った。
「1人で食事をするなんて、そんな寂しい男だと思われるのは心外だよ。私としても、食事は可愛らしい女性達と優雅にとるべきものだという信念は、できれば曲げたくない」
そんなどうでも良い事を信念にしないで欲しい。
「勿論食事代は私が出すよ」
売上には貢献するよ、そう言っているように聞こえる。折角お店を開いているのだ。カオロン達にも料理を作ってもらいたい。
でも、良いのかなぁ。
志真が助けを求めて近くのリアラを見上げると、ふんわりとした笑顔を返された。
「今は暇だし良いわよ。後で忙しくなりそうだったら、来てくれれば良いわ。シマとクリスさんが美味しそうに食べていれば、お客さんも来てくれるかもしれないし」
「流石、リアラさんはお美しい上にお優しい。できれば貴方ともいつかこうして食事をしたいものです。勿論、2人きりで」
きらりと光る白い歯に、意味深な笑顔。お前という奴は。
「お水を持ってくるわね」
流石リアラさん、スルーです。
クリスの奢りなので、遠慮なく注文した。ほぼ無理やりに付き合わされる事に対しての抗議のつもりだったけど、相手は庶民とは程遠い金銭感覚の持ち主だ。「それくらいで良いのかい?チーグーちゃんは慎ましいね」とか言われた。
注文して食べられなかったら作ってくれた人に対して失礼なので、その挑発には乗らないぞ。
早速運ばれてきた野菜サラダ、白緑色のスープをもりもりと食べる。しゃきしゃきとした野菜の歯ごたえに、甘酸っぱいあっさりしたドレッシングが良く合う。白緑色のスープは、まろやかでこくのある味わい。
「うん、ここのシェフは実に良い腕をしているな。その上、珍しい料理ばかりで素晴らしい」
良い腕は兎も角、珍しくはない。
金持ちであるが故、庶民の味が珍しい的なアピールは無視しておくに限る。
「クリスって、なんで家に帰らない?暇?」
「まさか、こう見えて私はハーバー家の跡取り候補だよ。暇の筈無いじゃないか」
暇にしか見えないけど。
「必要な仕事はこっちに持って来ているからね。君の小さな頭を悩ませる心配などどこにも無いよ、チーグーちゃん。安心したまえ、私は暫くはここにいるさ」
いやいやいやいや。
そんな心配していない。むしろ早く出て行ってくれないかな、とか思っていたりするくらいだ。ただそうすると、宿屋の収入がまた減っちゃうからな。
難しいところだ。
「クリス、ミルラのこと好き?」
「勿論、あんなに愛らしい妖精のような女性を好きにならない男等、いる筈がないよ。ああ、だけどチーグーちゃん、心配しなくて良いとも。私は世の女性の全てを平等に愛しく思っているからね、勿論君の事もだよ」
こんなんだから、ふられるんだろうな。
ここまで徹底した女好きって初めて見た。でも、だ。それって結局誰も好きじゃないのと同じことじゃないかと思うのだ。クリスの言う好きは、花が綺麗、子犬が可愛いというのと同レベルである。
「世のすべての人がそうであるなら、誰も傷つくことなく幸せだろうに。どうして人は特別な相手を持つのだろうね、チーグーちゃん」
「?」
「恋とは意志でするものではない、だとしたら、必ず誰かは泣く事になる」
お願いだから、出来ればもうちょっと解り易く話して欲しい。何が言いたいのかさっぱり分からないので。
困惑する志真を残して、クリスティアンは珍しく悩ましげな表情で、遠くを見ていた。
何となく気になって、その視線を追う。
いつの間にか掃除を終えて戻って来たのか、そこにはフィオーネの姿があった。カウンターの奥にある棚のグラスを、せっせと磨いているところのようだ。
「フィオーネ?」
「凛と佇むフィシュアの花のようだ。恋する女性というのは物憂げな表情まで美しい」
花!
(そうだよ、フツーは花でしょ!何で私は魚なわけ)
むっとしかけて、その後に続いた言葉に口が開いた。
「え?」
今、恋って言った?
目を丸くして、クリスを凝視する。
「恋!?フィオーネが?」
「ああ、そのようだね」
「あ……もしかして、クリスにしてるって、言う?」
彼女は私に恋をしているのさ!と、そういうナルシスト発言を普通にしそうだから困る。しかし、彼は残念そうに首を横に振った。
「非常に不可解な事かもしれないが、そうじゃない。彼女の好きな人はどうやら別の相手さ」
不可解どころか、物凄い信憑性が出てきてしまった。




