伊吹、引き返せなくなる 4
「これは一体どういう事ですの」
仲良く(表面上は)一緒に帰ってきた伊吹とクリスティアンを見て、ミルラは眉を顰めた。
「昨日の無礼を謝罪してね、彼とは友人になったんだよ」
白い歯をきらりとさせながら、クリスティアンは笑う。
「……友人?本当なんですの?」
「まぁ、不本意ながらそういうことになりました」
「ははははは、このように本心を言い合える仲というわけですよ、ミルラ嬢」
はっはっは。
この切り返しは学ばなければなるまい。この男、馬鹿に見えて馬鹿ではない。
ジョール・ラクリエルに認められた(と、クリスティアンが思い込んでいるだけだが)男と今の内に交友を深めておきたい、それから何が彼の気を引いたのか知りたいというのが、クリスティアンが伊吹に近づいてきた理由らしい。
表向きにはそう言っているが、その実虎視眈々と伊吹を落としいれようとしていたとしても、驚きはしない。とにかく中々本心の見えない男だった。
そんな彼と友人になった理由はただ1つ。
こっちとしても、商売の上客になりそうな貴族とのつてを作っておきたかったからだ。限りなく打算的な友情である。お互いに承知しているので問題は無い。取り繕う必要が無いのも楽だった。
宿屋建て直し計画についても、上手くいく目処がたったら援助すると申し出てくれた。成功する見込みがない内は見守らせてもらうよと、実に冷静な発言。
こっちも乗っ取られないように目を光らせておこう。
そんな、割合に殺伐とした関係を友人といってもいいものか。
「ああリアラさん。今日も何て美しいんだ!」
帰ってきて早速、出迎えたリアラに大げさな賛辞を叫び始めたクリスティアン。あれが友人とか言いたくない気持ちになってくる。割合と本気で。
「……イブキ」
ミルラは納得いかない様子で、伊吹を睨み付けてきた。
怒っているのかと思えば、すぐに不安そうな顔を見せる。
「わたくしの事、見捨てませんわよね」
「は?」
「愛情より友情とか言って、わたくしをクリスティアンに売ったら一生許しませんわよ!」
何を心配しているかと思ったら……、伊吹は思わず笑ってしまった。
「余計な心配だと思いますよ」
何せあいつは、過去を振り返らない主義とか言って、ミルラへの思い(本当にあったのかすら疑わしくなってくる)は綺麗さっぱり忘れている。
色々と言動の怪しい男ではあるが、その辺は信じても良い気がした。
あれも結構打算的な男だ。
チャンスがあれば付け込んできそうだが、無駄だと分かっているならきっと何もしない。ミルラのみが嫌だと言っているなら無茶を通しただろうが、ジョールの決定がある限りクリスティアンは従うだろう。
その辺の事情はミルラに話しておいたほうが良いかもしれない。
そんな、余計な不安を抱えるくらいなら。……と、思ったのだが。
結果だけいうと、ミルラは激怒した。
「しっんじられませんわ!」
怒りで声が震えている。
「歯が浮くような台詞ばっかり言っておいて、実はお爺様に取り入るためとか、どれだけわたくしを馬鹿にすれば気がすむの!許せませんわ!」
どうやらプライドをいたく傷つけてしまったようだ。お嬢様だしな。フォローの言葉も見つからないので、伊吹は黙っている事にした。
ちなみに場所はミルラの部屋だ。クリスティアンと同じく宿屋の一等部屋。最初はリアラが「婚約しているなら、同じ部屋がいいかしら~」と恐ろしい提案をしたので、全力で却下しておいた。
間違いが起こったらどうする。
今のところは婚約者だが、いつ反故にされるかも分からない。その時になって「よくも家の孫娘を傷ものにしてくれたもんじゃのう」とか脅される可能性だってある。
世の中は理不尽にできているのだから。
ミルラはミルラで不満そうだった。多分、クリスティアンと同じ階の部屋というのが気に入らないのだろう。そればっかりは同情する。
暫くすると、ミルラの怒りも治まってきたらしい。
椅子の背もたれに体を預け溜息を吐くと、少しだけ落ち込んだような顔を見せた。
なんだか、すっきりしない気分だ。
「もしかして、ミルラさんはクリスティアンのことが好きなんですか」
あんまりの落ち込みように、そんな疑問が浮かんできた。だとしたら、とんだ茶番だ。伊吹の発言に、ミルラは素早く身を起こした。
「そ、そんなわけ有りませんわ!何処からそんな考えが浮かぶんですの!?」
「嫌っている割りに落ち込んでいるようなので」
「………それは」
眉を顰め、ミルラは気まずそうに視線を落とした。
(痛いところを突かれたというところか)
伊吹は溜息を吐いた。少しばかりイラついたが。
「だって、皆結局はお爺様やお兄様ばっかりなんですもの」
拗ねたように、ミルラは口を尖らせている。
「前も話しましたけど、仲の良い友達や、男の人が出来そうになっても、お兄様やお姉さまを見ると、皆すぐにそちらの方に夢中になってしまうのですわ。最近ではエリーも。お爺様目当てで近寄ってくる人も山ほどいましたし、誰も、本当にわたくしの事を見てくれる人なんて結局何処にもいないんですわ」
お嬢様にはお嬢様であるが故の悩みがあるようだ。
「だから……イブキが、わたくしの事を好きでなくても構いませんわ。偶然でも、コウジマの実をわたくしにくれたんですもの。その上、エリーの我侭を無視して、お爺様に取り入ろうとしないで、わたくしの気持ちを優先してくれた人なんて、今までおりませんでしたわ」
真っ直ぐで純粋な瞳に見つめられて、伊吹は大変後ろめたい気持ちになった。自分の行動がかなり美化されてとらえられている!
その事実に衝撃を受けた。
エリーに対して厳しい態度に出たのは、単純に彼女の態度が気に入らなかっただけである。お爺様に取り入るというのはどう考えても面倒事がセットになっている為、小心の伊吹としては安全な道を選びたかっただけで。
つまり、ミルラを優先させたというのは全くの誤解だ。
「だから、つまり……わたくしは、イブキの傍にいたいのです」
これ以上ないくらい顔を真っ赤にさせながら、ミルラは消え入りそうな声で告げた。
……今更違うとは言えない雰囲気である。
思いもかけぬ展開に、伊吹は動揺していた。
女にもてる外見でも性格でもなかった為に、こんな事態は初めてだ。相手は金髪碧眼の美少女とか、到底現実で起こるとは思えない出来事が。
夢か妄想……やっぱり何かの罠なのか!
どうしてもそっちに考えが向かってしまう。硬直する伊吹に、ミルラは怒ったような顔をした。
「何とか言ったらどうですの」
いつも通り強気な口調は保っているものの、青い目は不安で揺れている。
ぐら、と伊吹の中の何かが揺れた。
「か……」
口の中が乾いていて、言葉が掠れる。
「勝手にすれば良い」
漸く出てきたのはそんな台詞だった。平坦で素っ気無い声だと、自分でも思う。
各務伊吹、23歳。
捻くれている自覚はあったが、自分にツンデレ属性があると気がついた初めての瞬間であった。




