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志真と恋の三角関係 3

「そこの愛らしいお嬢さん!」

 羽の生えた白馬に乗った青年が叫ぶので、志真は思わず辺りを見渡してしまった。買い物帰りの子供連れの主婦や、腰が曲がりかけたお婆さんまで皆振り返っている。

 志真はお嬢さんではあるものの、愛らしいという形容詞が付けられるような外見ではない。残念ながら。当然彼が呼びかけているのは自分ではない、と思ったのだが。

「貴方ですよ、黒髪の乙女。短い髪も中々良い、円らな黒い瞳もチーグーのように愛らしい」


 ……えーっと。


 まさか、マジで私!?

 明るい茶色の瞳が、どうも真っ直ぐに自分を見ているような気がして、志真は大いに戸惑った。白い歯がきらりと音を立てて光りそうな、暑苦しいと爽やかを同時に体現したような男である。垂れ目の甘目の顔立ちに、よく鍛えられた肉体。

 ナイスガイ、とかそんな言葉が似合いそうな青年である。

 男は宿屋の裏戸の前で、ひらりと馬から飛び下りた。ばさっと翻る真紅のマント。高そうな皮のブーツに白いズボン。金釦が二列並んだ深緑の上着。一体どこの王子様ですか、と聞きたくなるような格好だった。

「やあ、愛らしいチーグーちゃん。怯えたような顔をしないで欲しい。私は決して怪しいものではないよ、安心してくれたまえ」

 安心しろとか言っているみたいだけど、安心できるか。見るからに変人である。

(っていうか、チーグーって何?)

「ああ、君にそんな憂うような瞳は似合わないよ。私の名前はクリスティアン・ベルナ・ハーバー。唯のしがない貴族の端くれさ。気軽にクリス様とでも呼んでくれればいい」

 何だろう、何て言っているのか分からない。名乗っているみたいだけども。

「えっと、クリス?」

 で、良いのか?

 呼んでみると、クリス?は額に手を当てて仰け反った。

「おっと、君は声まで愛らしいね。しかもいきなり呼び捨てでくるとは、中々積極的だ」

 マジで何言ってんの。

 良く分からないけど、何だか関わりたくない気がする。気づかれないように後ずさりを始めた志真に、クリス?は甘ったるく微笑みかけた。

「君に、芽生えたばかりの淡く純粋な思いを踏みにじるのは悲しいが、言わないわけにはいかないね。残念だけど、私にはもう婚約者がいるんだ」


 分からないなりに、凄く不愉快な気持ちになってきた。

 これは真面目に相手にする必要のない相手に違いない。きっと、ただの変な人だ。志真はもう彼の存在は無視して、宿屋の中へ戻ろうと決めた。

 くるりと身を翻すと、途端に制止の声が掛かる。


「ああ、待ってくれチーグーちゃん。君が怒って当然だ。でも、どうか聞いて欲しい。私は今どうしても君の力が必要なんだ!」

 そこでそんなに大声で話されるのは、迷惑なんだけど。

 ただでさえ、評判が下がりまくっているというのに、また変な噂が流れたらどうしてくれる。志真はきっと彼を振り返った。

「声大きい!静かに!」

「あ、ああ、すまない。つい取り乱してしまった。だがどうか分かって欲しい、いくら私でも愛する婚約者が野蛮な男に連れ去られたと聞けば、冷静でいる事は難しい」

 にわかに真剣な顔つきになって、彼は聞いた。

「ここに、ミルラ嬢が囚われているというのは本当かい?」

「ミルラ?」

「そうだ。ミルラ・ラクリエル嬢。妖精のように美しい女性だよ」

 この変な人はミルラの知り合いなのか。

「いる、けど?用?」

 そう納得して肯定してしまった志真だったが、次の瞬間後悔した。

「神よ!私の愛する人を見つけられた事に感謝します。ミルラ!今貴方の愛するクリスティアンが助けに行く!待っていてくれ!」

 そう叫ぶと同時に、クリスは柵に手を掛け飛び越えてきたのだ。

「ちょ、ちょっとー!」

 不法侵入者だー!

 いきなり他人の家に柵越えて入ってくるとか、有り得ない。もしかして、強盗?慌てて近くに転がっていた竹箒を持って、クリスを止めようとした。しかし、見るからに筋肉隆々の男に対して力で叶うわけが無い。

 あっさりと、振り下ろした箒の先を掴まれる。びくともしない。

「チーグーちゃん、君のように愛らしい子どもを傷つけたくは無い。どうか、大人しくしていてくれたまえ」

「泥棒、ダメ!出てく!」

「人の心を盗む罪は誰も裁く事はできないよ。けれど、人の婚約者を誘拐する事は犯罪だ」

「何言ってるかわかんないけど、煩い!人の家に勝手に入ってくるなー!」

「仕方が無い、手荒な真似はしたくなかったが」

 強く握っていた箒ごと、ぽいっと横へ放り投げられた。何という馬鹿力。

「すまない」

 転がる志真に向ってそう言って、クリスは裏口から中へ入ろうとした。


「さっきから、何やっているの?……シマ?」


 そこへ、騒ぎを聞きつけたフィオーネが現れる。顔を覗かせた彼女に、ドアに向かっていたクリスは動きを止めた。

「フィオーネ!その人、変!注意して」

「ええ!?」

 フィオーネは肩を竦ませながら、目の前で固まっているクリスへ視線を向けた。

「あの、家に何か用ですか?」

「………美しい」

「はぁ?」

 溜息混じりに吐き出された言葉に、フィオーネの目が丸くなった。唖然としてしまう気持ちは良く分かる。

 何なんだろう、この人。

「その凛とした佇まい、内側から光るような美しさにはどのような男でも惹かれざるを得ない、ああ、罪深い女神よ」

「………シマ?」

 こっちに聞かれても困る。

 自分の知り合いでは無い事を強調する為に、志真はぶんぶんと首を横に振った。何やら感動した様子でクリスは両手を広げている。

「何か、ミルラの知り合いだって」

「ミルラさんの?」

「……美しい人よ、貴方のその澄んだ瞳を悲しみで曇らせるのを見たくはありませんが、言わなくてはいけない。こちらにいるミルラ・ラクリエル嬢はこの私、クリスティアン・ベルナ・ハーバーの婚約者です」

「え!?」


 ミルラの婚約者とか言った?


 フィオーネと志真は驚きの顔を見合わせた。

 彼女は伊吹と婚約したとか言っていた筈。

「どういう事?」

「分からないけど……、どうしてそれが私の瞳を悲しみで曇らせる事になるのかも、良く分からないわ」

「まともに聞くこと、ない。きっと、かなり変な人」

 ミルラの婚約者だっていうのも、怪しい話だ。

「私は、身元の怪しい男に攫われたというミルラ嬢を救う為、やってまいりました。さぁ、彼女は今どこに?」

 救うとか言っちゃっているよ。

 男にさらわれたって……、その男というのはもしかしなくても伊吹の事に違いなかった。

「どうする?」

「どうしよう……本人でないと、確かめようもないわね」

「ミルラは?」

「まだ帰ってきていないわ」

 2人は小さく溜息を吐いた。


「あの、クリスティアンさん?」

「ああ……どうか、クリスと気軽に呼んで欲しい」

「……クリスさん。あのですね、今ミルラさんは外出中で、いつ戻るか分からないんです」

「なんと」

「申し訳ないのですが、いらした事は伝えておきますので、また後日いらっしゃるか。それとも……」

 フィオーネは気乗りしない様子で付け加える。その気持ちは良く分かった。

「中で暫く待たれますか?」

 志真だったらば付け加えないその一言。フィオーネは人が良いのだ。

「申し訳ないが待たせてもらうよ」

 きらり、と白い歯を光らせて爽やかに暑苦しい笑顔を浮かべるクリス。空気を読むという能力は身につけていないらしい。


「……では、どうぞ中へ」


 食堂へと案内される客人が1人。


(いっさん、早く帰って来い)

 できるだけ早急に応援求む。

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