志真と恋の三角関係 2
振り返ってみれば、朝の時点で充分予測できた事態である。
志真はじと目で伊吹と、その隣にちょこんと座っているミルラを眺めた。婚約者同伴で登校とかどこのバカップル。お前達には常識はないのか!軽蔑ーという顔の志真を、伊吹はちらりとではあるが確かに見たのに無視をした。
むっとする。
まぁ、伊吹はちっとも楽しそうな様子ではない(どっちかというと胃が痛いみたいな顔だ)し、でれでれしていないからまだマシだ。
何なんだろうなー。
仲良く並んで座っているけれど、やっぱりちぐはぐに見える2人だった。
本当に何なんだー、あの2人。
あれこれ伊吹に質問していたミルラも、授業が始まると大人しくなった。今日の授業は文章の書き方及び読み方。志真にとってはかなり苦手な分野であるが、ミルラみたいなこの世界の人間にとっては小学生レベルの内容だと思われる。
退屈じゃないのかな。
そう思うが、ミルラは始終楽しそうだった。
伊吹達は図書館によって帰るというから、志真は1人で宿屋へ帰ることにした。宿屋は無期限休業中で、いつ再開するのかも決まっていない。志真のする仕事も殆ど無いけど、なるべく自分でできる事を見つけて手伝う事にしていた。
気にせず友達と遊んでくれば良いわ、とリアラは言ってくれているが、今は宿屋が心配でとてもそんな気にはなれない。
志真が心配したところで、どうにもならないって分かってはいるけど。
子どもで、異世界人で。
無力すぎる自分が、歯がゆい。
何か良い方法とか無いかなー、そんな事を思いながら宿屋にたどり着いた。裏口にはフィオーネが立っていて、帰ってきた志真を見つけて手招きをしている。
「シマ、お帰り。良かった早く帰ってきて。今日はシマにお客さんよ」
「え?私?」
伊吹と違って、わざわざ自分を訪ねて来る知り合いなんて思いつかない。ニトロとかは学校で会っているし。またリキキか、それともチャティだろうか。
「誰?」
聞いてみても、フィオーネは笑って答えなかった。
「行けば分かるわよ。食堂で待ってみえるから、急いで」
その言葉に急かされて、食堂に入る。入り口から中ほどに入った位置にあるテーブルの前に、人影が2つ。
白髪の痩せた老婦人と、頭部が寂しい少々小太りの老紳士。
多分、夫婦だろう。
お客って、この人達?
(誰?)
リキキでもチャティでもない。予想しない老夫婦の登場に、志真は戸惑いを隠せなかった。
「あの、こんにちは?」
黙っていても埒があかない。思い切って声をかけ、近づく。志真の存在に気がついた老婦人が顔をこちらへむけた。
くすんだ緑色の小さな瞳、目じりに皺の入った優しげな顔に、何となく見覚えがあるような。
「ようやく会えましたわね」
「え、あの、はい」
にっこりと笑う老婦人に、志真はしどろもどろになる。ヤバイ。やっぱり知り合いっぽい。向こうは覚えているみたいなのに、こっちははっきり思い出せない。
「自己紹介を先にしましょうか。私はパルメラ・ニクス。こちらは、主人のジュリアン・ニクス。よろしくね」
「あ、はい。私はシマ・ハイタニです。よろしく」
「改めてお礼に来ようと思っていたのだけど、いつ来てみてもお店が閉まっているでしょ。裏庭の方でお店のお嬢さんをお見かけしたから、今日は思い切って声を掛けてみたの」
「……はい」
どの辺りで疑問を挟もうか思案する。
「シャーリン教会では、転んだところを助けてくれて本当にありがとう。運が悪ければ、押しつぶされてしまっていたかもしれないわ。皆、混乱していたものね」
あ、と思わず声を上げそうになった。
思い出した。教会での出来事が鮮やかに蘇る。そうだ、あの時の。
「良かった。無事で」
「ええ。貴方も。幸い主人も無事で……、事件の悲惨さから考えると、本当に幸運でした」
「妻との再会を喜べたのも貴方のお陰です。私からもお礼を言わせてください。本当にありがとう」
「い、いえ、そんな。私、何も」
2人にお礼を言われて、居心地が悪くなった。
本当に大した事はしていない。ただ、転んでいたところを助けただけで。そりゃ、あのままだったら怪我はしたかもしれないけど、志真ではなくても違う人間が助けただろうとも思う。
「大した事は、していなくて」
本当に当たり前の、小さな事しかできなかった。
「あの後、色々な人に聞きましたよ」
「え?」
パルメラの暖かな眼差しを、志真は見つめ返した。
「あのわけの分からない混乱の中で、危険を顧みず、一生懸命怪我人を助けようとしている異世界人達がいたと。言葉の不自由な異世界人で、まだ子どもで、それも女の子だったって」
「勇敢なお嬢さんがいたと聞いて、妻はすぐに貴方のことだと確信したようですよ」
うわお。
感謝の念が篭った微笑を向けられて、思わず目をそらしたくなった。
正直言葉の半分も分からなかったけど、何か褒められているっぽい事だけは分かる。賞賛の眼差しで、全部が伝わってくるような気がした。むず痒い。
多分、顔が真っ赤になっているだろう。
あの時、確かに志真は怪我人を助けようと走り回った。
でも、誰1人として、志真1人の力で助けられた人はいない。皆が手伝ってくれたから、出来たのだ。
だから、こんな風に褒められると正直困る。
無力さを痛感していたところだから余計に居た堪れない。
「いや、あの、私本当に何も……」
パルメラは静かに首を横に振る。
「噂を聞いてね、伝えないとと思ったのよ」
「え?」
「この宿屋の噂。あの事件のせいで、異世界人のことを悪く思う人は更に増えたわ。私の周りでもそういう人はいる。でもね、私はそうは思わない。あの時、混乱の中で倒れた私を助けようとしてくれたのは、貴方だけだったわ。今は、辛い事も多いと思うけど、覚えておいてね。色々な異世界人がいるように、私たちも色々だということ。この宿屋が再開した時は、必ずお客として遊びに来るから、挫けないでね」
皺だらけの細い手が、ゆっくりと労わるように志真の頭を撫でた。
その暖かさに泣きそうになる。
彼女はお礼を言いに来たわけではなくて、励ましに来てくれたのだ。
宿屋の、異世界人の悪い噂を聞いて。志真のことを心配してくれたのだ。
胸の奥がじんわりと暖かくなる。
どうせ何もできない、力も無いし頭も悪いし、子どもだし。そういう風に諦めかけていた。もうちょっとで、諦めてしまうところだった。自分には何もできないって。
(そんな事無いよね)
きっと何かできる事がある筈だ。大きな事はできなくても。小さなことでも、積み上げていけばきっと何かに繋がっていく、筈。
誤解が広まって、中々解けなくても、どこかに分かってくれる人はいる。
志真は久しぶりに晴れやかな気持ちで、パルメラとジュリアンを見送った。何もかも上手くいくような気がしてくるくらい気分が高揚していたのだが。
さて、中へ戻ろうと踵を返した志真の耳に、妙な音が聞こえた。ぱからぱからぱから。馬の蹄のような音。一瞬、懐かしい時代劇のオープニングが頭を過ぎる。
振り返った志真は、音の出所を探した。
遠くから近づいてくる、一頭の……白馬?何か羽のようなものがついており、やや体躯が小さいが、その他は普通に馬に見える。
その背に跨り、更々と栗色の髪を靡かせている逞しい肩幅の青年。
一目見て、面倒事の予感をキャッチした志真は、即座に背を向けた。見なかったことにしよう。しかし、その判断は少しばかり遅かった。




