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志真と恋の三角関係 1

 おっかしいよなー。


 この世の中、時々っていうか最近は頻繁に、吃驚するような事が起こる。志真は未だ寝癖の治らない髪の毛を蒸しタオルで押さえながら、その光景を観察していた。

 不機嫌を通り越して無表情になった伊吹が無言で朝食を取っている。その隣では、金髪碧眼、どこぞのお姫様のような美少女が、物珍しげにちまちまと料理を食べていた。ちなみに、朝食の内容は細切れ鶏肉と野菜のスープ、柔らかめのコーンブレッド、それからハムエッグである。別に珍しい料理ではない。

「イブキ、この薄っぺらいハムのようなものはなんですの」

「……ハムですよ」

「ハム!こんなに薄いものもあるんですのね!」

 これがハムじゃなかったら何なの。一般人の志真には理解できない会話をする辺り、ミルラは正真正銘のお嬢様に違いなかった。


 ミルラ、何とか……。

 自己紹介はされたのだが、あまりに衝撃的な事を告げられたせいで、覚えられなかった。


 初めまして。わたくし、この度イブキと婚約いたしましたミルラ……


 うわーうあーうわー。

 婚約ってマジで?


 花のような笑顔を浮かべるミルラの隣で、伊吹はずっこけそうになっていた。その後、目を吊り上げて彼女の頭をはたいていた。DVだ。結婚とか、何でいきなりそんな事になっているのか分からないが、思いとどまった方が良い。

 ミルラの顔には見覚えがあった。

 少し前に訪ねて来て、伊吹に泣かされていた人だ。化粧の感じが違うせいで大分若く見えるけど、間違いない。理由は分からないけど、大泣きしていた人だ。あんまりに泣いているから放っておくのはまずいような気がして様子を見に行こうとしたのだが、ウィガーに阻止された。

 ミルラが帰った後で伊吹に何があったのか聞こうとしたが、黙秘権を行使された。その態度、後ろ暗いところがあるとみなす。

 もしかして、無理やりに言い寄ったりしていないだろうな。

 何か弱味を握って、嫌がるところを無理やり………、美少女と伊吹の取り合わせはあまりにちぐはぐで、そんな妄想を働かせてしまう。

 だが実際は、どちらかというと伊吹の方が困っているように見えた。


 それが、また不思議である。


 ミルラは嬉々として伊吹の後ろをくっついて回っているし、伊吹は彼女を鬱陶しそうにしながらも、決定的な拒否はできないでいる、みたいな感じだった。

 何それ。

 志真は現実の不可解さに困惑を隠せない。

 普通逆じゃない?


 後でフィオーネから聞いた話によると、彼女は物凄いお金持ちの家のお嬢様らしい。何でも伊吹との結婚を家の人に反対されて、飛び出してきたのだとか。

 凄い、そんな事現実で本当に起こるんだ。

 相手が伊吹というところで、2重に吃驚である。


 朝食を終えると、伊吹はさっさと職場に向かった。その後を、親について歩くカルガモのようにミルラもついて行った。

 婚約者同伴で職場とかって、それ良いの?

『貴方の働いているところをわたくしも見てみたいですわ』

『とくに面白い事も無いですが、それで良かったら』

『嬉しいですわ!』

 瞬時にそんな会話が浮かんできて後悔した。変なものを想像してしまった、忘れよう。

 遅れて食事を終えた志真は立ち上がり、テーブルの上の食器を片付け始めた。今日の片付け当番を任されている。店を開けていない為、食事は揃って取れるようになった。お陰で片付けもしやすい。

 全然、良い事では無いが。


 既に大体の人が食べ終えて、それぞれの仕事に向かっている中、フィオーネだけがまだ食事を続けていた。

 珍しい。

 何でもてきぱきとこなす彼女は、食べる事も早かった。5分くらいの休憩で、素早く、尚且つ綺麗に食べるのがフィオーネなのに、今日はやけにゆっくりだ。

 まぁ、大した仕事も無いし、偶にはのんびり食べたいのかもしれないけど。

「………」

 パンを小さく千切っては、口に運ぶ。じっくり噛んで、時々ぼうっと動きを止めて、思い出したように飲み込む。そして再びパンを……。

「フィオーネ?」

 千切りかけたパンを見つめたまま、ぼうっとするフィオーネのおかしな様子に、志真は思わず声を掛けていた。

「フィオーネ、どうした?具合、変?」

 フィオーネは驚いたように顔を上げ、志真を見た。目を丸くしたまま、辺りを見渡す。

「あ、あれ、もう皆食べ終わったのね。私が最後?」

「うん」

 気がついていなかったのか。

「ごめん。何か食欲なくて……片付け、私がやっておくよ」

「大丈夫、私やるよ。でも、大丈夫?」

「うん、平気。どこか痛いとかそういうことは無いから」

 微笑みながら、フィオーネは手にしていたパンを皿に置いた。

「残したものは、お昼に食べようかな。よし、じゃあ片付け、一緒にやろう」

「うん、ありがと」

 一緒にやれば早く済む。志真はありがたく、フィオーネに甘えることにした。


 片づけをして、身支度を済ませて、学校に向う。

 今日はニトロとアルジャラー、それからじいさんが学校に来ていた。中々の出席率だ。モクは未だ保護施設から出させてもらえないし、菊乃は入院中。相変わらず、意識が戻らないらしい。

 今日で何日目だっけ。

 1週間は過ぎていると思う。

 会いに行きたいけど、会わせてもらえない。体の方はほぼ回復しているから、その内目が覚める筈だとウィガーは言っていたが。

(本当に、大丈夫なんだよね?)

 どうも信じきれていないせいで、不安な気持ちになってしまう。


(だって、きっと都合の悪い事は教えてもらえない)


 どうも暗い気持ちになっていけない。

 志真は、溜息を吐くと、窓際で日差しを浴びつつお昼ね中のアルジャラーに視線を向けた。ゆっくりと上下する優しい緑色は、密かに志真の癒しだった。

(良いなー、緑って目に優しい感じがするし、可愛いし)

 暫し心を休めたところで、持ってきた絵本と辞書を取り出す。

 長いことそのままになっていたモクから借りた本。お姫様と竜の話だ。


 竜に助けられたお姫様は、竜に事情を話し婚約者の命を救う為に、竜の鱗が必要な事を訴える。自分を助けてくれた心優しい竜ならば、きっと願いを聞いてくれると信じて。

 だが、竜は何も言ってくれない。

 何度言葉を繰り返しても、涙を流しながら頼んでも。

 どうして。

 竜を恨めしく見上げたお姫様は、竜の閉じた瞳から流れる涙を見つける。それだけではない。竜の瞼が開かぬように、縫い付けられている銀の糸が光っていた。なんて酷い。お姫様はその糸を外そうと決意する。

 動かないで。

 体によじ登ってくるお姫様を恐れるように、竜は後ずさりをする。落っこちそうになりながらも、お姫様は諦めない。


 中々、根性のあるお姫様である。


 挿絵には、大きな竜の体によじ登るお姫様が描かれていた。頑張る姿は好感が持てる。都合よく周囲に助けられるお姫様よりも、こういうお姫様の方が好きだ。見ていて応援したくなる。

 さて、これからどうなるんだろう。

 次のページを捲ろうとすると、そこへ日に焼けた手が挟まれた。

 邪魔。

 抗議の念を込めて見上げるが、ニトロはにやにやと笑う。

「昼飯の時間だ」

 その言葉に誘われるように、お腹がぐうっと音を響かせた。いつの間にか、そんな時間になっていたらしい。絵本の続きはまた今度だ。

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