伊吹、お嬢様と知り合う 3
女の顔が、化粧で驚くほど変わるというのは知っていた。時折素人でも特殊メイク並みのビフォワーアフターな変身を遂げる者がいることも。
しかし、現実ではお目にかかった事は無い。
良いと思っていた子と寝起きでドッキリなんていう経験は、残念ながら伊吹の人生で起こった事はなかったからだ。それどころか、親しく言葉を交わす女友達すらいなかった。
しかし、化粧っていうのは綺麗にするためにするものだろう、普通。
それともあの化粧がこの世界の流行なのか?あれで美人なのか?
残念ながらその価値観にはついていけない。別に、ついていきたいとも思わないが。
厚化粧を落とし、まぁまぁ美人から奇跡的美少女へと変身を遂げたミルラを前に、伊吹は居心地が悪かった。同じ年くらいかと思ったが、年下かもしれないと、白くふっくらした頬の線を眺めて思う。
無駄に長くびっしり生えた睫毛の下の大きな青い瞳。目元が赤くなっているせいで、妙に色っぽい。
「……失礼ですけど、ミルラさん。おいくつですか?」
「………24歳ですわ」
まさかの年上だった。童顔なのか。ミルラは首から頬にかけて真っ赤にし、恥じ入るように俯いた。
「分かっていますわ。行き遅れだって思っていらっしゃるのでしょう。お爺様が口を出したくなるのも当然ですわ」
別にそんな事は思っていない。
日本は晩婚化が進んでいた。30代を過ぎて結婚する人も多かったあちらの世界で、24歳で行き遅れとか言ったらあちこちから石が飛んでくるに違いない。
「恋人とかいなかったんですか」
これだけ美少女だったら、周囲の男が放っておかなさそうだが。
「いたらこんな事になっていませんわよ」
馬鹿にしているんですの。
ぎろり、と睨まれて伊吹は沈黙した。外見が良くてももてるとは限らないらしい。余程性格に難があるのだろうか。確かに少々気が強く、扱いづらそうな感じはするが。
「わたくしがちょっと良いなと思う人は皆、お兄様やお姉さま、妹に夢中で、わたくしの事なんて……」
じわり、と再びミルラの眦に涙が浮かぶ。
先程泣いたせいで涙腺が弱くなっているのか。
いや、それよりも、お兄様……?
その一言が引っかかる。あまり、深く知りたくないような気もするが。ミルラが良いなと思った相手に女も含まれているのか、それとも相手の男がそっち系なのか。
伊吹は深く考えるのを止めた。
「だから、わたくし殿方とお付き合いをしたこともありませんのよ。それなのに、いきなりあんなギスニッチみたいな男と結婚だなんて!」
「それは、まぁ気の毒だとは思いますが」
だからギスニッチって何なんだ。そう思いつつ適当に同情の言葉を掛ける。ミルラはきっと赤くなった目を伊吹に向けた。
「同情してくださるなら、種をわたくしに譲ってください!」
「お断りします」
「ひ、酷いですわ……、わたくしが、こんなに困っているのに」
「お力になれず申し訳ないですが、種は俺としてもどうしても必要なものなので」
このままでは、いつまで経っても諦めてくれなさそうだ。
伊吹は溜息を吐いた。
「この宿屋、客がいないと思いません?」
「……営業妨害や中傷のせいで、客足が途絶えているそうですわね。お兄様の調査資料で読みましたわ」
調査資料?
「まぁ、分かっているなら話が早い」
「ええ、だから必ずお金が必要の筈だからこの件は軽いって……お兄様の嘘つき」
……何か薄ら寒いものを背筋に感じるのは気のせいか。
「貴方はこの宿屋にお世話になっているのですわよね?恩とか、感じていないんですの?大金が得られれば、この宿屋をもっと綺麗に改装したり、色々工夫もできますのに」
「確かに新しい建物になれば、それなりに人を呼ぶことができるかもしれません。ですが、根本解決とはならないと思います」
「どういう事ですの?」
「異世界人に纏わるマイナスイメージは、それで払拭されないだろうという事です」
ここに志真や伊吹がいる限り。
シャーリン教会で起こった事件を境に、異世界人に対する悪感情は更に広がっていると考えて良いだろう。
それに加え、ルーミケラウスの事もある。
国民の混乱を避けるため、情報規制が敷かれているが、人の口に戸は立てられない。何かしらの悪い噂が出る事は、覚悟しなければならなかった。
「大体、この宿屋の人達は、俺が大金を融資しようとしても素直に受け取ってくれないでしょう。これは、お金で解決できる問題ではありません」
できたら、簡単だったのだが。
「では、どうするつもりなんですの?」
テーブルの上にぐいっと上半身を乗せるようにして、ミルラは伊吹の方へ顔を近づけた。大きな目が心なしか輝いている。興味津々といった様子だ。
「……今考えているのは、他の宿と決定的な差をつくることです。そこにしかない食べ物、そこでしか買えないもの、そこでしか見られない景色。そういったものがあれば」
「確かに、客を呼ぶ事はできるかもしれませんわね。但し、話題になる価値がなければ無駄になりそうですけど………あ!」
ミルラは再びぱっと目を輝かせた。
「もしかして、それに異世界の花を使うつもりなんですのね?」
「計画としては」
まだウィガーやリアラにも話していないし、実際どうなるかは分からない。断られたら、それ以上伊吹の勝手にする事はできないのだ。
何となく断られるような気がしている。
だから、彼らにこの話を持ち込めないでいた。残念ながら、伊吹にはこれ以上の策は思いつかない。
異界の花。
無害な異世界の植物は、この世界でも人気が高い。この宿屋のみで見られるとなれば、それなりに客は集められる筈だ。幸い、向日葵の種は食べられるし、その辺りの展開も視野にいれている。
異世界のものを通して、交流をしていけばいつか理解が得られるのではないか。
というのを、表向きの理由にしようかと思っている。これならば、リアラやウィガー達も良い返事をくれるのではないか、と。
「面白そうですけど、植物は育てばいつかは種ができますわよね。ひとつでも外へ持ち出されてしまえば、いくらでも量産できますわよ?」
「当然、その辺りの事も考えてあります。異世界から持ち込んだ私物は基本的に、無害と認められたものは、自ら手放さない限り、その権利を侵害される事はありません。盗難防止策として登録申請さえすれば、30年間は所有権が保障されます」
植物ならば、その種までも。
これに違反すると、高額の賠償金を支払わなければならない。
「ついでに、魔法を買いました」
「魔法!?」
これは、ベンジャウルからの入れ知恵だ。
この世界には、魔法というものが存在する。最も魔法が使える人間は、ごく限られていて、滅多にお目にかかれるものでは無いらしい。
希少価値の高いその能力は、世のため人のためというよりも、高価な商品として有効利用されている。魔法商会という胡散臭い場所を通して。
「魔法というか、呪いみたいなものですね。範囲指定魔法だとか言っていましたけど。対象のものは指定した範囲内でのみ成長することができる。そういう魔法です」
「そんな事ができますの?」
「何度か試しましたが、効いているようですね。範囲外で種や苗を植えても成長せず、枯れました」
未だに半信半疑だった。
何度も試したので、偶然という事は無いと思うが。既に契約しているので、本物であってほしい。かなりの高額出費だった。
「凄いですわ、本気ですのね」
素直に感心した、といった様子のミルラに、居た堪れない気持ちになる。最初の高慢そうな様子はどこへいった。化粧と一緒に落としてきたのか。
「……そういう理由なら、仕方ないですわね。うちで商品にして流通させるより、面白そうですし。わたくし………諦めます」
肩を落とし、暗い声で告げるミルラ。
人生諦めます、と言っているように聞こえるのは気のせいか。




