志真と芽生えた不信感 2
誰かに考えすぎだよって言って欲しい。
色々考え過ぎて、頭がパンクしそうであった。元々、物事を深く考えるというのが苦手だ。考察とか推察とか?直感で生きているような志真には無縁の言葉。
延々と答えの無い疑惑について考えているだけで、底の無い泥沼に嵌っていくような気分になる。その泥沼の名前はきっと「人間不信」とかそんな感じ。あ、それとも「異世界人不信」だろうか。異世界、怖い。
悪意とか、意地悪では無いという事は分かっている。
敵対者みたいな化物がいたら大変だし、そりゃ何もなしで町中に出しちゃうわけにはいかない。教会での事を思い出し、志真は渋い顔をした。
でも。
(あの人も、最初からあんな化物だったわけじゃ、無いんだよね)
きっと、普通の人間だったんだ。遠くからしか、まともな姿をみていないが、綺麗な女の子だった気がする。年だって若そうだった。
ぞっとする。
一歩間違えれば、志真だってああなっていたかもしれない。あんな悲惨な姿になった上に、誰かを傷つけて、殺される。
ルーミケラウスも。
身近な人がそうなって初めて、志真はその恐ろしさを実感した。やるせない気持ちになってしまう。何とかして助けられないのだろうか。助けられなかったのだろうか。
3日間の検査期間を経て、志真達は元の生活に戻された。再び細々と宿屋の業務を再開し(客は全く来ないけど)、学校への通学も許可された。元通り、平和な日常。だが、そこにルーミケラウスの存在は無い。
学校に行っても、モクがいない。
(ラスもいない……)
その空白が不安だった。
「よう、シマ。大変だったな、色々と」
相変わらず欠席者多数の学校にて、そう軽い調子で声を掛けてくるのはニトロだ。三つの瞳を細めて、にやりと笑うその姿に志真は力なく笑い返した。
「おはよ、久しぶり」
「何だよ元気無いな。ま、当然か」
ニトロは元気出せよ、と琥珀色の飴を志真の掌に落としてくれた。がらんとした教室は寂しい。広さがあるだけに余計に。
飴は、蜂蜜とレモンの味がした。
ほっとする甘味を確かめながら、志真はぐったりと机の上に上半身を預けた。ここのところ、変に考え過ぎていたためか疲れが溜まっている。
「何かもう疲れたー」
「仕事忙しいのか?」
「ううん、暇。客、来ない。疲れたは、考える事」
「考えるって、何を?」
眠いのを我慢していたら、欠伸がでてきた。えーっとね、と志真は再び考える。どう言ったら伝わるだろう、このもやもや感。不自由な言葉では、到底伝わりきらない気がする。
「敵対者、助けること、無理?」
「……助ける、ねぇ」
少々呆れたような声になった。
「方法があるか無いかは分からないが、現状そこまでの余裕は無いだろう、この世界に」
「ん?」
「放っておけば犠牲が出る。止めるだけで精一杯って事だ」
机に耳をくっ付けるようにして首を捻り上を見る。見上げたニトロの横顔は、どこか冷めていた。
志真の視線に気がつくと、ニトロはにやりと笑んでみせる。
「外出るぞ」
「は?」
「出席ノルマなんて無ぇから、1日くらい休んだって平気だろ」
1日くらいというか、もう何日も休んでいる上、超久々の学校だったわけなのだが。ニトロに引っ張られるまま、学校を早退してしまった。登校してすぐ早退していく2人を見て、ジャイルさんはどう思ったのだろうか。
相変わらずの強面からは、何も読み取れなかった。
30分後、志真は公園のベンチにニトロと並んで座り、鳥に餌をやっていた。
何だこれ。
怪訝な顔の志真に、食え、と差し出される紫色の物体。毒々しい色に反して、いかにもおいしそうな甘い香りが鼻を擽る。焼き芋みたいな匂いがした。思わず、白い紙に包まれたそれを受け取る。まだ暖かい。
隣でニトロが大きな口で同じものを食べているのを見て、志真も思い切って齧りついた。あ、美味しい。芋っぽいけど、更にまろやかクリーミーな感じ。
「さっきの話の続きだが」
「……ん?」
口いっぱいに頬張りながら、志真はニトロに目をやった。
「敵対者を救えるかどうかって話だ」
「ああ」
その話、あれで終わりじゃ無かったんだ。
「教室で話す内容じゃねぇからな。流石に、目つけられる」
「はぁ」
目をつけられるって、誰に?
あの場にいるのはジャイルさんしかいない。
「なぁ、シマ。本当のところな、この世界の人間じゃ敵対者を殺すことすら出来なかったんだ。最初の敵対者を斃したのは、異世界人だった。それからずっと後も、今も。異世界人の力と知恵を借りて、何とかこの世界を守ってる」
長い言葉を聞き取るのは大変だった。
最も、最近では大分何が言いたいのか理解できるようになっている。
「異世界人、守るの協力してるって事?」
「半強制的に、な」
皮肉たっぷりに聞こえるのは気のせいだろうか。
「異世界人保護には二通りの意味があるんだ。1つは、敵となりうるものを見つけ出し、排除すること。もう1つは、いざという時に戦える駒の確保」
「戦う?」
「敵対者とか、異世界から来た別の脅威とか。そういう万が一が起これば、駆り出されるって事だ」
やばい。
志真は青褪めた。
「私、そういうの無理。戦うとか、強くないし」
戦争体験の無い、平和ボケとか呼ばれる世代だ。あんな、化物と戦えって言われても、盾の役くらいにしか……いや、盾にもならず死ぬかもしれない。
ぶんぶんと、首を横に振る志真を見てニトロは噴出した。
「っはは、いや誰もお前に戦えとか言わねぇだろうよ」
「だよね!」
「じいさんとか、ハルラックとか……俺は微妙だが、モクは間違いない」
「え、モク!?」
じいさんの事も疑問だが。
モクの優しげな佇まいを思い出す。背は高いが華奢な姿は、とても戦えるような感じではない。腕とかぽきっと折れちゃいそうな感じなのに。
「モク、戦える?」
「本気になれば」
ニトロはどこか遠い目をした。
「モクはこの世界だって壊せる」
………えっと。
何かいきなりスケールの大きな事を言い出した。これが自分の事を言っているんなら、この自意識過剰めとか笑えるが、友人の事を言っているのだから反応し辛い。冗談という雰囲気も無かった。
微妙な顔になった志真に視線を戻し、ニトロは嘆息した。
「まー、ちょっと大げさかもしれねぇが。それくらいの力がモクにはあるって事だ。だから、中々施設から解放されねぇ」
「……モク、大丈夫?」
「シマ。お前モクを助けたいか?」
常に浮かべている笑みを消し、ニトロは志真を見つめた。いつになく、真面目な顔に緊張が走る。
助けたいかって、そりゃ。
「うん、助けたい」
「その為に、世界を敵に回しても?」
うん、勿論ーって。
そんな風に軽く答えられる雰囲気じゃなかった。世界を敵に回してもって、よくある例え話な感じなのか、違うのか。
違うって、何。
自分で考えた事にツッコミを入れたくなる。
混乱する志真の一挙一動を見逃すまいとするように、ニトロの三つの目がやたら熱心に見つめていた。
「答えは、シマ?世界か、モクかどっちか選ぶだけでも良い」
「良いって、そんなの」
どっちとか選ぶものなのか?
「何かをひっくり返したいって思っているんなら、それくらいの覚悟が無いと無理だってことだ」
困惑する志真に、ニトロはいつもの笑みを見せる。
斜め上から見下ろして、面白がるみたいな顔。
「からかってる?」
「いーや。まぁ、ちょっと楽しんではいる。俺はそういう主義だから」
「は?」
何を言っているんだ。
「限りある生なら、楽しまないと損だろ。退屈な人生を長く生きるよりは、危険でもスリルや波乱がある人生の方が面白くないか?」
「そう?」
平凡で平和な生活だって良いじゃないか。
と、最近本当にそう思う。
「俺はそうなんだよ。だからな、シマ。モクを助ける為に世界を敵に回す覚悟ができたらな、いつでも俺に言えよ。待ってるぜ」
にやにやしながら、本気なんだか冗談なんだか分からない事を言うニトロに、志真は「はぁ」と気の無い返事をするしかなかった。
頼りになるけど、変な人である。




