志真と芽生えた不信感 1
世の中は、予測のつかない事ばかり起こる。
最高に楽しかった宴会の翌日が、最悪な日になるなんて志真は夢にも思わなかった。朝起きた際に知らされたのは、ルーミケラウス、菊乃、ハルラックの行方不明情報。昨夜の彼らの様子を散々聞かれたが、むしろ聞きたいのはこっちの方だ。
一体、何が起こってんの。
聞くだけ聞いて、肝心の事は何一つ教えてくれない。守秘義務があるだの、まだ調査中だの言ってこちらの質問には一切答えないその態度、どうなんだ。でも、もっとどうなんだって思うのは、一緒に部屋にいたのに何にも気がつかなかった自分。
調子にのってお酒を飲んで、寝てしまったのがいけなかったんだろうか。やっぱり異世界でも法律違反はいけない。
呑気にぐーすか寝ている隣で、菊乃やルーミケラウスに何か大変な事が起こったに違いないのに。
(せめて、私がちゃんと気がついて起きてたら)
その日はずっと、そんな感じでもんもんとしていた。不安と後悔と自己嫌悪。黙って待っていてもどうなっているのか教えてもらえるわけでも無いし、いっその事自分が探しに行きたかった。
しかし、そんな志真の性格はとっくに見抜かれていた模様。
「こんな時に、これ以上騒ぎは起こすなよ」
そう、ウィガーにも釘を刺された。
「お前が出て行けば、その分人員が割かれる。そうすれば菊乃達の捜索に投入できる人員が減るだけだ」
確かに。そんな風に言われてしまったら、大人しく引き下がるしかない。
悔しかった。何でいつも自分には何にもできないんだろう。子どもだから?異世界人だから?無事を祈るしかできないとか、本当に嫌になる。
菊乃とハルラックが見つかったと聞いたのは、その日の夜。
これから死神にでも会いに行きますというような、陰気な顔をしたウィガーからだった。態々ハルベルト家の居間に呼び出された。ようやく齎された朗報にフィオーネとリアラと3人で、喜びあったのは一瞬。
「あれ、菊乃ちゃんとハルさんだけ?……ルーさんは?」
そう聞くと、ウィガーはその表情を凍らせた。
「何かあったの?」
フィオーネが不安そうな顔で兄を見上げる。ハルベルト家の居間に、暗い影が落ちた。野苺の模様のクッションを背にしていたリアラが、ゆっくりと身を起こす。
「無事なの?」
「……生死不明、となっているが、ハイネスやハルラックの話ではまず助からないだろうと。未だ確認は取れていない」
何かを押し殺しているような、低く淡々とした声。その言葉の内容に、志真は固まった。
(え、何……?助からないって、言った?)
「そんな、どうして」
「その辺りの詳しい話はまだ話せない。ただ……」
ウィガーは一度、躊躇うように言葉を止めた。
「何?」
「どうやら菊乃達を連れ出したのは、ルーミケラウスの仕業らしい」
その言葉が、志真達に更なる混乱と衝撃を与えたのは間違いない。何がどうしてそうなったのか、全く納得がいかなかった。
「嘘、何でルーさんがそんな事するわけ」
と、志真。
「何かの勘違いとか、あ、誰かに騙されてとか、そういうのでは?」
と、フィオーネ。
「それは何処からの情報なのかしら」
と、リアラ。
一辺に聞かれたウィガーは、リアラの質問を優先させた。
「ハルラックとハイネスの証言です」
「ハイネスさんは、シュターク教派の一味である疑いをかけられていたんじゃなかったかしら?」
「現在取調べ中のようだが、嫌疑は晴れるだろうとユーイが言っていたので、そうなるでしょう」
「そうなの」
1つ頷いて、リアラは可憐な仕草で首を傾けた。
「さっきから、キクノちゃんの事が出てこないような気がするのだけど」
その質問にウィガーは痛む胸をつつかれたみたいな顔をした。言葉が無くても、それだけで何か良くない事があったのだと予想できる。
「キクノは昏睡状態で保護施設に運ばれた。一命は取り留めたが、予断を許さない状況らしい」
「う、嘘……」
声が震える。
だって、昨日はあんなに元気だったのに。笑って、沢山話してた。
「た、助かるよね?」
「……俺に聞くな」
そういう時は、肯定的に返事をするものじゃないのか。
間違ってる。こんなのおかしい。ルーミケラウスが容疑者で、死んじゃったかもしれなくて、菊乃も危ない状態で。
昨日の楽しかった宴会が、凄く遠い昔の事のようだ。
何でいつもこんな事になっちゃうんだろう。
そして再びの保護施設。
今回は、宿屋の人間全員で、検査入院である。ハイネス達の情報で、ルーミケラウスが敵対者に寄生されていた事が判明したからだ。
「はぁ」
思わず溜息も出てしまう。
する事も無いので、食堂の日当たりの良い場所を選んで、フィオーネとアンナの3人でお茶をしているところだ。
「それにしても、ルーがねぇ」
フルーツの香りのするお茶を一口飲んで、アンナは口をほころばせた。
「これ美味しいわ」
「カッシュの香茶でしたっけ?」
「そうそう。後でミーチェさんにも奨めておこうかなー。メニューに加わったら人気出ると思うし、私も嬉しいし」
その言葉に、フィオーネが顔を曇らせる。
「……お店、再開できるのかな」
「何とかなるわよ、多分ねぇ」
ずーんと気が重くなる。そもそも、宿屋に人が来なくなったのは異世界人、志真のせいでもあるのだ。このまま潰れてしまったら、本当に申し訳なさすぎる……、と落ち込む彼女の背中を、アンナが強く叩いた。
「ほら、そんな顔しないしない」
励ましているのだと分かっているが、結構痛かった。凄く細いのに、力は結構あるようだ。
「ルーの事は流石に私もショックだったけど。今更考えたってどうしようもないし」
「……ルーさん、本当に死んじゃった?」
「さぁ、それは私にも分からないけど。確か、死体はまだ見つかっていないのよねぇ。でも、例え生きていたとしても、もう帰っては来られないわね」
「捕まる?」
「最悪その場で殺されるわ」
あっさりと、言われた言葉に志真はぎょっとした。
こ、殺される?その場で?
目を白黒させる志真に対して、アンナは眉を八の字にして苦笑した。
「敵対者に寄生されているんなら、そうなると思う」
「助けられないの?」
その質問に対して、フィオーネもアンナも困ったような顔で首を横に振った。
敵対者っていうのは、異世界人にとり憑いてやってくるものらしい。もしも、自分がそうだったら、同じように殺されていたのだろうか。
殺されない筈が無い。
敵対者にとりつかれた人の末路を、その恐ろしさを志真も知っている。助ける方法が無いというのなら、絶望的だ。ルーミケラウスのように、この世界の、国の人間であっても殺されるのだ。何の繋がりも無い異世界人なんて。
志真はようやく、その可能性に辿りついた。
この世界に来て、すぐに保護施設に保護された。色々検査をして、状況を教えてくれて、更に生きていく為の環境を与えてくれた。
感謝してもしきれない。
でもそれって、唯の親切だったのだろうか。
人道的支援、困っている罪の無い異世界人をただ助けるためだけのもの?
きっと、違う。
未だ会えないモクのことを思う。敵対者に寄生されていたら、殺されていただろう自分の事を思う。菊乃や伊吹も一緒に来ていたのに、その事実は伏せられていた。外に出られた時期も違う。
(それって、何で)
一度芽生えてしまった不信感は、志真の心に重く圧し掛かった。




