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憂鬱な彼の胸の内

 吹雪は苛々していた。

 基本的に建前を知らない彼は、感情と表情とが直結している。苛々している今はそのまま、苛々した顔をしていた。太い眉根の間に思い切り深い溝をつくり、周囲を威嚇するような半眼、それから薄い唇の端を思い切りへの字に曲げていた。

 元々人相が悪いといわれる彼だったが、この顔の時は本当に子供が怯えて近づかない………、少なくとも日本では。


「フブキー、遊ぼうよー!」

「遊んでーフブキにーちゃん!」

「積み木やろうよー」

「登っていいー?」


 わらわらと、ちび達に纏わりつかれた吹雪は、木箱に腰を下ろしたまま大きく舌打ちを響かせた。

 一体どうなっていやがるんだか。

 この胸糞悪い異世界(未だに意味が分からない)では、残念ながら吹雪の迫力は今一つ通じないらしい。子供に懐かれるなんて事が、まさか自分の人生で起こるとは。

(人生色々って、本当だな)

 珍しくしみじみとした気持ちになる吹雪の肩や膝には、こ煩いちび達が我先にとよじ登っていた。


 ここは、異世界という場所らしい。

 最初はどうにも信じられず、納得するまでに時間がかかった。2週間くらい経つまでは、そのうち夢から覚めるだろうと思っていたのだが、どうも長い。

 まさかこれが現実か?

 と思い至ってから、漸く詳しい話を真面目に聞いた。途中で寝たが。仕方がない、到底吹雪の頭では理解できない事柄だった。こういうのは、あいつの方が得意な筈。弟である、根暗で勉強が好きな伊吹が。

 商店街が突然砂漠に変身した時には、奴も一緒にいた。そうだ、その時に伊吹が「夢だ」とか言うから、すっかり信じ込んでいたのだ。(あの野郎、いい加減なこと言いやがって)熱いし訳が分からないし苛々していたところへ、突然砂の中からでかい生き物が現れたのだった。


 怖いとは思わなかった。

 なんだこいつ、でかすぎだろう。

 そんな風に驚いている内に、一飲みにされた。暢気すぎた。夢だと信じ込んでいたからだ。その後はあまり覚えていない。

 ぐにぐにした生暖かく気色の悪い感触や、生臭い饐えた匂いを嗅いだ気がするが、おぼろげだ。気がつけば、この船に乗っていた。

 砂の中を移動する、砂船という乗り物らしい。

 乗組員は30人前後。

 時折、外から客も来る。入れ替わり立ち代り、色んな奴が乗り込んでくる。このでかい船の船長は七海・ルルルイエというふざけた名前の女だ。日本語を話せる、唯一の人間でもある。

 吹雪は彼女からこの世界に関する様々なことを聞いた。

 この世界には時折吹雪のような異世界人がやってくること。やってきた異世界人は、国に保護という名目で身柄を拘束され、あらゆることを調べられるらしい。その上で問題があると、安全な奴か確認されるまで監禁続行。下手をすれば始末されるそうだ。


 やばかった。


 吹雪は自分が短気で暴力的で喧嘩っ早い人間だとの自覚がある。

 流石に始末されるほどではないと思うが、あんまり良い状況は想像できない。自分の幸運が分かったところで、気がかりなのは伊吹だった。

 伊吹は頭は悪くないが、要領と運が悪い。ついでに性格が悪い。何かまずい事になっているような気がした。

 あんなのでも、血の繋がった弟だ。

 別に大事だとは思わないが、見捨てるのも目覚めが悪い。

 七海に頼んで探ってみてもらったところ、中々保護施設から出してもらえないでいるということが分かった。

 気になったので、無理を言って町に潜伏し、様子を探った。施設を出るらしいとの情報を耳にして、こっそり様子を見に行っていたところ、妙な奴らに襲われていた。倒れているのを見て、駆けつけようとしたが七海によって阻止された。

 幸い、無事だったようだが、伊吹は再び施設内に戻ってしまう羽目に。この世界は中々物騒だ。何とか伊吹を連れ出せないものか機会を伺っていたが、伊吹には常に見張りがついていた。接触する機会すらもてないまま、いよいよ吹雪が潜伏しているのが見つかりそうだという事で、町を脱出しなければならなくなった。

 問題は何も解決していない。


 情け無ぇ。


 今までの事を振り返って、吹雪は益々苛々した気持ちになるのだった。


「いって」


 頭皮を引っ張られた痛みで、現実に引き戻される。何が楽しいのか、きゃっきゃと笑いながら髪やら頬を引っ張られて、ついに吹雪はきれた。

「いい加減にしろテメェら!」

 ぐわっと大声を上げて立ち上がる。その拍子に、ごろんごろん床に転がり落ちながら、子ども達は楽しそうに歓声を上げた。

「フブキが怒ったー!」

「きゃー、こっわーい」

「このやろー!皆でやっつけちゃえー!」

 5人の子ども達が一斉に吹雪に群がってくる。小さな手足を振り上げて、叩いたり蹴ったり好き放題だ。攻撃力など微々たるものだが、うざったい。適当に足を引っ掛けて転ばせたり、投げ飛ばしたりして反撃するのだが、それが更に子ども達を興奮させる結果になる。


 何でだ。


 砂の海を潜行する砂船。そこに居住するようになってから、彼ら悪ガキ共の相手がもっぱら吹雪の日課となっている。乗組員の子ども達と、行き場の無い孤児らしい。全部で7人だが時折外からの客が子どもを連れてくることもあった。

 忙しい大人達に代わって、遊び相手に任命されたのが吹雪だった。アンタくらいしか暇なのいないよとか腹の立つことを言われたが、図星だった為何も言い返せなかった。

 力仕事くらいならできるが、他の仕事は無理だ。

 まず文字が読めない。

 言葉もようやく片言で話せるようになったくらい。言っている意味は何となく分かるが、細かいところまでは聞き取れない。

 今の状態は正にただ飯食らいのお荷物だ。追い出されたって文句は言えない。


 しかし自分にガキの世話を押し付けるか?


 と、吹雪は呆れた気持ちであった。

 子ども2人を持ち上げて、マットの上に放り投げる。

 体が大きく、人相は悪い。言葉遣いも態度も乱雑で、繊細な気づかいとかは縁遠い。普通なら「近寄らせたくない」相手になるだろう。

 吹雪だって短気なところは認めるものの、大人だ。

 蹴ってきた足を掴んでその辺りに転がしておく。

 いくらなんでも子ども相手に怪我をさせるような真似はしない。だが、それでも大抵の人は警戒する。見た目や噂の影響は計り知れない。

 別にそれは良いのだ。実際、無意味に暴力を奮った事は無いが、喧嘩で警察に補導されたことも、誰かを傷つけた事もある。そういう事をしてきた以上、人から信用されなくなっても仕方が無い。自業自得という奴だ。

 一斉にタックルをしかけてきたので避わすと、勝手に木箱に突っ込んで行った。

 見ず知らずの何も縁の無い人間を信用し、無償で助けようとするここの人間の方が変なのだ。


(妙な病気も持ってるってのに)


 崩れた紙や木の箱を避けて、埋まった子ども達を救出してやりながら、吹雪は舌打ちをした。

 鈍い痛みが米神にある。

 生まれてこの方、病気というものには縁がなかったが、ここに来て厄介なものを患うことになった。異世界人が世界を越える際にかかる事があるらしい。

 腹の底から叫びたくなるような、暴力衝動。

 最初は自分がおかしくなってしまったのかと思った。一応、薬で抑えられているが、うっかり切らしてしまったり、発作が起きた時には最悪な事になる。

 自分でもわけが分からなくなるのだ。記憶も飛んで気がつけば、破壊しつくされた部屋がある。

 恐れや怯えを抱く自分を、情けなく思う。

 だが怖い。

 いつか、取り返しのつかないことをしでかしてしまうのでは無いかと。そんな恐怖が吹雪を苛んでいた。

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