伊吹、手紙を受け取る 2
1時間は悩んだだろうか。
優柔不断な奴だとよく単純な兄に馬鹿にされたが、こういうのは慎重と言うのだ。1つの選択が、命を縮めることもある。平和に長生きしたいなら、冷静さと慎重さを忘れてはいけない。
「……よし」
いくつかの展開を想定した後、伊吹はついに決意した。
延々とこんなものに悩むのも馬鹿らしい。開けてしまおう。外から感触を確かめる限りは、釦のようなものと手紙らしきものしか入っていない。
剃刀など手を傷つけそうなものは仕込まれていないようだ。ナイフを持ってきて、ベッドの上で慎重に封を切る。開いた口を開け、逆さにすると、まず釦が転がり落ちてきた。表にハートの形が刻まれた、赤い釦。
伊吹は目を細めた。
見覚えがある。
手に取り確かめるが、それが本物かどうか確かめる手段はなかった。でも、似ている。問題は、何故ここにこんなものがあるのかという事だった。
これは、むこうに。
伊吹のいる筈だった世界の日本にある筈のものだ。
(こよりのコートの釦が、何でここにあるんだ)
例え、本物で無く似ているものだったとして、それが伊吹の元へ届けられた意味をどうしても考えてしまう。はっきり言って、不気味だ。
確かに目にすれば思い出すが、こんな事でもなければ思い出さなかった。こよりが気に入っていたダッフルコートについていた釦など。ハートの形がついているという特徴があったこと、それをこよりが話していたことが印象的だったからこそ、何とか頭の隅に残っていたが、普通なら思い出さない。
ここへ来て、誰にも話したことのない話の筈だ。
(……という事は、まさか)
何となく、予感を抱きながら、伊吹は封筒にみっちり詰まった手紙の束を取り出した。量の多さに辟易する。10枚くらいありそうだ。罰ゲームか何かか。
とりあえず開いてみる。
中身は割りと普通な感じだ。
封筒に書かれた文字と同じ人物が書いたらしい。日本語で達筆。見た途端に、思わず頬が引きつった。
貴方がこの手紙を読んでいるという事は、
そんな一文で始まっていた。何だこれ。思い切り、向こうの世界のネタじゃないか。まさかの世界共通ネタなのか。
盛大にからかわれた感じを受けつつ、伊吹は先を読み進めた。
私はもうこの宿屋にはいないという事ですね。
(私って、誰だ)
あ、ちなみに念の為にここで名乗っておくと、私はルーミケラウスよ。
疑問に手紙で答えられた。何ともいえない気持ちになる。それにしても、ルーミケラウスとは予想外だった。何故日本語をここまで上手に書けるのか。謎過ぎる。
読む気力を大幅に減らしながらも、先へ読み進めた。
色々不審に思っているかもしれないけど、何故私があんな事をしたのか、全部説明するから最後まできちんと読んでね。ウィガーやケラスに報せるのは、その後で。どうするかの判断は貴方に任せるわ。
如何にも意味深な書き出し方だ。こうやって、先にウィガー達へ見せてしまわないように予防線を張っているのか。つまり、この先は彼らに知られては拙いようなことが書かれているわけだ。
読んでしまえば、彼らにこの手紙を見せる気を失くす様な何か。
その予想は的中した。
全てを読んだ後、伊吹は手紙を見つけたことを後悔した。知りたかった事が、知れた事は良い。これが真実か否か、それはまだ分からない。だが、なるほどと納得できるところは幾つかあった。
この世界の、この国の秘密、罪。
通常、決して異世界人には……この国に住む一般人にすら、知らされる事の無い話。
他の世界から異世界人が迷い込むようになった原因は、この世界の方にあるという内容が書かれていた。
この国が過去に行った召還実験による事故。
それにより、本来隔たれている筈の世界同士が繋がるようになった。その流れは一方的で、こちらから違う世界に行く事は無い。以来、時折落ちてくる大量の世界喪失者による問題が多発し、この国は事故の責任を取り異世界人対策に乗り出した、と。
「ふざけんな」
思わず悪態が口をついで出る。
(いや、待て……。これがまだ本当かどうか決まったわけじゃない)
伊吹を巻き込む為の、適当な方便かもしれない。この国や、王家、保護施設へ不審を抱かせる為の。
(……例え、本当でも)
運悪く迷い込んできた異世界人である伊吹に対して、この国は手厚い保護をしてくれたと思う。一部過激な排除派の奴らはいるし、危険な事も多々あるが、それでも衣食住を与え、将来生きていく為のサポートまでしてくれている。
そこには素直に感謝したい。
これからだって、伊吹が問題の無い異世界人である限り、その保障は続く。
そう、例え、手紙の内容が真実だろうと、無かろうと。
(俺には関係無い)
生きていくのに何の不都合も生じないのだ。そう言い聞かせて、自分の中の不安定な気持ちを押さえつける。波風を立てるな。忘れろ。
理不尽に弾圧されているような状況ならば、また違っただろう。幽閉、処刑、奴隷扱い。そういう扱いを受けていれば、伊吹は彼女たちの仲間に加わったかもしれない。
例え、無謀に思えても、それが唯一の希望だったら。
(けど、俺は満足している)
面倒な事に関わる気は無い。
その手紙は結局のところ、ルーミケラウス達の仲間に加わらないかという誘いの手紙だったが、伊吹は生憎どちらにも属す気は無かった。特に、ルーミケラウスのところには。
……あいつがいる。
吹雪が心配している
その一文は余計だった。
それだけで、検討する気も失せる。もう、あの兄に振り回されるのはごめんだ。普通に、平和に生きていきたい。伊吹は決意する。ルーミケラウスと無謀な仲間達と係わり合いにはならない。この手紙は他の誰の目にも触れさせず抹消する。そうして、無かったことにするのだ。
当初の目標どおりこの宿屋を建て直し、学校を卒業して1人で暮らす資格を得る。
なるべく、早い内に。
その決意は揺るがなかった。
とんとん、と軽くドアがノックされた。決して大きな音では無かったが、考え事に夢中になっていた伊吹はびくっと肩を震わせた。
「イブキさん?」
フィオーネの声だ。
「……なんですか?」
「お昼過ぎても下りてこないので。一応、食事は下に用意してあります。お腹が空いたら、いつでも食べに来てください」
「どうも」
それで用は済んだのかと思ったが、足音がしない。フィオーネは、そのままドアの前にいるようだ。
何だろう。
一応手紙を枕の下に隠しておく。志真のように、いきなり部屋に入ってきたりはしないだろうが、念の為だ。一刻も早く燃やしておいた方が良いかもしれない。誰の目にも止まらない内に。
「あの」
そんな事を考えていると、再びフィオーネから声が掛かった。
「元気、出してくださいね。きっと、皆無事で、すぐに帰ってきますから」
予想外の励ましの言葉だった。
何故か落ち込んでいると思われている。
足音が遠ざかっていくのを確かめてから、伊吹はベッドに仰向けになった。
「帰ってこないだろう」
菊乃やハルラックがどうなったかは分からない。手紙の内容が確かなら、殺されたりはしない筈だ。だが、ルーミケラウスは戻らないだろう。だからこそ、こんな手紙を残していったのだ。
弟の事を寂しげに語っていたルーミケラウスを思い出して、伊吹は盛大に顔を顰めた。
「女って、恐ろしいな」
あれは演技だったのだろか。こうして謎の手紙を受け取った今も、信じられない思いだ。
何を考えているのか、さっぱり分からない。
枕の下に隠した手紙を取り出して、ポケットに入れた。この部屋に置いていくのは不安だった。調理場には石焼釜がある。そこでこっそり燃やそう。
敵対者に寄生されている兄、吹雪の居場所。
それに繋がる手がかりになるかもしれないこの手紙を、誰にも見せずに始末する。伊吹にできるのは、これくらいだ。
伊吹はベッドの上に転がっていた小さな赤い釦を手に取って、溜息を吐いた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。次の更新は3月5日を予定しております。




