表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/193

伊吹、手紙を受け取る 2

 1時間は悩んだだろうか。

 優柔不断な奴だとよく単純な兄に馬鹿にされたが、こういうのは慎重と言うのだ。1つの選択が、命を縮めることもある。平和に長生きしたいなら、冷静さと慎重さを忘れてはいけない。


「……よし」


 いくつかの展開を想定した後、伊吹はついに決意した。

 延々とこんなものに悩むのも馬鹿らしい。開けてしまおう。外から感触を確かめる限りは、釦のようなものと手紙らしきものしか入っていない。

 剃刀など手を傷つけそうなものは仕込まれていないようだ。ナイフを持ってきて、ベッドの上で慎重に封を切る。開いた口を開け、逆さにすると、まず釦が転がり落ちてきた。表にハートの形が刻まれた、赤い釦。

 伊吹は目を細めた。


 見覚えがある。


 手に取り確かめるが、それが本物かどうか確かめる手段はなかった。でも、似ている。問題は、何故ここにこんなものがあるのかという事だった。

 これは、むこうに。

 伊吹のいる筈だった世界の日本にある筈のものだ。


(こよりのコートの釦が、何でここにあるんだ)


 例え、本物で無く似ているものだったとして、それが伊吹の元へ届けられた意味をどうしても考えてしまう。はっきり言って、不気味だ。

 確かに目にすれば思い出すが、こんな事でもなければ思い出さなかった。こよりが気に入っていたダッフルコートについていた釦など。ハートの形がついているという特徴があったこと、それをこよりが話していたことが印象的だったからこそ、何とか頭の隅に残っていたが、普通なら思い出さない。

 ここへ来て、誰にも話したことのない話の筈だ。


(……という事は、まさか)


 何となく、予感を抱きながら、伊吹は封筒にみっちり詰まった手紙の束を取り出した。量の多さに辟易する。10枚くらいありそうだ。罰ゲームか何かか。

 とりあえず開いてみる。

 中身は割りと普通な感じだ。

 封筒に書かれた文字と同じ人物が書いたらしい。日本語で達筆。見た途端に、思わず頬が引きつった。


 貴方がこの手紙を読んでいるという事は、


 そんな一文で始まっていた。何だこれ。思い切り、向こうの世界のネタじゃないか。まさかの世界共通ネタなのか。

 盛大にからかわれた感じを受けつつ、伊吹は先を読み進めた。


 私はもうこの宿屋にはいないという事ですね。


(私って、誰だ)


 あ、ちなみに念の為にここで名乗っておくと、私はルーミケラウスよ。


 疑問に手紙で答えられた。何ともいえない気持ちになる。それにしても、ルーミケラウスとは予想外だった。何故日本語をここまで上手に書けるのか。謎過ぎる。

 読む気力を大幅に減らしながらも、先へ読み進めた。


 色々不審に思っているかもしれないけど、何故私があんな事をしたのか、全部説明するから最後まできちんと読んでね。ウィガーやケラスに報せるのは、その後で。どうするかの判断は貴方に任せるわ。


 如何にも意味深な書き出し方だ。こうやって、先にウィガー達へ見せてしまわないように予防線を張っているのか。つまり、この先は彼らに知られては拙いようなことが書かれているわけだ。

 読んでしまえば、彼らにこの手紙を見せる気を失くす様な何か。

 その予想は的中した。


 全てを読んだ後、伊吹は手紙を見つけたことを後悔した。知りたかった事が、知れた事は良い。これが真実か否か、それはまだ分からない。だが、なるほどと納得できるところは幾つかあった。

 この世界の、この国の秘密、罪。

 通常、決して異世界人には……この国に住む一般人にすら、知らされる事の無い話。

 他の世界から異世界人が迷い込むようになった原因は、この世界の方にあるという内容が書かれていた。

 この国が過去に行った召還実験による事故。

 それにより、本来隔たれている筈の世界同士が繋がるようになった。その流れは一方的で、こちらから違う世界に行く事は無い。以来、時折落ちてくる大量の世界喪失者による問題が多発し、この国は事故の責任を取り異世界人対策に乗り出した、と。


「ふざけんな」


 思わず悪態が口をついで出る。

(いや、待て……。これがまだ本当かどうか決まったわけじゃない)

 伊吹を巻き込む為の、適当な方便かもしれない。この国や、王家、保護施設へ不審を抱かせる為の。

(……例え、本当でも)

 運悪く迷い込んできた異世界人である伊吹に対して、この国は手厚い保護をしてくれたと思う。一部過激な排除派の奴らはいるし、危険な事も多々あるが、それでも衣食住を与え、将来生きていく為のサポートまでしてくれている。

 そこには素直に感謝したい。

 これからだって、伊吹が問題の無い異世界人である限り、その保障は続く。


 そう、例え、手紙の内容が真実だろうと、無かろうと。


(俺には関係無い)

 生きていくのに何の不都合も生じないのだ。そう言い聞かせて、自分の中の不安定な気持ちを押さえつける。波風を立てるな。忘れろ。

 理不尽に弾圧されているような状況ならば、また違っただろう。幽閉、処刑、奴隷扱い。そういう扱いを受けていれば、伊吹は彼女たちの仲間に加わったかもしれない。

 例え、無謀に思えても、それが唯一の希望だったら。

(けど、俺は満足している)

 面倒な事に関わる気は無い。

 その手紙は結局のところ、ルーミケラウス達の仲間に加わらないかという誘いの手紙だったが、伊吹は生憎どちらにも属す気は無かった。特に、ルーミケラウスのところには。

 ……あいつがいる。


 吹雪が心配している


 その一文は余計だった。

 それだけで、検討する気も失せる。もう、あの兄に振り回されるのはごめんだ。普通に、平和に生きていきたい。伊吹は決意する。ルーミケラウスと無謀な仲間達と係わり合いにはならない。この手紙は他の誰の目にも触れさせず抹消する。そうして、無かったことにするのだ。

 当初の目標どおりこの宿屋を建て直し、学校を卒業して1人で暮らす資格を得る。

 なるべく、早い内に。

 その決意は揺るがなかった。


 とんとん、と軽くドアがノックされた。決して大きな音では無かったが、考え事に夢中になっていた伊吹はびくっと肩を震わせた。

「イブキさん?」

 フィオーネの声だ。

「……なんですか?」

「お昼過ぎても下りてこないので。一応、食事は下に用意してあります。お腹が空いたら、いつでも食べに来てください」

「どうも」

 それで用は済んだのかと思ったが、足音がしない。フィオーネは、そのままドアの前にいるようだ。

 何だろう。

 一応手紙を枕の下に隠しておく。志真のように、いきなり部屋に入ってきたりはしないだろうが、念の為だ。一刻も早く燃やしておいた方が良いかもしれない。誰の目にも止まらない内に。

「あの」

 そんな事を考えていると、再びフィオーネから声が掛かった。

「元気、出してくださいね。きっと、皆無事で、すぐに帰ってきますから」

 予想外の励ましの言葉だった。

 何故か落ち込んでいると思われている。

 足音が遠ざかっていくのを確かめてから、伊吹はベッドに仰向けになった。


「帰ってこないだろう」


 菊乃やハルラックがどうなったかは分からない。手紙の内容が確かなら、殺されたりはしない筈だ。だが、ルーミケラウスは戻らないだろう。だからこそ、こんな手紙を残していったのだ。

 弟の事を寂しげに語っていたルーミケラウスを思い出して、伊吹は盛大に顔を顰めた。

「女って、恐ろしいな」

 あれは演技だったのだろか。こうして謎の手紙を受け取った今も、信じられない思いだ。

 何を考えているのか、さっぱり分からない。


 枕の下に隠した手紙を取り出して、ポケットに入れた。この部屋に置いていくのは不安だった。調理場には石焼釜がある。そこでこっそり燃やそう。

 敵対者に寄生されている兄、吹雪の居場所。

 それに繋がる手がかりになるかもしれないこの手紙を、誰にも見せずに始末する。伊吹にできるのは、これくらいだ。

 伊吹はベッドの上に転がっていた小さな赤い釦を手に取って、溜息を吐いた。

ここまで読んでくださってありがとうございます。次の更新は3月5日を予定しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ