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伊吹、手紙を受け取る 1

 この世界のセキュリティ意識はかなり低いのではないか、とそんな不安に駆られる朝だった。

 見張りがついていながら、菊乃を初めとした3人の人間が行方不明になるとか、酷すぎるだろう。安全面の不安については兎も角として、一体何が起きたのか。身近で起きた事件を、自分には関係ないものだと放っておく事はできない。

 明日は我が身かもしれないのだ。

 分かっていることのいくつかを整理する。


 外部から侵入した者はいない。

 志真とフィオーネは、薬によって眠らされていた。

 薬は睡眠前に飲んだお茶の中から検出されている。

 そのお茶を淹れたのは、ルーミケラウスである。


 ……簡潔すぎて逆に迷う。

 推理小説やゲームであったなら、確実にミスリードを疑うところだ。しかし、まぁこれは現実だし間違いないのだろう。クルーセルを使用したのが彼女だと考えれば筋も通る。ハルラックも菊乃も、昨日ここへ着たばかりなのだから、そんな細工はできない。

 最も、誰か他に協力者がいれば別だが、可能性は低いだろう。


 それにしても、ルーミケラウスか。

 最近やたらと接近してくるようになったのにはやはり、裏があったのか。何かあるだろうと思っていたから、別に驚かない。

 ああ、やっぱりな、と。


 ………そんなものだ。


「いっさん……酷い顔してるよ」

「俺は普通だ。お前こそ色々と酷いぞ」

 調査員やらケラスやらが来ていた為、今日の朝食は大幅に遅れた。聞き取り調査から解放されて、ようやく台所に残されたチーズとハムのサンドイッチ的なものを食べているところへ、志真がやって来たのだ。

 泣いたのが一目で分かる酷い顔に、ぎょっとした。

 瞼ははれているし、目の下が赤い。顔も何だか浮腫んでいる。

「顔、冷やせば?」

 思わずそんな言葉を掛けてしまうくらいに酷かった。

「……後でやる」

 そう言って、志真は伊吹の隣に座った。皿に取り分けられていたサンドイッチに手を伸ばし、ぱくりと齧りつく。

「はー、美味しい」

 それは溜息混じりに言う台詞か?

「こんな時でもお腹空いちゃうんだよね。何か嫌になるんだけど」

「それは当たり前だろ。生きているんだから」

「うん」

 それからは無言で食事を終えた。冷やされたお茶を飲み、一息入れる。他の人間はまだ来ない。取調べが長引いているようだ。

 伊吹は立ち上がると、まだ食べている志真を残して部屋に戻った。


 暫くは、外に出るのを控えるように言われている。

 窓を開け換気しながら、軽く部屋の中を掃除した。何だか動いていたい気分だった。集めた資料、ノート、本を纏めていく。あ、これこんな所に挟まっていたのか。そんな発見も多々あった。

 一番吃驚したのは、ベッドの下だ。

 普段あんまり見ないから気がつかなかったが、木の実やら乾いた肉やらが小さな山を作っていた。


 こてつめ……。


 知らない間に、余った餌を保管していたらしい。虫が湧いたらどうする。幸い、目に見える虫は湧いていないようだったが、当然始末させてもらう。

 木の実くらいなら良いが、生ものは駄目だ。絶対に。餌の量を少し考えた方が良いだろうか。無駄にするのは勿体無い。

 バケツに水を汲んできて、床板を拭く。

 この世界……、というかここが宿屋だからかもしれないが、基本的に室内でも靴で過ごす。日本人である伊吹にとっては、いまひとつ寛げない仕様。なので、一応伊吹は室内ではサンダルみたいなものを買って来て、室内履きとして使っている。

 衛生的にも良いだろうし、何より楽だ。

 だが、そうしているのは伊吹だけで、時折訪れる志真やウィガーは土足で踏み込んでくる。だからこうして、時々床を拭く必要があった。

 見た目あんまり汚れていなくても、気分的に良くない。

 いっその事、外に下駄箱を置いて、来客用のサンダルも揃えておこうか。

 そんな風に考えた事もあったが、遠くない内に離れる予定なので結局止めた。今の状態だと、もう暫くはここで過ごす事になりそうだが。


「……ん?」


 ベッドの下に潜り、床を拭いていた伊吹は奇妙なものを見つけた。普段、こんな所に入る事などまず無い。徹底的に掃除しようと思い立たなければ、この先も知らずに過ごしていただろう。

 ベッドの裏に、封筒のようなものが貼り付けられている。

 紙の白さから言って、ごく最近仕掛けられたもののようだ。しかも、封筒には筆のようなもので文字が書かれていた。


 伊吹ちゃんへ


 何故日本語、しかも漢字、無駄に達筆、最早考えたくもないちゃん付け。

 更にその下に、重要機密と赤い文字で書かれていた。とどめのハートマークに殺意が湧く。

 何だこれ。ふざけてんのか。

 中からは何と現金が!という事にはなりそうもない予感がしたので、伊吹はベッドの下で暫し考えた。


 1 この事は忘れよう

 2 誰か人を呼ぶ

 3 思い切って開けてみる

 4 とりあえず封筒を外してからじっくり考える。


 1は無い。

 こんなものがベッドの下にあると思うと、気になって眠れない。万が一危険なものだったら、余計に嫌だ。

 2は最も無難に思える。

 無いとは思うが、万が一恐ろしい毒物的なもの等が仕掛けられている事も否定できない。その場合、伊吹の手には余る。

 その可能性を考慮して、3は無い。

 2が一番良いと思いつつ、重要機密の文字が気になりすぎた。もしも人を呼んで報せてしまった場合、この封筒ごと没収される恐れがあった。中に書いてある内容しだいでは、そのまま永遠に知らせてもらえない可能性がある。

 または、偽の情報を与えられるかもしれない。


 好奇心は猫を殺す、というが。


 伊吹は目を閉じ考えた。

 出来れば自分の目で中を確かめたい。そうしなかったら、永遠に気になってしまいそうな気がした。

 散々迷った末に、伊吹は4を選択した。唯の封筒だ。何処にも仕掛けは無いように見えたが、ここは異世界。伊吹の常識では考えられないことが起こり得る。

 とにかく慎重に封筒を外した。

 どうやらのりのようなものでくっ付けられていたらしいそれは、あっさりと接がれてくれた。何も起こらない。ほっとしつつ、手にした封筒を持って、伊吹は狭いベッドの下から這出た。

 そのままベッドの上に座り、封筒の調査を開始する。

 封筒を裏返すと、小さく文字が書かれていた。誰かに見せたら後悔するよ。そんなふざけた言葉が書かれていた。


 脳裏に、とある女子高生の顔が浮かぶ。

 ちゃん付けといい、ハートマークと良い、彼女の仕業としか思えないが。しかし、どうも字が上手すぎるような気がしてなら無い。

 と、伊吹は志真が聞いたら怒りそうな事を考えていた。

 志真が犯人なら何の不思議も無い。

 彼女は割りと良くこの部屋に出入りしているし、日本語も書ける。日本人なのだから当然だ。だが、理由は分からない。

 封筒を開ければ、全てとは言わなくても何かは分かるだろう。

 そう思うのだが、中々開ける気にはなれなかった。ただの手紙ならば良いが。

 伊吹は窓から入る光に、封筒を透かして見た。

 折りたたんだ紙が入っているようだ。他に大したものは……いや、何か丸い小さなものが入れられている。親指くらいの平たいもの。中心あたりに二つ、かなり小さな穴があいている。

 釦……か?

 益々意味不明である。

 まぁ、釦のような他の何かなのかもしれない。

 どちらにせよ、然程危険なものでは無いようだが。いや、そう決め付けるのは早計か。何せここは。


(どうする……?)


 開けるか否か。

 伊吹はかなりの長い時間、その封筒を手に唸り続けた。

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