志真と束の間の平穏
美味しい食事は、人を元気にする力があると思う。
何が言いたいかというと、カオロンとミーチェとラクトの作るご飯は、美味しいっていうことだ。宿屋の従業員、住人全員での夕食は、菊乃とハルラックの歓迎会と志真達の退所祝いを兼ねている。
こんな風に皆で賑やかに食事をするのは初めてで、楽しかった。
宿屋に客がいないからこそ出来た事だと思うと、ちょっと複雑な気もするけど。楽しいものは楽しいし、こういう時は嫌な事は忘れて騒いだ方がきっと良い。
こんな時にも不景気な顔してるのは、伊吹くらい……いや、ウィガーも何か相変わらず胃でも痛めているような顔をしてる。何だかなぁ。
「菊乃ちゃん、ほら、これも食べて。美味しいよ」
じゃがいものグラタンみたいな料理を小皿に取り分けて、渡す。
遠慮しているのか、中々食事に手をつけていない菊乃を見かねて、志真はどんどん料理を取り分けた。
「あの、そんなに沢山は。もう充分だし、志真ちゃんが食べて」
「えー、全然食べて無いじゃん」
「そうかな。今日はかなり、食べた方だと思う」
小食すぎる。
だからそんなに細いんだ。手首とか足とか本当に細い。うう羨ましい…。志真も決して太っていないが、骨格ががっしりしている為逞しく見えてしまうのだ。健康的だの、丈夫そうだのいう褒め言葉は良く頂いたものである。
ぽりぽりと、根野菜のスティックを齧りながら、志真は菊乃の様子を伺った。
菊乃は年の割りに物静かで、落ち着いた雰囲気を持っている。大人しくて、あまり自分から話したりしない。志真の周りにはあんまりいなかったタイプだ。
ちょっと疲れてる、かな。
話しかければ微笑んで答えてくれるけど、どこか元気は無い。騒がしいのが苦手なのかも。それ以上に、他に何か気がかりな事があるようで、時々ぼうっとしている。更に視線が、時折ルーミケラウスに向かっているような。
気のせいじゃないよね?
思い当たる事はある。菊乃が前に話していた、ハイネス・ユーゴという人のことだ。菊乃を助けた筈の彼はルーミケラウスの弟で、今は教会の事件の容疑者として追われているっていう話だった。
きっと、その人の事を聞きたいのだろう。
でも流石に、こんな席で聞ける話じゃないし、何より家族であるルーミケラウスには聞き辛い事でもある。多分、今はまだルーミケラウスも触れて欲しくないだろうし、話せるのはもう少し先になりそうだ。
いつものように明るく話すルーミケラウスだったが、時折物憂げな顔に変わる瞬間があることに、志真も気がついていた。
(そりゃ、そうだよね……)
たった一人の弟が、あんな事件の犯人として追われているのだ。本当に犯人かどうかは分からないけど、追われている事実は変わらない。連絡も取れず、どこでどうしているのかも分からなくて、いつ捕まるかも分からない。そんな状態で、平気な筈は無いのだ。
溜息をつきかけて、志真は慌てて暗い気持ちを振り払った。
テーブルの上にあった赤味の強いオレンジ色の飲み物を、一気に飲む。うわ、ちょっと苦い。全体的には甘酸っぱくて、中々いけるかも。
「何だろこれ」
「何って……、あ、それ果実酒よ。パイヤナの実のお酒」
「えぇー?何?ぱい……?」
「お酒みたいですよ。パイヤナの実の、果実酒だって。大丈夫?」
フィオーネの言葉を、菊乃が丁寧に訳してくれる。優しいなぁ、伊吹と違って。そう思うと同時に、自分の情けなさが身に染みる。
何で伊吹も菊乃もそんなにしっかり喋れるようになってるわけ。
「……お酒、かぁ」
道理で顔が何か熱くなるわけだ。
未成年、だけど。
「ま、大丈夫だよねー。ここ異世界だし」
「そんなわけあるか」
遠くから、伊吹が口を挟んできた。こういう時だけ、耳聡い。
「こっちの世界はそれ程飲酒に厳しい規定は無いようだが、一応18歳からだ。更に、異世界人はそれぞれの世界での法律に従う決まりだぞ」
「もー、いっさん煩いし細かい!」
「お前が大雑把過ぎるだけだ」
「うふふ、2人とも兄妹みたいねぇ」
おっとりしたリアラの言葉に、志真と伊吹は黙り込んだ。こんな口煩くて陰険な兄とか冗談じゃないし。恐らく、向こうも似たような事を思っているに違いなかった。
そんな感じで盛り上がった宴会も、日付を超える前に終わった。途中で帰ったアンナ(何と子どもがいるらしい、シングルマザーだ)の他は、今日はここに泊まっていく事になった。
どうせだから、とフィオーネの提案で、志真の部屋に菊乃とルーミケラウスを呼んだ。流石にベッドに4人は眠れないから、絨毯の上に布団を敷いて、皆で寝転びながら話す。
こういうのは、修学旅行みたいでわくわくする。
「キクノは、ユーイさんのところにいたんでしょ?大丈夫だった?」
「え!」
フィオーネの言葉に、志真は思わず声を上げた。
「あんな奴のところにいたの!?大丈夫?セクハラとかされなかった?」
「シマってば……何言っているか分からないけど、分かる気がするわ。ユーイさん、悪い人じゃ無いんだけど、女性関係はちょっとね……」
「あそこは師弟揃って曲者よ。2人とも好い男だし」
そう言うルーミケラウスも色っぽい。
「2人?」
「ああ、シマは知らないのね。もう1人、ジェレミーさんっていう人がいるのよ。凄く色っぽくて素敵な人なんだけど」
『けど』がつくんだ。
フィオーネが苦笑する。
「ジェレミーさんも、色々と女の人との噂が耐えなくて」
うわぁ、最低。
「菊乃ちゃん、本当に大丈夫だった?」
「私、子どもだし。そういう対象には、ならないと思う」
本気で言っているんだったら、認識が甘すぎる。菊乃は確かに色気の点では足りないかもしれないし、凄い美少女ってわけでもないけど、充分可愛い女の子なのだ。
その上相手はセクハラ魔人。
似たような弟子がいるとなると、更に危険は倍増だ。
「何にも無かったなら良いけど、これからは気をつけなくちゃ駄目だよ」
真剣に忠告する志真に対して、菊乃は困ったように笑った。
「まぁ、玉の輿を狙うんだったら、2人とも良い相手だと思うわ。顔も頭も良いし、お金だって持ってるし」
「そんな事言ってルーさん、いつもユーイさんの誘いを断ってるくせに」
「あんなの唯の社交辞令よ。本気にしちゃ駄目。一晩だけのお遊びの相手になるつもりは無いわ」
どこか気まずそうに、菊乃が通訳してくれた。ルーミケラウスの発言に、志真は感動した。
凄い大人発言だ。
そんなルーミケラウスが好きになる男の人って、どんな人なんだろう。
「ルーさんって、どんな人好き?」
「どんな人かしらねぇ」
謎めいた笑顔を浮かべながら、首を傾ける。そういう仕草も色っぽい。その色気の半分でも自分にあれば……、等と虚しいことを思ってしまった。
「もう、ルーってばいつもそうやって誤魔化すんだから」
「あれ、でも前、ウィガー良いって言ってた」
「そういえば、そうだったわね」
「本気?」
「素敵だって思うのは本当よ。もしも」
もしも?
言いかけて、ルーミケラウスは目を伏せた。ひっそりと、自嘲気味に笑う姿に、何だか胸が騒ぐ。
ざわざわって。
「ルー?」
「そうね、やっぱり秘密」
うふふ、と一転悪戯が成功した子どものように笑った。
「秘密が多い方が、女は魅力的に見えるのよ」
「私たちに見せてもどうしようもないと思うけど」
呆れたようなフィオーネの言葉。
志真はルーミケラウスが、すっかりもとの雰囲気に戻ったことに、ほっとしていた。
もしも。
その続きは何だったんだろう。そう思いながらも、何だか聞いちゃいけないような、そんな気がした。
聞けなかったことを、後で後悔することになるとも知らず。
翌朝、ルーミケラウスと菊乃、それからハルラックの3人は宿屋から姿を消した。




