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伊吹、不吉な予感を抱く 3

 魔草。

 それからクルーセル。


 宿についてすぐに、その謎の言葉について調べてみた。魔草とは、異世界から持ち込まれた植物の中で、周囲の生物に対して害ある瘴気を発生させる植物のことらしい。

 危険な外来種として、栽培は禁じられているが、その特殊な効果に目をつけて密売を目論む者たちもいるようだ。

 クルーセルはその中でも、脳に作用し、高揚感、多幸感、催眠作用等を齎す種で、人気が高い、とある。


(つまり、麻薬と同じようなものか)


 特にヴィーダのような竜種に対しては絶大な効果を持つ、と記されている部分が目に付いた。偶然だろうか。否、違う。

 即座に甘い考えは捨てる。

 こてつがいて、クルーセルが使われた。

 そう考えたほうが余程自然だ。

 何者かが、こてつを排除した。こてつ……ヴィーダは、敵対者として覚醒した者の匂いを嗅ぎ付けることができるらしい。元々、危険察知能力の高い動物だったところに目をつけられ、敵対者を見つけることのできるように、訓練されるようになったようだ。

 敵対者に寄生されていても、自覚症状も無い最初の内はヴィーダも嗅ぎ付けられないらしい。大体3ヶ月から4ヶ月くらい経過した辺りから、反応するようになる。

 伊吹にこてつが渡されたのは、吹雪が接触を試みようとした時、又は遠くから様子を伺いに来た時の為だったのだろう。


 こてつを排除したのは、吹雪の関係者だろうか。


 だとすれば近いうちに、あの馬鹿兄貴と対面を果たすことになるかもしれない。一気に憂鬱な気持ちになった。

 問題はもう一つ残っている。

 一体いつ、クルーセルが使われたのか。

 施設を出た時は、こてつの様子は普通だった。だが宿について部屋に戻った時には既に、様子がおかしかったように思う。妙にふらふらしていたのは、眠いためかと思っていた。ベッドの上で丸くなって眠り、伊吹が呼んでも起きなかった。

 今、考えてみれば、あの時は既にクルーセルにやられていたのだろう。だとすれば。


 施設から、宿に戻るまでの間。

 あるいは、宿の中で。


 後者だったら最悪だ。あの日、宿は営業をしていなかった。一人の客も入っていない。事前に仕掛けられていた可能性もあるが、どうだろう。香の効果というのは、そこまで長続きするものなのか。

 考えられない。

 一番可能性が高いのは、宿屋の人間が犯人である場合だ。

 ウィガーや志真は勿論除外できる。あの日来ていなかったアンナとラクトの線も薄いだろう。

 残るは、リアラ、フィオーネ、ルーミケラウス、カオロン、ミーチェ。この5人だ。特に、長く一緒に過ごした前3人辺りが怪しい。

(一体、誰が)

 その中の一人、いや、複数犯の場合もある。最悪、皆共犯者という事も。そんな内容のミステリー小説を思い出し、伊吹は苦い気持ちになった。


 マジで最悪だ。


 ここにいても良いのか?

 すぐにでも、出た方が良いのではないだろうか。しかし、今、保護施設は一般人の出入りを規制している。要望がある場合は、保護者を通して届出を行うように言われていた。

 保護者、つまりウィガー・ハルベルトだ。

 奴を信じていいのだろうか。確かに面倒見がよく、堅すぎるほど真面目な上、お人よしな男だが、この宿屋の人間だ。繋がっていないとも限らない。

 ウィガーだけではない。ここの宿屋の人間は、基本的に皆良い人達のように見えていた。志真程盲目に信じることはできないが、その善良さを疑ったことは無い。窮地で掌を返されることは覚悟していても、まさか裏があるとまでは考えていなかった。

 ……ほんの少ししか。

(どうする)

 信用できそうな人間は、志真だけだ。そう思い至った時のがっかり感は半端なかった。頼りない、おまけに足を引っ張られそうな気がしてならない。

 今回の件を相談したところで。


 いっさん、考えすぎだよ!ここの人がそんな事するわけないって!


 そんな答えが返ってくるのは目に見えている。

 却下だ。

 今そんな事を言われたら、本気で殺意が芽生えるかもしれない。

 逃げようにも行く場所が無いし、何より相手が吹雪であるなら、自分を追って来るかもしれなかった。

 いつもいつもいつも、そうだった。

 余計にややこしい事になるのに、兄貴面して伊吹の問題に手を出してくる。伊吹くんのお兄ちゃんが怖いから遊ばない。小学校時代、ちょっと好きだった女の子にそう言われた時の衝撃は、未だに覚えている。

 軽く昔の苦い思い出を回想していた伊吹は、階段を上る足音に我に返った。

 足音は、ゆっくりとこの部屋へ近づいて来て、止まる。

 静かな部屋に、ノック音が響いた。緊張していたせいで、思わずびくっと飛び上がってしまった。誰にも見られていないが、気恥ずかしい。

「イブキさん、いますか?」

 フィオーネだ。

 どうも最近、出現率が高いような気がする。前は気のせいかと思っていたが、疑惑の目で見るようになった今は、どうも疑惑の目で見てしまう。

「イブキさん?」

「います。…何か用ですか?」

「兄に頼まれて、呼びに来たんです。ちょっと下りてきてもらえませんか?」

「ウィガーが?今で無いと駄目ですか?」

「ええ……、あの」


 何故そこで言葉を濁す。


 ホラーなバックミュージックの幻聴が聞こえてくる気がしてならない。選択肢を誤れば、デッドエンド直行みたいな場面なのか、まさか。


「本当は、吃驚させようと思ったんですけど、諦めます。実は、今日から異世界人の方を家で預かる事になって。1人は、イブキさんやシマと同じ世界の人だって、言ってましたよ?今から皆で食事するところなので、イブキさんも来てください」


 ……その回答は、予想外だった。


 坂巻菊乃。

 同じ日本人であり不幸な世界喪失者。女子高生。何かと厄介らしいと噂を耳にした事もあり、多少の偏見を持っていたが、本人は至って普通の大人しそうな少女だった。

 染めていない真っ直ぐな黒髪はこれぞ日本の女子と言った感じだが、何故か目の色が水色だ。外国人の血が混じっているのだろうか。

「はじめまして、坂巻菊乃です。よろしくお願いします」

 そうリアラ達に丁寧に挨拶する菊乃の背後には、もう1人見知らぬ男の姿があった。

 長身で細身だが筋肉質という羨ましい体格の、男前だ。ハルラック・エジという名で、彼も異世界人らしい。初対面となるが、彼も一応クラスメイトだ。何でも菊乃の護衛として、ここで一緒に暮らすらしい。

 部屋は別だが、隣同士。志真と同じ階の客室を使うらしい。宿屋で一番上等な部屋だが、現在宿泊客が来ない為問題は無い、のか?


 何だその好待遇。


 色々勘ぐってしまうが、答えは出ない。

 ちなみに、2人はここの居候という立場で住むわけでなく、一時的な客人として在住することになるらしい。その為、きちんと宿泊費は支払われるのだとか。

 まぁ、宿屋としては少しでも売上があるのはありがたいことだろう。


 食堂のテーブルをくっつけて、皆でテーブルを囲む。テーブルの上には色取り取りの料理が並び、様々な種類の飲み物が用意されていた。

 こんな風に歓迎会が行えるのは、店に客が来ないためだ。

 既に酒で顔を真っ赤にしたカオロンとアンナが、調子の外れたような歌を歌い、それをルーミケラウスが手を叩いて笑っている。ラクトはもくもくと料理を食べ、その隣ではミーチェとアンナが近所の噂話に花を咲かせている。ウィガーはいつもの通り、悩み事がある様子。フィオーネと志真は菊乃に質問攻撃をしかけ、どこか困った様子の菊乃をハルラックは静かに見守っている。


 賑やかな食事風景は、平和そのもの。


 だが、伊吹にはそれが嵐の前の静けさに思えてならなかった。これで、日本からきた異世界人が3人揃った事になる。

 その上、ここにいる内の誰かが、クルーセルを使用した可能性が高い。

 一体何が起こるのか……、暫く安心はできなさそうだ。

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