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伊吹、不吉な予感を抱く 1

 伊吹が保護施設を出て2週間後。

 ようやく志真とウィガーが戻って来た。これで漸く、慣れない宿仕事から解放されると思うと、全く喜ばしい限りだ。

 仕事いけなくて暇なんでしょ、と強引に伊吹を引っ張り出したのはルーミケラウスだ。1人で飲んでいた晩の翌日、すっかり前の明るさを取り戻したのは良いが、妙に絡まれるようになってしまった。

 由々しき事態だ。

 妙に話す距離が近かったり、声が甘かったりするのは多分気のせいでは無いと思うが、フラグが立っている気がするのはおそらく気のせいだ。


 根暗のもやしっ子異世界人がもてる筈が無い、勘違いするな。後で自己嫌悪する羽目になるに決まっている。


 ルーミケラウスの事はさておき、問題は志真だった。

 彼女が帰ってきたことで、漸くずっと胸に溜めていた疑惑を、ぶつけることができるのだから。


「いっさん、何か怖いんだけど」

「こっちは何か目が痛い」


 灰谷志真の部屋を訪れたのは、初めてだった。

 まさか、こんなに乙女チックな部屋だとは。似合っていないにも程がある。全体的にピンクでフリル、可愛らしく少女趣味全開の小物の数々の中に佇む灰谷志真の姿には、違和感しか感じない。

 日に焼けた肌に、丈夫そうな髪質のショートカット。

 女にしては背が高く、丈夫そうな骨格の持ち主でもある。

 どこから見ても健康優良児、下手をすると元気そうな少年に見えてしまう彼女には、ドレスでダンスするよりも、スタンプ帖を首にぶら下げラジオ体操の方が似合うだろう。

 そんな伊吹のしらーっとした視線を感じたのか、志真はむっと頬を膨らませた。

「言っとくけど、私の趣味じゃないから」

「安心しろ。人の趣味にまでけちをつける気は無い」

「違うって言ってるじゃん!」

 余程、嫌なのか、志真は顔を赤くして怒っている。別に、部屋や趣味の事はどうでも良い。心の底から。


「本題だが」

 華奢な木製の椅子に浅く座り、伊吹は未だ不満そうな顔の志真を睨みつけた。

「今回のシャーリン教会で起こった事件についてだ。お前が知っている事を、洗いざらい吐け」

「う……、知ってることって言われても、私にもよく分かんないし」

「誤魔化すな。何か知ってるだろう。大体お前、何で急に祭りだなんて言い出したんだ。それも、よりにもよってあの教会」

「それは……だって」


 誤魔化しは許さん。


 そんな伊吹の気迫が伝わったのか、志真はうぅっと唸りながらも口を開いた。

「確かめたくて、その、あの教会が本当はシュターク教派の秘密のアジトだ、みたいな話聞いたから」

「お前、知ってたわけか」

「知ってたっていうか、良く分からなかったから、はっきりさせようと思ってた。まさか、あんな事があるとか思わないし。シュターク教派って、怖いね。何考えてんのか全然分かんない」

「……そんな、良く分かんない状態で、何でシュターク教派がどうとかって話になるんだ」

 過程がすっぽり抜けている。

 シュターク教派の存在は、志真には伏せられている筈だった。考え方が考え方なだけに、悪影響を及ぼす懸念がある、という理由でだ。実際、過去に彼らに影響され、取り込まれてしまった異世界人もいたという。

 志真が自分でシュターク教派にたどり着いたとは思えない。

 どう考えても、誰か吹き込んだ奴がいる筈だ。

「何か私にもよく分かんないんだけどさ。宿屋の悪い噂とか流してたのが、シュターク教派の人達かもしれないんだって」

「その話は誰から?」

「ニトロ」


 ニトロは、クラスメイトの異世界人だ。ニヒルに笑う三つ目の男で、見た目の怪しさとは裏腹に、割合話しやすく気さくな性格をしていたように思う。どちらかというと、面倒見が良いような。

 しかし、勿論表面上の性格などどうにでもなる。


「でも、まぁ、ニトロも証拠は無いし、シュターク教派と関わるのはやめとけって言ってたんだよね。面倒事に巻き込まれるだけだって」

「……そう言いつつ、お前にシャーリン教会の話をしたわけか」

「いや、違うけど」

 きょとん、と志真は目を丸くした。

「シャーリン教会の事を教えてくれたのは、リキキだよ。今考えれば、リキキが親切に教えてくれるとかおかしいよね。何か嵌められた気がする」

 リキキ、とは。

 同じ異世界人仲間のクラスメイト。双子の吸血鬼の姉の方だ。伊吹自身はよく知らないが、何でも志真とは犬猿の仲だという。


「お前、馬鹿なんだろう」


 思わず心の底から同情するくらいに。志真は、再び顔を赤くした。

「ば、馬鹿ってそんなにシミジミ言うな!いや、私だって怪しいとは思ってたよ、本当に!でも他に手がかりとかなかったし、注意しとけば大丈夫かなって……そんなレベルじゃなかったけど」

「……ここをどこだと思ってる」


 つくづく平和ボケな女だ。ここは平和で安全な日本じゃない。何が起こるか分からない、異世界なのだ。


「リキキも知ってたのかな」

「……平和ボケにも程があるぞ」

「いや、だってさ。確かに私、リキキに凄い嫌われてる自信あるけど、今回のは下手したら死んでたと思う。そこまで、するかなぁ」

 かな、っていうかしただろう実際。

 その平和的でお人好しな思考には、全く苛々とさせられる。

「とにかく、リキキの話はウィガーにでも伝えておけよ。どうせ言ってないんだろ」

「言ってない。けど……、何かヤだな。告げ口みたいで」

「先生に言っちゃう?えー、告げ口って最低とかそういう女子の告げ口レベルで事を語るな!」

 事の重大さが本当に分かっているのか。怪しいところだ。

 志真は力無く笑うと、項垂れた。

 よく見れば、目の下に薄っすらと隈ができていた。流石にあんな事件があった後で、疲れているようだ。心なしか、頬も薄くなったような。

「……なんか、悪い夢みたい」

「そんなの、今更だ」


 この世界に来てからずっと。


「ねぇ、いっさん」


 志真が掠れるような声で言った。

「敵対者って、何?」

「……それも、リキキか?それともニトロの方か?」

 違うよ、と志真は首を振る。じゃあ、誰だ。志真はとてつもなく言い難そうな顔で、伊吹を見上げた。

「……ラスカゥル」

 誰だ、それ。

「この部屋にいた幽霊……って、いや、本当なんだってば!もういなくなっちゃったけど、ラスが教えてくれたんだよ、あの時、教会で事件が起こる前に危ないから逃げろって!」

「へぇ」

「……やっぱり、信じてくれないんだ」


 当たり前だろう。


 志真は何故か打ちひしがれた様子で、椅子の上でがくりと首を下げた。

「何か自信なくなってきちゃったんだよね」

「急に、何言っているんだ」

「ラスのこと、誰も信じてくれないし。肝心のラスには、もう多分会えないし。ユーイなら分かってくれるって思ってたのにさ」

「ははは」

「そこ笑うところじゃないんだけど」

 いや、笑うところだ。

 志真が誰彼構わず幽霊の友達の話をしていたと思うと。笑える。志真は恨めしげな顔で、伊吹を睨んだ。

「いっさんって、本当意地悪だ」

 ああ、知っている。

 意地悪で、根性も悪くて、捻くれていて、冷たいのだ。自覚はあるし、相手からもそう見られていた方が安心できる。頼りにして欲しくない。何も出来やしないから。相手にがっかりされるのも、自分に幻滅するのももう充分だ。


「あー、ラスと、もう一回話せないかなー!」


 まだ言うか。

 椅子の上で足をばたばたと子どものように動かす志真に、伊吹は呆れた視線を投げかけた。

 とはいえ、少し気にかかることもある。

 ラスカゥルという友達がいないとしたら、一体誰が志真に敵対者という言葉を吹き込んだのか。志真のすぐそばに、何か不穏なものがあるような気がしてならなかった。

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