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菊乃の信頼 3

 無事ウィガーに話を聞く事ができた。

 ハイネス・ユーゴの潔白を証明するような話は出なかったが、それでも一歩前進したといえる。後でジャンナに連絡すれば、彼女の持つ新たな情報も聞けるだろう。その状態で、気持ちが沈んでいるのは何故なのか。


 どうしてだろう。自分でも分からない。


 菊乃の落ち込みを指摘したのは、ハルラックだった。ウィガーや志真と別れ、部屋に戻った後のことだ。

「何か、良くない話が出たのか?」

 気遣わしげに、ハルラックが聞く。

「え?」

「いや……、何か暗い顔をしている」

 指摘されて、自覚した。同時に、先程の会話の全てを日本語で行っていた事も、思い出した。ハルラックは当然、日本語を知らない。

 どうして気づかなかったのか。

 訳の分からない会話が交わされる最中、ずっと1人で黙っていた彼に、申し訳なく思う。

「ごめんなさい、ハルラックさん」

「?」

「あの、ずっと言葉分からなかったですね?」

「……ああ、気にするな」

 その事か、とまるで気にしていないような顔で、ハルラックは微笑した。腹を立てても良いところなのに、心が広い。

 菊乃の護衛というよく分からない立場になったハルラックとは、一日の殆どを一緒に過ごすようになった。眠る時は流石に別の部屋だが、その他はずっと一緒にいる。

 他人、しかも男の人と一緒にいるというのに、彼の存在に緊張する事は殆どなかった。不思議だ。豹の姿の時からは想像がつかないほど、穏やかで物静かな雰囲気のせいだろうか。凄く安心できるのだ。


 菊乃は先程ウィガーや志真から聞いた話を、ハルラックに伝えた。ハイネスの行動、彼の姉のこと。

「家族のことを思い出したのか」

 菊乃は首を横に振った。

 家族を、母を思い出して少し寂しい気持ちにもなったが、悩みの原因はそれではない。

「ずっと、考えてました。ハイネスさんが、姿を消した理由」

 自主的に姿を消したのか、誰かの手によって本人の意思と関係なく連れ去られたのか。ハイネスは強い。後者の線は薄いだろう。

 もしも自主的に姿を消したのだとしたら、理由は何か。

 一番最初に考え付くのは、後ろめたいことがあるという理由。

 例えば、本当にユーイ達が疑っている通り、シュターク教派の一味で、事件の実行犯の1人だから。そういう可能性も勿論あるが。

「キクノはハイネスを信じたいのか」

「多分、そうです」

 それほど、親しい間柄ではない。殺されかけたり、脅されたり、恐怖に身が竦むような思いをした相手だった。

 でも、助けてくれた。

 教会の時だけではなくて、菊乃が自暴自棄になっていた時にも、連れ出して胸の内に溜め込んでいたものを、吐き出させてくれた。

 自分の意思で生きていいのだと、認めてくれた。

 存在を。

 菊乃自身を、認めてくれた。


 異世界人だからという理由では無いと思う。もしかしたら、そう思いたいだけなのかもしれないが。


「ハイネスさんが、本当に事件と無関係だとしたら。どうして、いなくなったのか、考えました」

「答えは出たのか?」

「分からない……でも、もし私だったら」

 たった一人の肉親を、悲しませるような事はできない。母を置いて、事件の現場から消えるなんていうことは。

 もしも、そんな状態で姿を消す理由があるとすれば。

「誰か、大切な人を守る為」

「……ハイネスは誰かを、庇っている?」

「最初は、そうだったら良いなと思って……でも、それは私の気持ちで、良くないです」

 勝手な願望だったと思う。ハイネス自身の苦しみに、思い至っていなかった。もしも本当にハイネスがその立場にいるなら、苦しく辛い思いをしているだろう。

 彼に姉という存在がいる事を知って、ようやく気がついた。


(間違い、だと良い)


 ハイネスを信じたい。同じくらい、自分の想像が間違っていることを願っていた。


『なぁるほどねー』

 夜。暗闇の中で再びシーツの中に潜って、ジャンナに連絡を取った。ウィガーと志真に聞いた事をそのまま伝える。最も、大した情報は無かったが。

『子どもを助けたり、敵対者に向っていったりしたのは流石ハイネちゃんって感じだわー。ケラスの鏡ねぇ。事件と無関係の証拠にはならないけどー』

 途中で良心が咎めた、とかそんな風にも考えられる。

『悲劇の姉弟』

「え?」

『11年前のことよー、この世界に迷い込んできた異世界人の中に、敵対者がいたの。その頃、ユーグリッドっていう村の近くでは、かなり大きな水災害が起こっててねぇ、上流の村から人やら物やら色んなものが流されてきてて、その異世界人も最初はその人達と同じ被災者だって思われて保護されてたらしいわぁ』

 いきなり関係の無い話をするとは思えないから、これはきっとハイネスに関係する話なのだろう。

『落ち着いた後、流石に異世界人だって事は分かった筈なんだけどー、届出は行われなかったのよぉ。ユーグリッドの村には、落下人信仰があったっていうから、多分そのせいねぇ』

「落下人信仰、ですか?」

『大昔に、世界喪失者に村を助けてもらったって事があったらしくてぇ。シュターク教派とはまたちょっと違う形で、異世界人を歓迎していたようねー。多分、ユーグリッドの村人自体が、元々異世界人を先祖に持つ種族じゃないかって言われてたことも関係してると思うわぁ。そんな訳で、その異世界人は村の教会に匿われていたの。イスルド教会よぉ』


 どきりとする。

 今回の事件が起こったのと同じ、イスルド教会だ。


『ハイネちゃんとそのお姉さんは、そこの教会の子どもだったのぉ。だから当然、その異世界人とも交流があった…と思うわぁ。この辺りはハイネちゃんも話してくれないし、憶測だけど。その人が、敵対者として目覚めたのはおよそ一年後。事態に気がついた国が動いた時には、村の人間はみーんな殺されてて、敵対者は隣の村を襲ってたって話よー』

「ハイネスさんと、そのお姉さんは」

『無事だった理由は分からないわねぇ。2人とも壊れた教会の地下で、気を失っているところを発見されたらしいわ』

 どうして、助かったのだろう。

『不思議でしょう?』

 菊乃の心を読んだようなタイミングで、ジャンナが笑う。

『だからねぇ、2人とも色々言われたのよー。疑われたり、恨みをぶつけられたり。だからハイネちゃん、あんな可愛げの無い子になっちゃったのかしらねぇ。昔は可愛かったのに』

 可愛かったハイネスというのを想像できない。

「でもそれで、どうしてハイネスさんが疑われる理由になるんですか?」

『言ったでしょう?ユーグリッドには落下人信仰があったって』

「……でも、家族や、村の人を殺されたのに」

『2人はねぇ、孤児だったらしいのよぉ。親戚はいたんだけど、どういうわけか引き取られなくって、だから教会の孤児院で育てられてたみたい。色々と、不遇な目にあっていたんじゃないかって、これは唯の噂に過ぎなかったんだけどぉ』


 不遇な目。差別や、虐めみたいなものだろうか。親がいないことで色々と、言われたりしたのかもしれない。

 酷い生活をしていたとしたら。

 敵対者となった異世界人が、村人を殺した事で、2人はその生活から解放されたことになる。2人は殺されなかった。その事実を、彼らはどんな風に受け止めたのだろう。



***


 手渡された紙の束に目を通し、ユーイは渋い顔になった。

 一番上にあったのは、坂巻菊乃の退所許可書。それを捲ると、ウィガー・ハルベルトへの坂巻菊乃の身元預かりの依頼書。どちらにも、ユリウスの印が押してあった。

「あの野郎」

 どういうつもりだ。

 現在、菊乃はユーイの保護下においている。施設に戻った今も、そこは変えていない。退所すれば、再び屋敷へ連れて行くつもりだった。それが一番安全で、安心できる処置である。

 それを。


「何でこう、問題が起きそうなことを」


 いや、狙いは分かっている。

 ユリウスは、坂巻菊乃を使うつもりでいるのだ。

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