菊乃の信頼 2
一度上手くいったからと言って、次も上手くいくとは限らない。
もしかしたら、これがウィガーに話を聞く最後のチャンスとなる可能性だってある。ハイネスに関する話を聞く事は、今の菊乃にとっては同郷の人間と話す事よりも、大切な事に思えた。
嬉しそうな志真には悪いが。
ようやくウィガーとの口げんかを打ち切り、改めてこちらへ顔を向けた志真に、少しの罪悪感を覚える。正面の椅子に座って、テーブルに両手を付き、こちらへ身を乗り出す姿が、無邪気な子どもみたいだったから余計に。
「ねぇ、菊乃ちゃん、良かったらさー、一緒にお茶しながら色々話そうよ」
「……えっと」
期待に満ちた志真の表情を前に、菊乃は言葉を詰まらせた。
志真は、菊乃の存在を、心から喜び歓迎してくれているみたいだった。
何も分からない異世界で、分かり合える同じ立場の人間と知り合えた事は、確かに喜ぶべきことだと思う。菊乃だって、嬉しい。心強くもある。志真とこのまま色々話をしたい気持ちもあるが、駄目だ。
それは、菊乃の為だけの望みだから。
よし。
心を決めて、菊乃は志真を見つめた。
「ごめんなさい、私も貴方と話したい気持ちはあるけど、今はウィガーさんに聞きたいことがあります。だから……、その、お話はまたの機会に」
「……ウィガーに?」
きょとんと、志真は目を丸くした。
「えっと…それって、私がいたら駄目な話って感じ?」
やや表情を曇らせて、何だか恐る恐る疑問を口にする。凄い。何を思い感じているか、手に取るように分かってしまう。
素直なんだ。
しかし、そんな姿を見てしまうと、はっきり駄目だと言い難い。というか、別に彼女がいたら駄目という事は無いのだ。ウィガーに話を聞けるなら。
「私は、話が聞けさえすれば……」
未だ立ったままの状態で、渋い顔をしているウィガーに視線を移す。その言葉を受けて、ウィガーは深くため息を吐いた。
「大人しくしていろ」
「はーい」
いても良いと言われたことが嬉しかったのか、途端志真は笑顔になった。2人のやり取りは、何だか親子のような感じで微笑ましい。
志真の右隣の椅子に座り、ウィガーはこちらを見た。
「それで、俺に聞きたいことというのは?」
「ハイネス・ユーゴさんのことです」
はっとウィガーが目を瞠る。
「……ハイネスのこと?何故、俺に」
「事件のあった教会に、ウィガーさんもいたと聞いて」
それは実際、ユーイに確かめたから間違いない。ウィガーに似た声を聞いたと言ったら、隠すことも無く教えてくれた。まだ、この施設にいることも。
「確かにいたが」
「私はあの時、一時的に目が見えなくなっていて、だから分からない事も多いです。私を助けてくれたのは、ハイネスさんだったと思うんですが」
「ああ。それは確かだ」
「でも……それならどうして、ハイネスさんが事件の犯人の1人として、追われることになっているんですか?私には、どうしても納得できなくて」
「……それは」
ウィガーが言葉を詰まらせる隣で、志真が再び身を乗り出してきた。
「えーっと、ちょっと待って。菊乃ちゃんを助けた人って、あの銀髪のカッコイイ人だよね?しゅっときて子ども助けてくれた人!で、菊乃ちゃんが落ちそうになった時もひゅーんって飛んでった特撮ヒーローみたいな」
確かにハイネスは銀髪だ。
「えっと、多分」
「あの人凄かったよね、本当ヒーローとか勇者とかそんな感じだった!」
うんうん、と1人興奮した様子で頷いた後、首を横に傾ける。
「その人が何で事件の犯人になるわけ?おかしくない?」
「おかしいです」
志真の同意が心強い。良かった。変だって思うのは、自分だけではなかった。菊乃に加わり、志真からも「何で?」という目を向けられたウィガーは閉口する。
面倒な事になった。
そう、顔に書いてあるようだった。
少し、申し訳ない気もするが、ここは退けない。
「ユーイから説明は?」
「……ハイネスさんが行方不明だという事と、シュターク教派の一員である疑いがあるという事は聞きました。だから、私を助けたんだろうって」
「え、シュターク教派!?」
何故か志真が驚いている。
「シマ?」
不審そうなウィガーの視線に、志真ははっと顔を強張らせた。目を泳がせながら、にへらと笑う。
「えーっと、シュターク教派ってあれでしょ、異世界人が大好きみたいな人達」
「好きというのとは、また違うと思うが」
「細かい事は良いんだって。で、その人達、今回の事件に関係してんの?」
くりくりと、丸い瞳が菊乃を見る。
これって、秘密の情報だったんだろうか。だが別に、口止めはされていない。こんな状況は、誰も考えていなかったのかもしれないが。
それならそれで、構わない。
「そう、聞きました」
「本当に……そうだったんだ」
本当に?
なにやら1人で思い悩み始めた志真はまるで気づいていないが、ウィガーの目が疑惑を確信した者の目になっている。
言ってあげた方が良いのだろうか。
「あの、志真ちゃん」
「!あ、ごめん、ちょっと考え事してた。で、何だっけ…あ、あの銀髪のヒーローのことだよね。あの人がシュターク教派で……って、でもやっぱりそれおかしくない?」
「何がだ」
「菊乃ちゃんを助けたのが、異世界人だからって理由だったって事は良いとして。でも、あの人初めに子どもとか助けてくれたよ?あの子も異世界人だったってこと?」
「……いや、違うと思うが」
「だったらやっぱり変だよ!その後だって、あの化物みたいなのと戦っててくれたし。少なくとも事件起こした人には見えなかった」
その辺りの話は、初めて聞いた。
やっぱり、ハイネスが事件の犯人というのは間違いなんじゃないだろうか。そう思えて仕方が無い。だからこそ、ユーイは菊乃にこの話を伝えなかったのだろう。
「ウィガーさんは、どう思いますか?」
ハイネスとウィガーは昔からの知り合いだったと聞いた。そんなウィガーになら、菊乃に分からない部分も見えているかもしれない。
「……俺は」
ウィガーは再び迷うように言葉を詰まらせた。眉間に深く皺を寄せ、困りきったような顔になる。
「違うともそうだとも、判断する材料が少なすぎる。何か話せれば良かったが、あの時は緊急事態でそんな暇も無かったからな。確かにハイネスの行動は、民間人を助けるものだったが、そもそもあの場にいた事が引っかかる。その上、姿を消したとなれば、疑惑の目を向けられても仕方は無い」
そうなのだ。
事件の直後に、ハイネスが姿を消してしまったこと。そこが何より不利な点だ。
ハイネスは未だ見つかっていない。一体どこへ行ってしまったのか。無事なのだろうか。
「ハイネスの事は昔から知っているから、間違いであれば良いとは思う。ルーミケラウスの為にもな」
「え…?何でそこでルーさんが出てくんの?」
「何でって。……ハイネス・ユーゴはルーミケラウスの弟だからだが。知らなかったか?」
ぽかんと、志真の口が開く。
「弟……弟!?あー、何かそういえばカッコイイ弟がいるって言ってた。ハイネス、だっけ?そんな名前だったっけ」
「お姉さん、いるんですか」
「ああ。ルーミケラウス、うちの従業員だ。昔に、不幸な事件で他の身内を全て無くして、互いが唯一の肉親だと言っていた。今こんな事になって一番苦しんでいるのは、彼女だろうな」
その言葉が何故か胸に突き刺さる。
唯一の肉親。
たった2人の家族、それは菊乃が失ってしまったものだ。
きっと二度とは戻らない。
「きっと何かの間違いだよ。ルーさんの弟がそんな事するわけ無い」
「お前は会ったこと無いだろう」
志真とウィガー、2人の会話をぼんやりと聞き流す。
ハイネスの姉。
その人に聞けば、何か分かるだろうか。




