志真と保護者のQ&A 4
3日、4日と日が経った。
沢山いた人が、どんどん施設を出て行っているというのに、志真は未だに退所の許しが出ていない。もう残っている人は30名程だ。
アルジャラーも、2日前に家に帰った。
ウィガーがいるからまだ良いけど、この状態は結構不安だ。残されているっていうことは、まだ変わっちゃう可能性があるってことになる。
凶暴な人格になったり、病気でころっと死んじゃったり、性別が変わっちゃったり。
はぁ、と志真は溜息を吐いた。
退屈しのぎと運動不足解消の為、志真は施設内を歩き回っていた。
本当なら庭を散歩したいところだが、生憎今日は雨である。傘はあるけど、こんな日に外に出る気にはならない。
憂鬱だ。
シャーリン教会になんて、行くんじゃなかった。結局、あそこがシュターク教派と関係しているのかどうかも分からずじまいだ。やっぱり、もうちょっとリキキの言葉を怪しむべきだった。
(ほんと、どういうつもりなんだろう)
リキキは知っていて、志真にシャーリン教会に行くよう進めたのだろうか。流石にそこまでの悪意は無いと思いたかった。確かに彼女には嫌われているけど、でも。
(嫌ってるからって)
やりすぎだ。助かったから良かったようなものの、下手をしたら死んでいた。リキキは嫌な奴だと思うけど、でも。
もやもやしつつ歩いていると、前方に見知った背中を発見した。
大分離れているが、あの薄い影を背負ったような哀愁漂う背中は間違いなく、ウィガーのものだ。ウィガー、と呼びかける前に、その背中は階段に消える。
何処行くんだろう。
この上の階は、用の無い時はあんまり歩き回るなって言われている、研究施設がある場所だ。検査の時くらいしか、用は無い筈の場所だ。今日の検査はもう終わっているのに、どうしたんだろう。
(……まさか)
何か異常が見つかって呼び出されたとか。
浮かんだ嫌な予感に、いてもたってもいられなかった。
階段では追いつかなかったが、上の階に上った時に、丁度部屋に入ろうとしているウィガーを発見できた。左側の通路にある、赤いドアの部屋。あれは、検査の後とかで気分が悪くなったりした時に、一時的に休憩する為の部屋だ。
やっぱり、どこか具合が悪いのだろうか。
志真は迷わず走り出した。この辺りのドアは、全部自動ドアみたいに横に開く。ただし、ロックが掛かっているらしく、決められた人に対してしか開かない。
ウィガーが開けたドアでも、志真が開けられるとは限らないのだ。
だから、閉まりかけているドアに向って、志真は体を滑り込ませた。うっかり体を挟まないように、ドアは異物を感知して開くようになっている。ギリギリで、何とか靴の先が届いて、部屋に入り込むことに成功した。
勢いを殺すために前足に力を入れて、とんとんと飛んで着地する。
よし、完璧!と、喜ぶのも束の間。
「……シマ?お前、何でここに」
愕然とした顔のウィガーが、志真を見下ろしていて我に返る。いつもなら、ここで小言か怒りの言葉がくるはずだが。
不思議に思いつつ、志真は答えた。
「いや、ちょっとそこで見かけたから。もしかして、何かあったのかなって気になって」
「……え?」
驚いたような声は、ウィガーのものではなかった。もっと、柔らかい響きを持った、女の子の声である。
そこで漸く、部屋の中にいるのがウィガーだけではなかったことに気が付いた。目の前にいるウィガーが邪魔で気が付かなかったが、その背後に2人いる。
2つのベッドが部屋の隅に並んでいて、真ん中に丸いテーブルと椅子がある。窓を背に、華奢な感じの女の子が座っていて、その隣に背の高い男の人が立っていた。
2人とも驚いたような顔で、志真を見ている。ちょっとだけ気まずい。
誰……?
何かどこかで見たことがあるような気がする。
特に、男の人の方は。
邪魔なウィガーを避けるように身を乗り出して、じっと観察する。かなりの、男前だ。背が高くて、筋肉質だけど細い感じ。癖のある黒髪の間から覗く、黄金色の瞳が綺麗だ。鼻がすっと高くて、彫が深い、エキゾチックな感じの顔立ち。
……?
志真はすっと手を上げると、青年の目の部分を隠してみる。すると。
「あ……分かった、ハルさん!」
クラスメイトのハルラック・エジだ。いつも、鳥の巣みたいな髪の毛で顔を隠していたから分からなかったが、こんな顔をしていたのか。
彼も確かに保護施設にいると聞いていたが、どうしてここにいるのだろう。
「よかった。元気?」
「ああ」
相変わらず素っ気無い。
しかし、彼の隣にいる女の子は誰だろう。妙に気になる。
妙に親しみやすい容貌のためだろうか。
色白で、小さくて、華奢である。綺麗な真っ直ぐな黒髪は、大体肩のすぐ下辺りまでの長さ。目が大きくて、鼻はちょっと低め。華やかな印象は無いけど、こうほっとするみたいな可愛らしさがある。
透き通るように薄い水色の瞳が、凄く綺麗だ。
(知らない子、だよね)
何か妙に懐かしい感じがあるけれど。志真は押し黙っているウィガーに目を向けた。何で黙っているんだろう。いつもなら、もっとこう志真に対して怒っているところの筈。
なのに、何故ウィガーの方が後ろめたそうな顔をしているのか。
あやしい。
「ウィガー?」
「……」
「もしかして、ウィガーの彼女?」
こっそりと、聞こえないように声を落として聞くと、ウィガーは何故か深く溜息を吐いた。何なんだ。胃が痛むように顔を顰めた後、何かを諦めたような感じの自虐的な笑みを浮かべ、ウィガーは言った。
「彼女はサカマキ・キクノ」
その名前には聞き覚えがある。
「キクノ……?あ!もしかして教会にいた人!?」
あの混乱の中で、階段を上っていた少女だ。遠くてよくは見えなかったけど、確かに黒髪でこんな感じの子だったと思う。
無事だったんだ、良かったなー。
「お前は……もうちょっと他に何かあるだろう」
「何かって」
何?
ウィガーはそんな志真に呆れた目を向けた後、黒髪の少女、キクノへ顔を向けた。
「キクノ……こいつはハイタニ・シマだ」
何その紹介。
「こいつ」だし、名前だけだし。もっと他にあるだろう。そんな愛想も素っ気も無い紹介に、キクノは小さく頷いた。戸惑うように瞬きを繰り返した後、じっと志真と目を合わせる。それから。
「えっと……、はじめまして、坂巻菊乃です。地球の、日本の方ですね?」
あんぐりと、口が開く。
「えぇ!?何で!?」
日本語だ。
驚く志真に、キクノは真面目な口調で答えた。
「名前が、日本名でしたし。さっきから、日本語を喋っていたので、多分そうかなと」
「い、いやあの、そういう事じゃなくて……あれ?」
日本名……?
サカマキ、キクノ……漢字は分からないが、日本名っぽい。キクノは、菊乃とかだろうか。まさか。
信じられない思いで、志真は菊乃を凝視した。
目の色とかは違うけれども、確かに彼女の姿は日本人と大差ない。懐かしい感じさえした。
「海津女子の高等科2年に通ってました」
「わ、私は天城西の普通科2年」
うわあ。
何だかよく分からない感動が胸に込み上がってくる。同じ世界の女の子に会えるなんて、思いもしなかった。
伊吹の他にも同じ世界の人がいたなんて聞いていない。
それに対する不満はあるが、それが消し飛ぶぐらいの勢いで、志真は興奮していた。




