志真と保護者のQ&A 3
何がどうなるのか、分からないっていう状態が何より怖い。
ユーイやウィガーの態度から、ろくでもない事なんだろうとは分かるから、余計に。
そんなわけで、志真は2人に説明を求めた。敵対者とかいう化物と接触した人に、出てくる影響、変化っていうのは具体的にどういうものなのか。
ユーイがあからさまに面倒そうな顔をしたが、この際気にしてなんかいられない。しつこく食い下がると、ようやく口を開いた。
「そうだな……突然人格が凶暴になるっていうのが多いな。暫くして、大量殺人事件を起こした奴もいる。ふらふらまともな状態と、凶暴な状態を彷徨って自殺するのもいたか。後は、脳にいきなり腫瘍ができたり、心臓麻痺を起こすケースもあったが、こっちは直接の因果関係は不明だ。後は、……印象的な症例としては、性別が変わったのがいた」
「……え?」
どれも深刻な症状ばかり、だが。
性別が、変わる?
「男だったのが女になったケースと、その逆で、女が男になったケース。今まで13名の被害者が出てるって話だ。直接、見たことは無いが資料で読んだ限り、性別が変わった以外に変化は無い。まぁ生死に関わる事態でないだけマシなケースともいえるか」
そ、そうか?
いつの間にか、ユーイは機嫌の悪さを引っ込めて、にやにやとした顔で、顔を引きつらせる志真とウィガーを眺めている。
「も、もしかして嘘?からかってるんだ!」
だが、ユーイは緩やかに首を横に振った。
「いいや」
残念ながら本当だ、とちっとも心の篭らない上滑りな言葉を付け加える。
「婚約中の娘とか、子供が生まれたばかりの若い父親とか。中々涙と混乱を誘う出来事だったようだぞ。新しく人生やり直すと、はりきったたくましい女性もいたらしいが」
「……本気で言ってんの?」
「ああ。何なら資料を取り寄せてやろうか?」
「いい」
どうせ、読めないし。
「まぁ、そうなったら災難だが、死ぬような事は無いだけマシだ。諦めて新人生を始めるんだな。案外、お前にはそっちの方が向いているかもしれないぞ」
「冗っ談!」
そりゃあ、女らしい方ではないかもしれない。志真自身、小さい頃は男の子になりたい願望があったし、成長してからも男に生まれれば良かったなぁ、なんて思ったこともあった。
でも、それはやっぱりどこか本気じゃなかった。
困る。
今更、男になっても絶対困るし、嫌だ。
モクの事があるから余計にそう思う。
もしも、万が一志真が男になってしまったら、モクはどう思うだろうと想像してみる。モクは優しいし、思い切り心が広そうだから、特に気にしないかもしれない。
案外、普通に受け入れて。
今まで通り、何にも変わらず友達でいてくれそうである。
(うわ……それってかなり凹む)
2人はただの友達で、別に恋人ってわけではない。志真が男になったところで、モクが困ることはないのだ。
(何か……)
考えれば考えるほど、落ち込んできた。
とにかく、性別がこのまま変わらないことを祈っておこう。自分の為に。
「まぁ、そこまで深刻になるな。さっきも言ったが、そうなる確率はかなり低い。余程運が悪くない限りは、何も起こらず済むだろう」
と、ウィガー。
自分だって志真と同じように不安な立場なのに。口うるさくて細かいけど、根は良い人だ。本当に。ユーイと違って。
「ありがと、ウィガー。ウィガーも何も無いと良う祈っておくよ。教会に行こうって誘っちゃったの、私だし。本当にごめん。何か、ウィガーって運があんまり良くなさそうだし……」
心配だ。
そう告げると、ウィガーは苦虫をつぶしたような顔になった。
「お前は何でそう一言余計なんだ」
「うわ、ごめん!不吉なこと言っちゃったけどさ、そうじゃなくて。ああもう、ウィガーがなるくらいならユーイがなれば良いのに……」
目に見えないほどのスピードで、ウィガーの手刀が志真の頭部にヒットした。容赦無しの一撃に、ぐわんと視界が揺れた気がする。
「いったい!」
「お前は何でそう余計な事を言うんだ!」
ずきずきと痛む頭を抑えつつ、志真は厳しい顔をしたウィガーを呆気に取られた気持ちで見上げた。
何か、凄いまずい事を言ってしまったらしい。
ウィガーの怒りっぷりに驚いて、いきなり叩かれた事に対する苛立ちも、水を掛けられた蝋燭の火のように鎮火する。
(私、今何か怒らせるようなこと言った…?)
考える。ウィガーがなるくらいなら、ユーイがなれば良いのにって。そこだろうか。ユーイがいかにも面白がっているのに腹が立ったから、つい出た言葉だった。
確かに不謹慎だったかもしれない。
冗談では済まないし、人の不幸を願うような、意地の悪い言葉だったかも。
(でも、そこまで怒ること?)
ユーイだって、似たようなことを言っていたのに。本気で不安になってる志真やウィガーを、からかって面白がっていた。なのに。
「ウィガー、いい。どっちかっていうと、そこまで過敏に反応される方が複雑な気持ちになるからな」
ため息混じりに告げたユーイに、ウィガーが顔を顰めた。
「……悪い」
「だからそこで謝るな」
怒っていたウィガーが、気まずいような顔で黙り込む。
何が何だか分からない。
聞きたくても聞けないような雰囲気である。自己嫌悪を顔に貼り付けたウィガーと、やれやれといった様子のユーイを交互に伺う。
緑色の目が志真を捉えた。
「俺はいくつに見える?」
今更その質問?既に志真は、彼の年齢が30歳以上だって知っている。とても、そうは見えないが。見た目は中学生くらい、せいぜい14、5歳くらいである。志真が答えを言う前に、ユーイが言った。
「俺が最初に敵対者に接触したのは14の終わり頃だった。お前らと同じように隔離され、検査を受けたが異常無しって判断で。異常だと正式に認定を受けたのはそれから3年後」
淡々とユーイは話し続ける。どちらかというと、志真に通訳してくれるウィガーの方が、どこか苦々しい感じの顔をしていた。
「成長異常ってのは、俺で3例目の貴重な症例だ」
何て、ことだ。
志真は呆然とするしかなかった。
ユーイは確かに子供にしか見えないけど、それは単にそういう人なんだと思っていた。異世界人だし、どこか違うのかもしれないって。そういうもんだと思っていた。
知らなかった。
ユーイがなれば良いのに。その言葉にウィガーが怒ったのも無理はない。ユーイは既に被害者なのだ。何と言っていいか分からずに、志真は呆然とユーイを見る。
にやり、とユーイは不敵に微笑んだ。
「おかげで俺は永遠の美少年っていうわけだ。出来ればあともう4、5年後だったら言う事無しだった」
「……は?」
「ま、そこまで人生上手くはいかないが、これはこれで悪くない。美少年好きの女っていうのは案外多いし、変に警戒もされないしな」
「はぁ!?」
「このなりだと、貢ぐ必要も無いし、どっちかっていうと向こうが勝手に貢いでくれる上、寝たところで責任取れって騒ぐ女も滅多にいない」
ウィガーは眉間に皺を寄せ、通訳の役目を放棄した。
何を言っているか分からないのに、分かる気がする!
思い起こされるのは、ユーイが毎日違う女性をはべらせていたことだ。それも美人ばっかり、色々なタイプをよりどりみどり。
志真はにやりと笑うユーイを思い切り白い目で見た。
「最低だ!」
「人生、どうなろうが楽しまないと損だろ」
ふふん、と偉そうに笑う。
一瞬でも申し訳なくなった自分が馬鹿みたいである。特にウィガーなんて、ユーイのことを思って真剣に怒ったというのに。
……もしかして、気にするなって言うユーイなりの気遣い?
そんな可能性も一瞬だけ浮かんだが。
多分違う。
ユーイは本気で今の自分を楽しんでいるに違いなかった。たくましい。そういうところは、ちょっとだけうらやましいかもしれない。




