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志真と保護者のQ&A 2

 何だかんだで、この口煩い保護者との付き合いも長い。

 彼が志真に掛ける言葉の80%は小言、文句、説教でできている。それだけ、志真の行動にも問題があるのかもしれないが、多分彼が普通より大分真面目で頑固で融通が利かない性格のせいでもあると思う。

 私もよく注意されるよ、とフィオーネも苦笑していた。

 ただ今回は。

 今回のことだけは本当に、全面的に自分が悪いと思っている。


 ウィガーは志真の食事が終わるまで、説教タイムを伸ばしてくれたが、後に待っているお叱りの言葉の数々のことを考えるだけで、もう何の味もしなかった。

 食事を終え、ウィガーに言われるまま、大人しく後についていく。騒がしい食堂ではなく、邪魔の入らない場所に移動して話をするつもりのようだ。どれくらい怒っているのか考えると、怖くてしょうがない。

 細い通路を無言で進んでいく背中の後ろを、志真は力ない足取りで歩いていた。

 どうやら向う先は取調室っぽい部屋があるところのようだ。どんだけ本格的に説教をするつもりなのか。

 やがて、1つのドアの前でウィガーは足を止めた。

 ドアに取っ手とかはついていない。左端真ん中付近に鈍く緑色に光る穴が開いていて、ウィガーはそこに人差し指を突っ込んだ。ぴ、と短い電子音みたいな音がする。指を引き抜くとドアが開いた。

 入れ、と目で促されて、志真は覚悟を決め部屋に入る。


 入った途端に回れ右したい気持ちになった。

「な、何であんたが……」

「ようこそ、シマ。久しぶりだな」

 にやりと人の悪そうな笑顔を浮かべるのは、ユーイ・ユーイだ。そんなに広くない部屋に、明らかに大きすぎる派手なソファ。私物だろうか。黒の生地に金の刺繍が入ったクッションに悠然と背を預け、足を組むリラックスモード。

 その前に置かれたテーブルも、他の部屋とは違って立派なものだ。台の部分が硝子である上、どういう仕組みなのか中で魚が泳いでいる。本物?CG?何か本物に見えるような。

 もう、どこから突っ込んだら良いのか。

 入り口で唖然とする志真を、ユーイは鼻で笑った。


「いつまでそこで間抜け面をさらしている。さっさとそこに座れ。ウィガーが入れないだろ」


 そこ、と指示された場所にあるのは、何の変哲も無い安そうなパイプ椅子。

 何これ。

 と思うものの、ウィガーにまで急かされたため、志真は大人しくそれに座ることにした。


 どうやら、志真の食事中に、ウィガーがユーイに連絡していたらしい。どういう事なんだ。自分1人の手には負えないとか思われたのか。それとも単に、志真に対する罰としてのユーイなのだろうか。

 考え込む志真に、ユーイが獲物を見るのように目を細めた。

「さて、シマ。お前には色々聞きたいことがある」

 かつてない、緊張感。

「分かっていると思うが」

 白い壁、白い床、白い天井。息苦しく感じるのは、この状況のせいか、それとも単に部屋に窓がないせいか。

 何とか緊張した空気から逃げ出したくて、つい硝子のテーブルの中で泳ぐ色鮮やかな魚に目をやってしまう。これは結構、和めていいかもしれない。

「これ以上自分の立場を悪くしたくなかったら、洗いざらい吐け」

 多分、どっちも。


 青い尾びれがひらりと揺れる。


 ユーイの言葉が正確に伝わるように、ウィガーが同時通訳してくれているおかげで、微妙に心にゆとりが持てた。この何か迫力のあるユーイと1対1っていう状況は、ちょっと、いやかなり嫌だ。

 言葉、分からなくて良かった。

 正直今の自分の立場がいまひとつ分からない。ただ説教のために呼ばれた、って感じでは無さそうである。


 大体、洗いざらい吐けって言われても。


 そもそも、ユーイ達が何を聞きたいのかが分からない。

「……吐けって言われても、何言えば良いの?」

「とぼける気か?」

「そんな事言われたって、本当に分からないんだけど。聞きたいことがあるならちゃんと聞いて。そうしたら、私だって答えられる」

 ユーイの冷たい緑色の瞳が、志真を観察している。心の中まで見通すみたいな鋭い視線を、志真は真っ直ぐ見返した。

 じりじりと、にらみ合ったまま時間だけが過ぎていく。

 根競べのような沈黙を、先に破ったのはユーイだった。


「……時間の無駄だな」

 うんざりと、ユーイが息を吐く。

「まぁ、お前にそんな頭があるわけないって事は分かっていたが、念の為だ」

「……はぁ!?」

 何それ。

 むっとする志真を無視して、ユーイは聞いた。

「敵対者って言葉を誰から聞いた?」

 敵対者……イァーガー。

 何度も聞いた不思議な言葉。その意味を誰かに聞きたいと思っていた。しかし、今はその前に。

 志真は、少々気まずい思いをしつつ、ユーイを見た。

「……ラスカゥル」

「ラスカゥル?誰だそれ」

 隣で、ウィガーが顔を顰めているのが、見ないでも分かる。だが、もしかしたら、ユーイなら。

「私の部屋にいた幽霊。昔そこで殺された女の人だよ。ずっと傍にいて、言葉とか色々教えてくれたんだ」


 ラスカゥルは言っていた。

 ユーイは魔法使いだと。魔法使いは幽霊を退治する力を持っているとか、そんな事も言っていた。だったら、もしかして。


「ああ……あの辛気臭い女か」

「ちょっと、ラスのことそんな風に言うな!」

「ラス、ねぇ」

 思案するように間を置いてから、ユーイは口を開いた。

「で、そのラスは他に敵対者のことについて何か言っていたか」

「えっと……」

 曖昧な記憶を探る。

「最初は教会でいきなりだった。座ってたら、いきなりラスの声がして。逃げてって。その後、敵対者がどうのって言った後、声がしなくなっちゃって。後は、事件の後…、夢かもしれないんだけど。……敵対者がまだいるから、もうここにいられないって言ってた。何か、敵対者がいると皆、変わっちゃうからって」

 ウィガーが通訳を終えると、しんと部屋の中が静まり返った。

 沈黙が重い。

 ユーイはいつもより真剣な眼差しで、じっと志真を見つめていたが、やがて口を開いた。

「シマ」

「……な、何?」

「良い病院を紹介しよう」

「何それどういう意味!?」

「大分重傷のようだ。頭の具合が……手遅れかもしれんがな」

 残念だ、とでも言うように溜息まで吐かれた。むかつく、っていうかこれはどういう事だ。ユーイには幽霊が見えるんじゃなかったのか。

「ユーイ、魔法使いなんでしょ!?幽霊とか見えるんじゃないの!?」

「見えるか、そんなもん。……まぁ、だが残念だが病院の方は保留にしておいてやる」


 何が残念だが、だ!

 っていうか、どういう事なんだ。ラスカゥルは確かにユーイから逃げ回っていたのに。


「ラス、というのが何者かは知らないが、それでお前の妙なところの説明はつかないこともない。敵対者についての特質についても正しいことを言っている。普通なら、知りえないような情報だ」

「色々納得いかないけど……結局、その敵対者って何なの」

「落ちてくる異世界人に寄生して、この世界を滅ぼそうとする怪物だ。教会でお前達が見たの女の化物っていうのも、敵対者だと推測される」

「寄生って」

「敵対者は周りのものを変質させる……、歪めるって言った方が良いか。寄生された人間は元より、接触した人間も少なからず影響を受ける」

 思い浮かぶのは、あの蜘蛛みたいに手足を曲げた女の人の姿だ。

「……ん?あれ、ちょっと待って」


 接触した人間も?


 ぞっと、背中が寒くなる。

「じゃあ、もしかしてあの毎日しつこい検査って」

「珍しく察しが良いな。そういう事だ。目の色、髪の色の変化だの、そういう軽い変化なら良いが、偶に深刻なのが出て来るからな。今回は、接触期間が短かったせいか、今のところ異常は出ていないが、念の為に期間を置いている」

 深刻なって、どんなものが。

 考えると全く笑えない。

 怖い。

 志真は自分の腕をぎゅっと掴んで身震いした。

「だ、大丈夫って……いつ分かる?」

「度合いによって変わるが、10日もおけば充分だろう」

 後、5日。


 もしも自分もあんな風に変わってしまったら。

(どうしよう)

 怖くて仕方が無かった。

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