志真と保護者のQ&A 1
目に眩しい青光が当たる。思わずしぱしぱ瞬いていると、声が掛かった。
「はい、良いですよー」
両手を横に伸ばし、台の上で仰向けになっていた志真は起き上がった。
「……疲れたー」
思わずそんな言葉が出てしまう。
血を抜いたり、視力や聴覚の検査をしたり。健康診断みたいなことを一通り行った。それは、まぁ良いのだ。
あんな事件があった後で、身体に影響が無いか丁寧に調べてくれるのは、ありがたいし安心できる。うん、それが1回だけのことだったら。
何故か事件が終わってから毎日毎日、同じ検査を繰り返されている。今日でもう5日目だ。何か病気とか見つかったのか!?って、2度目の検査の時はどきどきだった。だが、前の日と同じ検査をされた上「大丈夫ですね、問題ありません」って何だそれ。
意味分かんない。
聞けば志真に限った話ではないらしかった。
検査の時間以外は、基本的に施設の開放区域内であれば、自由に移動が許されている。だから、同じように施設に保護された人々とも話ができるのだ。
怪我の状態が酷い者は別施設に移されたらしいが、その他の、あの事件に関わった人間は全て、この保護施設に収容された。異世界人以外の、この世界の人間も全員だ。
皆この施設で、志真と同じように検査を受ける毎日を過ごしている。いい加減退屈でしょうがない。
一応、どういう基準なのかは分からないけど、少しずつ家に帰されている人もいるらしい。伊吹やフィオーネももう出て行ったし、当初よりも人が少なくなったなぁというのは感じていた。
いつ、出られるんだろう。
せめて、モクに会えれば良いのに。
そう思うが、一度施設に潜り込んだ時に開いた秘密通路は、どうやっても開いてくれそうになかった。その上、忙しさの為か更にやつれたリザレットに「大人しくしていないと酷い目に合わせます」と、据わった目で宣言されてしまっている。
酷い目って何だろう。
分からないけど凄く怖い。
鬼気迫るリザレットを更に怒らせることなんて、今の志真にはできなかった。
クローバーみたいな葉っぱが生い茂るところで、志真はごろんと寝転がる。空が青くて、眩しかった。さわさわ風に揺れる葉がキラキラ光っている。
平和だ。
心地よさにつられて眠気が襲ってくるが、眠りたくない。志真は眉間に力を込めた。
夢を見るのだ。
繰返し繰返し、同じような夢を。崩れ落ちる聖殿と、あの女の化物。火事になったり、洪水になったり。出口の無い薄暗い聖殿の中を、とにかく必死で逃げ回る夢。
どこまでも追ってくる人々の悲鳴。
次々に死んでいく人々。時には、アルジャラーやウィガーが死んでしまう時もある。嫌な、夢。
怖い、と思うのは、その夢は一歩間違えたら現実だったかもしれないっていうこと。
施設には、家族や友人、恋人を失った人も沢山いる。だから素直に自分の無事を喜べなかった。良かったって、一瞬でも思ってしまった自分が嫌で。
(……最低、だ)
腹が立った。
ぐるぐると、お腹の辺りで音がなった。志真は小さく溜息を吐く。こういうところも嫌になる。だけど、仕方が無い。自己嫌悪に浸っていても、お腹は空くのだ。
生きているのだから。
立ち上がると、一瞬だけ眩暈がした。
ぶるぶると首を振って、志真は歩き出した。
食事は部屋まで運ばれたりしない。食事をしたければ、自分で食堂まで行く必要があった。とにかく混むので、ゆっくり食事を取りたければ、時間をずらして行く必要がある。
今はお昼の時間から1時間ばかり過ぎているから、まぁ良い頃合だろう。
広い食堂には、四角いテーブルがいくつも並ぶ。
お昼時間を過ぎても、まだまだ盛況の様子。だがところどころに空いている席が見えた。食事は所謂ビュッフェ形式となっている。トレイに皿を載せて、好きな料理を取っていけば良い。無料の食べ放題だ。
経営は大丈夫なんだろうか。
関係ないなりに、心配になってしまう。リザレットの給料はちゃんと出るのだろうか。
煮込みハンバーグみたいなものと、茶色いご飯みたいなもの、それからサラダと良い匂いのするグリーンスープをトレイに乗せて、志真は座る場所を探した。
「あ」
途中で、知った顔を見つけて足を止める。
何やら難しい顔で、リゾットぽいものを食べているウィガー。足を止めてからしまった、と思った。驚くべき事態だ。ウィガーが若い美人な女性と2人で食事している。
これは遠くからこっそり気づかれないように、観察するべき光景だ。しかし、時は既に遅く、ウィガーの空色の瞳はしっかり志真を捕らえていた。
「何、馬鹿みたいな顔をしているんだ」
呆れたような口調。いつもならば怒るとこだが、正直一緒の女性が気になって、それどころではない。
20歳前半くらいだろうか。
小柄だけど、スタイルが良い。小顔で、目が大きくて、綺麗っていうより可愛い感じの顔立ちだ。ふわふわとした橙色の髪のを編みこんで横に垂らしているのが、またよく似合っている。
目が合うと、にこっと微笑まれた。
「こんにちは」
感じまで良い!
「こ、こんにちは。初めまして、シマです」
「初めまして、リチルよ。異世界人、日本の方よね?」
うわお、何で知っているんだ!
思わずウィガーを見ると、首を横に振られた。
「私、ここの職員なの。イブキは元気?」
「えっ、イブキって、いっさん!?」
何でここで伊吹?
思わぬ名前が出てきたことに、驚いた。うんざりとした様子のウィガーが、空いている椅子へと指を向けた。
「騒ぐな。迷惑だろう、座って話せ」
「え、でも、邪魔じゃない?」
「邪魔?」
心底怪訝そうに言われた。理解した。どうやら先走りすぎていたようだ。ラスカゥルの影響で、恋愛脳っぽくなっていたかもしれない。
そうだよね。こんな可愛い人が、そんなわけないか。
志真は言われるまま椅子に座った。
「えーっと、それで、リチルさんは、イブキ、知ってる?どうして?」
「私、イブキの担当職員の1人だったのよ。結構長い間、一緒にいたから、どうしても気になっちゃうのよね。イブキったら、折角ここで働いているのに、ちっとも顔見せにきてくれないし」
なんて事だ。
よく分からないけど、気になるとか言っている気がする。
「今回は担当範囲から外れてたし、忙しくて、結局会えなくて残念だったわ」
何処と無く寂しそうに笑うリチルに、衝撃を受けた。
ええ、それって、個人的にウィガーより有り得ないんだけど。
詳しい話を聞きたかったが、リチルは忙しいらしくそれ以上の話は聞けなかった。ウィガーと2人になったテーブルで、志真はハンバーグをつつく。
「人の好みって、ホント色々だよねー」
伊吹は。貧弱そうで、暗そうな感じではあるが、まぁ顔は普通だと思う。もうちょっとしゃんとして、格好を何とかすればそれなりになるんじゃないだろうか。
問題は中身だ。
頭は良いのかもしれないが、優しくないし、薄情だし、意地悪だ。上から目線で話すのもむかつく。そこそこ……頼りになるところは認めるけど。
もぐもぐ口を動かしながら、渋い顔でお茶を飲むウィガーを見る。
外見は、本当悪くない。
ちょっとばかりふけているが、まぁ、そこは好みで。『同級生なんて子ども過ぎて』って言ってた志真のクラスメイトなら、きっとどんぴしゃなんではないだろうか。
ラスカゥルが生きてたら……。
2人が付き合う、なんて未来もあったんだろうか。もう多分、二度と会えないだろう友人を思い出して、少し寂しくなった。
「何なんだ。人の顔を見て溜息をつくな」
「人生って上手く行かないもんだなぁって思って」
「……はぁ?」
死んだ後で本気の恋をするなんて。どうやったって、叶わない恋だ。だから、ラスカゥルが成仏(?)した事は良かったのかもしれない。
ウィガーだって良い年だ。28歳、くらいと聞いたような。
いつ結婚したっておかしくない。そういう相手がいるのか知らないが。
(ルーさんも、何かウィガーのこと良いとか言ってたっけ)
思えばそれが切欠で、ラスカゥルが暴走したのだ。何だかそれも、懐かしい。
「そういえば」
ぼんやりとご飯を食べつつ友との思い出に浸っていた志真の耳に、やけに低く冷ややかな声が届いた。
「お前には色々と聞かなければならない事があったな」
背筋に冷たいものが走る。
ギギギ、と音が出そうな強張った動きで、隣のウィガーに視線を向けた。薄っすらと口元に浮かべた笑みが、機嫌の良さを表していないことくらい、志真にだって分かる。
物凄く、怒っていらっしゃるようで。
志真はその後に続く説教タイムを覚悟した。




