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伊吹、調査を開始する 3

 シュターク教派。

 調査は出だしから大きく躓いた。

 数々の問題を起こした為、信仰禁止となっていたシュターク教派。それに関する文献にも、閲覧制限が掛けられていたのだ。閲覧するにも、購入するにも身分証の提示が必要となる。シュターク教派に関する制限は、まず年齢20歳以上、国民登録のあるアティカの人間である事。異世界人の場合は、10年以上の在住歴も必要だ。

 後者2つで引っかかる。

 出向いた図書館でそう言われた伊吹は、その足で学校に向った。


 広く静かな教室で、ぽつんと座る教師が1人。

 窓際でうららかな日差しを浴びながら、読書する背中はどこか寂しい。頼り無さそうな撫で肩に哀愁が乗っている。

 1人の生徒もいない学校で暇を持て余していた教師は、伊吹の登校を喜んだ。

「やあ、やあ、イブキ。良く来たねぇ、大変だったらしいじゃないか」

 くしゃくしゃの頭に、まる眼鏡。全体的にくたびれた感じの中年の男、ベンジャウル・コスタウスだ。

 この異世界人学校の授業の中で、最も人気の無い講義を受け持っている。一般常識、教養、法学なんかも教えているが、こちらもやはり人気は無い。

「遅れてすみません」

「いや何の、出席してくれるだけでもありがたいよ」

 いつ聞いても切ない台詞だ。

 薄汚れたレンズの奥で、目じりに皺を寄せてベンジャウルは笑う。

「それでイブキ。今回は何を聞きたいんだい?」

 彼は中々、話が分かる人だ。


 物事を順調に進めるためには、順序というものが重要になる。特に、達成が難しいだろうと予想される事柄を、成し遂げる時には。

 伊吹はまず、今回の教会での出来事をベンジャウルに伝えた。シュターク教派の人間と交わした会話の内容、疑問。更に保護施設での不親切な対応、それから本を借りることができなかったこと。

 シュターク教派について調べたい正統な理由がある事を主張する。決して興味本位ではなく、ましてや惹かれる気持ちは無い事をさり気なく強調して。

「シュターク教派かぁ」

「巻き込まれた身としては、不安なんです。何故襲われかけたのか、理由がはっきりしないというのは」

「まぁ、そうだろうねぇ」

 うーん、とベンジャウルは唸る。

「国がこうやって情報を制限するのはどうしてだと思う?」

「思想に共感、感化される人間が出るのを防ぐ為、ですかね」

 それとも、何か知られてはマズイ真実が隠されているのか。ベンジャウルはうんうんと頷き、目を閉じた。

「とんでもない内容の話でも、中にはそれを真実だと信じてしまう人もいるんだよねぇ。シュターク教派は中々とんでもない部分もあるんだけど、一応それなりの根拠と説得力のある宗教でねぇ。一時期は信者が何万といたし、今もこう熱狂的な信者がいたりするわけなんだよ」

 ベンジャウルは、伊吹を見上げへらりと笑った。

「まぁ、長くなるから取りあえず座って」

 何とか話してくれる気になってくれたようだ。内心の喜びを押し殺し、言われるまま、彼の正面に座り、机の上にノートを広げた。


「シュターク教派というのは、元々は宗教等ではなく、2人の学者による学説だったんだよ。彼らはイスルド教に伝わる神話と、異世界の関わりについて調べていてねぇ、異世界人や世界喪失現象についても大分詳しく調べていたらしいんだ。まぁ、君なら予測はつくだろうと思うけど、彼らはイスルド教の創世神話に出て来る神とは、異世界人の事では無いかと考えていたわけだ」


 神様は宇宙人である!みたいなものか。ピラミッドを作ったのは宇宙人だ!でも良いかもしれない。


「神はこの世界の人々に知恵を授け見守ったが、やがて失望し去っていく。これはそのまま、異世界から来た人々が再び異世界に帰っていたという事だとか、そういう事を真剣に考察していたんだよね。まぁ、そういう研究は面白いよね。他の人には受けなかったみたいだけど、僕は割りと好きだなぁ」

「受けなかったっていうのは、やっぱり宗教観念的に?」

「うん、まぁ、教会が随分反発したっていうのもあるけど、やっぱり根拠だろうねぇ。結局ああいうのは物的証拠が乏しいと、単なる言葉遊びみたいになっちゃうのが難しいところだよ」

 ベンジャウルは饒舌に語る。基本的にオタク気質なのだ。好きなこと、興味を持っていることなんかを語りだすと止まらないタイプである。

「その内に、片方の研究者が自殺しちゃうんだ。これは一説には殺されたとも言われてるけど。で、残った片方は研究を続け……多分、1人になっちゃったのが拙かったんだろうねぇ、暴走しても止める人間がいないわけだし。色々な異世界人と会い、話を聞いて、影響されて、その内に意味を見出すようになった」

「何に対してですか?」

「自分が研究する全てのことに」


 自分が研究を始めたこと。

 片割れが死んだこと。

 異世界人がこの世界にやってくること。


「そうなっちゃうと、もう駄目だよねぇ。狂信者だよ。唯の事象や現象に人間的な意味を求めちゃうのはねぇ。過程や原因はあっても、意味なんて無いよ」

「つまり、その人は異世界人は偶然この世界にやってくるのではいと、そう考えたって事ですか」

「そう、それがシュターク教派の言う神のご意思」

 そんな意思なんて、冗談じゃない。

 とは思うものの、何故シュターク教派に異世界人を近づけないようにしているのか、分かる気もした。

 お前が来た事に特に意味は無い、と言われるよりは、意味があると言われる方が救われる。存在や価値を認められれば嬉しい。心細く、何も寄る術が無い不安定な状態なら、余計に。

「天啓を得た彼は宗教家に転職し、広く民間にその説を広めた。それでも当初は穏やかなものだったんだけど、色々あってね。神はもう一度この世界を作り直そうとしている、異世界人の手によって正しい方向へ。それを妨げる事は許されない、って感じの宗教になっちゃったわけだ」


 出した結論が残念すぎる。


 伊吹は小さく溜息を吐いた。イスルド教会で負った心の傷は、未だ深い。

「シュターク教派は異世界人を神の遣いとして見ているんですよね。なのに、何故俺は襲われたのでしょうか」

「ピトリツア、って言われたんだよね。それが答えだよ。ピトリツアとは、神の使いでありながら神の意思に背き堕落した、神の敵。姿を変え、様々な妄言で人を欺こうとする黒いトカゲだよ。元々はイスルド教の創世神話に出て来るんだけど」

 トカゲ……。

 やはり切欠は嘘だったのか。タイミング的に、彼らの祭りの邪魔になりそうだったのも、まずかったのだろうが。

「他にも教会には異世界人が来ていて、巻き込まれてますが」

「ああ、アルジャラーとシマも災難だったよねぇ。怪我は大したこと無いって聞いてるけど、大丈夫なのかい?」

「……さぁ、事件直後は割りと元気そうでしたが」

「そうか、なら安心かな。……で、巻き込まれた異世界人達について。これは僕にも良く分からないな。イブキみたいにピトリツアだと認定された者なら兎も角、普通、異世界人を傷つけるような事は避けると思うんだけどねぇ」

 ぐしゃぐしゃと、片手で髪を掻き混ぜながら、ベンジャウルは唸った。

「まぁ、僕もシュターク教派の人間じゃないし、教えられるのはこれくらいだな」

 伊吹は素直に礼を言った。


 色々なところを上手く省かれていたような気がするが、話を聞けただけでもありがたい。

「一度、イスルド教の経典や創世神話なんかを読んでみると良いよ。色々、下敷きにしてある部分もあるからね」

 それは確かに良いアドバイスだった。

 イスルド教に関する書物には、面倒な制限はついていない。伊吹は帰りにもう一度、図書館に寄る事に決めた。

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