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伊吹、調査を開始する 1

 事件の後、3日間、伊吹は保護施設で隔離されていた。

 伊吹だけではない。あの事件に巻き込まれた者は、例外なく全員が保護施設へ送られた。ただし、生きている者に限る。検査、治療、聞き取り調査もろもろの為である。相当の数だった為、ケラス対策本部側の施設も使用されたと聞いた。

 詳しい事は分からない。

 直接教会に入らなかった伊吹とフィオーネは、3日で戻ってこられたが、志真やウィガー達は未だに保護施設の中だ。まだ暫くは戻れ無いらしい。

 隔離という言葉どおり、面会もできない状態だ。その為か、現在施設は民間人の立ち入りを一切禁じてしまっている。異世界人である伊吹にしても、そのくくりは『民間人』だ。職場への立ち入りを禁止されるとか、何だそれ。

(これじゃあ、研究の方も滞る……最悪だ)

 おまけに事件のあらましも、殆ど説明されないままだった。一体、何があったのか。巻き込まれた身としては、説明してもらいたいものだが。


「伊吹さん」


 声を掛けられ顔を上げる。施設の裏口から慌てた様子で出て来るのはフィオーネだ。たったの3日ぶり、だが。心なしか痩せたように見えた。

 掛ける言葉に戸惑っていると、フィオーネが小さく笑んだ。その笑顔も、やはり心なしか力が無い。

「お待たせしました。行きましょう」

 出所の日程が同じだという事で、一緒に帰るように言われているのだ。伊吹は頷き、視線を下にやる。足元では、こてつがトカゲっぽい小さな生物にじゃれついていた。

 遊んでいるだけなら良いが、その内本気で狩モードになられたら困る。いつか聞いた、猫が主人に獲物の内臓を見せに来るという話を思い出した。こてつは猫ではないが。そんな行動をされたら……売ってやる。


「こてつ、行くぞ」


 声を掛けると首を持ち上げて伊吹を見てから、すぐに足からよじ登ってくる。頭にぺたりと張り付いたところで、伊吹は歩き出した。

「イグローブス乗るつもりですけど、良いですか?」

「あ、はい」

 徒歩では2時間もかかってしまう。最初から決めていたが、一応フィオーネの了承を得てからイグローブスの乗り場へと向った。何せフィオーネはあのウィガーの妹、あの倹約家の血を引いているのだ。

 イグローブスは幸い空いていた。

 席が空いていたので、2人並んで座ることになる。腕が触れ合う近さが落ち着かないが、なるべく意識しないように注意した。

 視界の隅にちらちらと、鮮やかなブルーが映りこむ。フィオーネの着る服の色だ。裾が長めのシャツみたいな、ボタン付きのワンピース。白色の半端な丈のズボンに、焦げ茶のブーツ。あの事件があった日と同じ格好だ。嫌でも不安を掻き立てられる。

 着替えを持つ暇も無く施設に入っただから、仕方が無いが。伊吹だって、あの日と同じ格好だ。繰り返しているようで、いい気はしない。


 ただ少し違うのは、フィオーネが長い髪を下ろしているところだろうか。


「イブキさん」

 硬い声で名前を呼ばれ、伊吹はぎくりとした。見すぎだったか。

「今回は本当にすみませんでした」

「…は?」

 てっきり、「じろじろ見るのやめてもらえます?」等、厳しい言葉が来ると身構えていた伊吹は、予想外の謝罪に戸惑った。

「私があんなバイトに誘ったから、イブキさんまで酷い目に」

「……いや、でもフィオーネさんも、まさかあんな事件が起こるとは予測できなかったでしょう。仕方ないですよ」


 正直に言えば。

 誘われなければ、と思ったりもした。だが、流石にフィオーネに怒るのは筋違いだと分かっている。彼女だって、巻き込まれた被害者だ。

「でも……、イブキさん、怪我までして。手、大丈夫ですか?」

 フィオーネの視線は、伊吹の左手に向けられた。

 怪我をした左手は、今は白いゴムのような手袋に包まれている。ゆとりのある手袋の中には、よく分からないが治癒を促進するというゼリー状の薬が入っていた。後2日は外すなと言われている為状態を見る事はできないが、少なくとも痛みは無い。

「大丈夫です。大した怪我でもなかったようですし」

「結構、酷く見えましたけど……」

「見た目だけです。気にしないで下さい」

 本当にまずい火傷の場合は、痛みを感じる神経まで焼けてしまい、痛みも感じない。そう聞いた覚えがある。

 気づかったつもりはなかったが、フィオーネは申し訳なさそうな顔で笑った。

「ありがとうございます。イブキさん……優しいですね」


 耳の後ろがぞわっとした。


 優しいとか、言われたことは無い。それ以上に、自分は決して優しい人間なんかじゃない。嫌っていうほど知っている。

 あの時だってずっと逃げたいって思っていた。自分のせいじゃない、何で自分がこんな目にあうんだとか、そんな事ばかりで。肉親を失うかも知れず、取り乱したフィオーネに苛立ちさえ覚えていたのだ。

 無理だって言う事を、何とかして分からせたかった。

(少なくとも、礼を言われるような行動じゃない)

 しかし、咄嗟のことだったとはいえ、無茶な事をした。下手をしたら、もっと酷い火傷を負っていたかもしれない。

(自分らしくない)

 思い出すと、自分を埋めたいような気持ちになってきて困る。

(忘れよう)

 必死な自分なんて、冷静に思い出すものではない。


 会話が途切れたのを切欠に、伊吹は気になっている事について、考えを巡らせた。

 伊吹は繊細な人間である、そう自負している。

 一瞬見ただけの教会の中での光景が、未だ脳裏に焼きついていて気分が悪い。ほんの一瞬、ほんの一部。ドアの前で折り重なり、ぴくりとも動かない人々。(多分あれは死んでいた)そんな彼らを踏みつけて逃げ出す人々。(皆それぞれ酷い有様だった)

 とても、それ以上中を見る気にはなれなかった。

 勿論、例え中を見る気になっていたとしても、許されなかっただろう。伊吹はただの民間人だ。事件現場への立ち入りは許されない。

 気を揉むフィオーネと共に、大人しく外で待っていた。次々に運び出される怪我人。中には直視できないほどの怪我を負っている者もいた。やがて出てきた志真とアルジャラーは、殆ど無傷で元気そうだった。

 何でも怪我人の救出を助けていたとか。

 彼女のそういう悪運の強さと、行動力と気力には、正直敵わないと思っている。抱きついて泣き出したフィオーネの背中を叩きながら、志真は力無く、それでも何とか笑おうとしていた。

「大丈夫、ウィガーも無事。人、探してる。泣かないで」

 煤汚れた顔。笑おうとして失敗してひきつる頬。正直変な顔だったが、何なく男気溢れるもので。


 思うに、彼女は生まれてくる性別を間違えたのではないだろうか。


 暫くして、慌しく運び出される少女がいた。黒髪で色白の、華奢な少女はジバに乗せられ、多分病院に運ばれたのだろう。一緒に、金髪の少年ユーイが乗っていった。

「あれ、さっきの子だ」

 少女の顔を見た志真が心配そうに言う。

「大丈夫かな……。何かウィガーの知り合いみたいなんだけど」

「ウィガーの?」

「うん。確か……きく…なんとか……キクノだったかな。そう呼んでたよ」


 キクノ?


 菊乃、坂巻菊乃か?

 名前だけは聞いている。伊吹達と共にこの世界に落ちてきた不幸な日本人の、最後の1人だ。本人、なのか?

(何であんなところに)

 伊吹は眉間に皺を寄せた。いくらなんでも、おかしくないか。この酷い事件が起こった場所に、偶然3人もの日本人が居合わせた事になる。

(有り得ない)

 偶然のわけがない。何だか非常に嫌な気分だった。


 あの時に、伊吹は確かに聞いた。「ヴィーダが集まっている」「ってことは、中にいるのは敵対者か」そう、呟かれた言葉を。


 敵対者、よりにもよって敵対者だ。

(どういう事なんだ)

 救出作業は順調に行われた。中に敵対者がいたなら、もっと酷い事になっていた筈。駆けつけたケラスの隊員が、戦闘した様子も無い。

 ただの勘違いで、敵対者はいなかったのか。

 そんな筈は無い。

 我先に逃げ出してきた人々が口々に言っていたのだ。


 中に、女の化物がいる、と。


 それが、敵対者だったとしたら、そいつは何処へ行ったのだろう。

 答えが出ないまま、イグローブスは駅についた。

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