第一期 第七話 「夏祭り、浴衣の君」
八月最初の土曜日。
大阪の空には、朝から眩しいほどの青空が広がっていた。
今日はサークル「オタクっ子集まれ」の夏イベント。
メンバー全員で花火大会へ行く日だった。
グループチャットには朝から通知が鳴り続けている。
タクミ
「屋台全部制覇する!」
リク
「花火より焼きそば!」
ミヤビ
「今日は浴衣で行きます♪」
その一文を見て、ユウキは思わずスマートフォンを見つめた。
(浴衣……。)
少しだけ胸が高鳴る。
夕方。
待ち合わせ場所の難波駅前には、多くの人が集まっていた。
浴衣姿の人たちが行き交い、夏祭りらしい賑やかな雰囲気に包まれている。
「課長!」
タクミが手を振る。
「今日は私服なんですね。」
「休日までスーツは着ないよ。」
笑いながら話していると、メンバーが次々と集まり始めた。
そして最後に――。
「お待たせしました。」
振り返ったユウキは、一瞬言葉を失った。
淡い水色の浴衣。
白い朝顔の柄。
髪はいつもより少し高い位置でまとめられ、小さな髪飾りが夏の風に揺れている。
ミヤビだった。
「どうでしょう……?」
少し恥ずかしそうに尋ねる。
「……すごく似合っています。」
ユウキは素直に答えた。
「本当ですか?」
「はい。」
「ありがとうございます。」
ミヤビは照れながら笑った。
その笑顔に、ユウキは思わず見とれてしまう。
会場へ向かう道中。
屋台が並び、甘い綿菓子の香りや焼きそばの匂いが漂ってくる。
「まず何食べます?」
誰かが言うと、
「たこ焼き!」
「かき氷!」
「焼き鳥!」
意見がばらばらで、みんな笑い出す。
「じゃあ自由行動にしよう!」
タクミの提案で、二時間後に花火会場で再集合することになった。
気づけば。
ユウキとミヤビは自然と二人で歩いていた。
「何か食べますか?」
「たこ焼きが食べたいです。」
「大阪ですからね。」
二人は屋台でたこ焼きを買い、近くのベンチへ座る。
「あつっ。」
ミヤビが小さく声を上げる。
「大丈夫ですか?」
「猫舌なんです。」
少し頬を膨らませる姿が可愛らしく、ユウキは思わず笑ってしまった。
「笑いましたね。」
「すみません。」
「もう。」
ミヤビも笑い出す。
二人の間には、以前のようなぎこちなさはほとんどなくなっていた。
射的の屋台の前。
「やってみます?」
ユウキが尋ねる。
「実は苦手なんです。」
「じゃあ挑戦します。」
ユウキは銃を構える。
一発目。
外れ。
二発目。
惜しい。
三発目。
景品の小さなアニメキャラクターのキーホルダーが倒れた。
「やった!」
ミヤビが嬉しそうに拍手する。
「これ。」
ユウキは景品を差し出した。
「え?」
「記念です。」
「いいんですか?」
「もちろん。」
ミヤビは両手で大切そうに受け取る。
「ありがとうございます。」
その笑顔は、花火にも負けないくらい眩しかった。
やがて夜空に最初の花火が打ち上がる。
ドーン――。
大きな音とともに色鮮やかな花が咲いた。
「綺麗……。」
ミヤビが空を見上げる。
花火の光が横顔を優しく照らしていた。
ユウキは花火よりも、その横顔に見とれてしまう。
「ユウキさん?」
「え?」
「花火、見てます?」
「もちろん。」
少し慌てるユウキ。
ミヤビはくすっと笑った。
その時だった。
人混みに押され、ミヤビが少しだけよろける。
「きゃっ。」
ユウキは反射的に彼女の手を支えた。
「大丈夫ですか?」
「はい。」
二人の手が触れ合う。
一瞬だけ。
けれど、その温もりははっきりと伝わってきた。
ミヤビは少し頬を赤く染める。
「ありがとうございます。」
「人が多いですから。」
「……。」
しばらく二人とも何も話さなかった。
花火の音だけが夜空に響いていた。
帰り道。
サークルのみんなと駅へ向かう。
「今日は楽しかった!」
「また来年も来よう!」
みんな笑顔だった。
改札前で解散し、ユウキとミヤビも帰る方向が同じだった。
「今日はありがとうございました。」
「こちらこそ。」
少し歩いたあと、ミヤビが小さな声で言う。
「今日、一つ嬉しかったことがあるんです。」
「何ですか?」
「浴衣、似合うって言ってくれたことです。」
ユウキは少し照れながら笑う。
「本当に思ったことですから。」
「……嬉しかったです。」
二人は目を合わせて笑う。
その笑顔には、以前よりも少しだけ照れくささが混じっていた。
帰宅したユウキは、今日撮った写真を見返していた。
サークルのみんなとの集合写真。
屋台。
花火。
そして、浴衣姿のミヤビ。
(今日も楽しかった。)
画面を閉じても、その笑顔が頭から離れない。
一方、ミヤビもベッドの上でキーホルダーを眺めながら微笑んでいた。
「大切にしよう。」
射的で取ってくれた、小さなプレゼント。
それは彼女にとって、夏祭りの一番の思い出になっていた。
二人とも、まだ「好き」という言葉を口にはしない。
けれど、その想いは確実に恋へと育ち始めていた。
次回予告 第八話「二人きりの水族館」
夏祭りから数日後。ミヤビは「ずっと行きたかった場所があるんです」とユウキを水族館へ誘う。ゆったりと泳ぐ魚たちを眺めながら、お互いの子どもの頃の思い出や将来の夢を語り合う二人。何気ない会話の中で、相手の存在が自分にとって特別なものになり始めていることを、それぞれが少しずつ意識し始める。




