第一期 第六話 「初めての手料理」
日曜日の昼。
ユウキは難波駅近くの改札前でミヤビを待っていた。
今日は傘を返す約束の日。
ただ、それだけの予定だった。
「お待たせしました。」
優しい声に振り向く。
ミヤビは淡いクリーム色のブラウスに、紺色のロングスカートという落ち着いた服装だった。
その手には、小さな紙袋が提げられている。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
ユウキは傘を差し出した。
「ありがとうございました。」
「ちゃんと返していただけて安心しました。」
ミヤビはくすっと笑う。
「それと……」
紙袋を少し持ち上げた。
「お礼を作ってきたんです。」
「え?」
「クッキーです。」
「わざわざ?」
「助けてもらったお礼ですから。」
ユウキは少し恐縮しながら受け取った。
「ありがとうございます。」
「喜んでもらえると嬉しいです。」
二人は近くの公園でベンチに座り、少し話をすることにした。
「実は……」
ミヤビは少し困ったように笑う。
「クッキーを作る予定だったんですが。」
「予定?」
「途中で失敗しちゃって。」
「え?」
「焦げちゃいました。」
二人は思わず笑ってしまう。
「これは二回目に作ったやつなんです。」
「そんな裏話が。」
「料理は好きなんですけど、お菓子作りはまだまだで。」
ユウキも苦笑する。
「俺なんて料理自体ほとんどしませんよ。」
「普段は?」
「仕事帰りは外食かスーパーのお惣菜ですね。」
「栄養、大丈夫ですか?」
「……耳が痛いです。」
ミヤビは少し考え込むような表情を見せた。
「それなら。」
「?」
「今日、一緒に料理しませんか?」
「え?」
「簡単な家庭料理なら教えられます。」
突然の提案だった。
「でも、どこで?」
「ユウキさんのお家で。」
「えっ?」
ユウキは一瞬固まる。
女性を自宅に招くなんて、何年ぶりだろう。
いや、ほとんど記憶にない。
そんなユウキの様子を見て、ミヤビも慌てて手を振った。
「あっ、ごめんなさい! 変な意味じゃなくて!」
「いえ、大丈夫です。」
ユウキは少し照れながら笑う。
「掃除は……してあります。」
「ふふっ。」
二人は顔を見合わせて笑った。
一時間後。
ユウキのマンション。
「お邪魔します。」
「どうぞ。」
ミヤビは部屋を見回し、小さく感心した。
「すごく綺麗ですね。」
「週末だけは掃除してるので。」
「本棚……。」
そこにはアニメのBlu-rayやライトノベルがきれいに並んでいた。
「すごいコレクション。」
「気づいたら増えてました。」
「私も似たようなものです。」
また笑い合う。
二人は近くのスーパーで買った食材をキッチンへ並べた。
「今日は肉じゃがを作りましょう。」
「定番ですね。」
「難しそうに見えて意外と簡単ですよ。」
ミヤビは包丁を持つ。
「まずはじゃがいもを……」
「こうですか?」
「そうです。」
ユウキは慣れない手つきで野菜を切る。
「危ない危ない。」
「営業より難しいですね。」
「ふふっ。」
ミヤビは楽しそうに笑った。
煮込み時間。
二人はキッチンのカウンターで並んで座る。
部屋には優しいだしの香りが広がっていた。
「こういう休日もいいですね。」
ミヤビがぽつりと言う。
「そうですね。」
「一人で料理するより楽しいです。」
「俺もです。」
自然な会話。
自然な空気。
沈黙すら心地よかった。
完成した肉じゃがを食卓へ並べる。
「いただきます。」
「いただきます。」
一口食べる。
「……美味しい。」
ユウキは思わず笑顔になる。
「本当ですか?」
「本当に。」
「自分で作った料理って、こんなに美味しいんですね。」
「一緒に作ったからですよ。」
その言葉に、ユウキは少し照れた。
食後。
二人で食器を洗い終え、ソファでお茶を飲む。
ふと壁に飾ってあるアニメ映画のポスターを見つけたミヤビが笑う。
「この作品、本当に好きなんですね。」
「何回観たか分からないくらいです。」
「今度、一緒に見ませんか?」
「家で?」
「はい。」
「映画鑑賞会。」
ユウキは少し驚いたあと、嬉しそうに笑った。
「ぜひ。」
「ポップコーンも作りましょう。」
「いいですね。」
二人はまた笑い合う。
夕方。
マンションの前までミヤビを見送る。
「今日はありがとうございました。」
「こちらこそ。」
「また料理しましょう。」
「今度はユウキさんがメインで。」
「それは修行が必要ですね。」
「私が先生になります。」
二人は笑顔で手を振り合った。
部屋へ戻ったユウキは、まだ残るだしの香りを感じながらキッチンを眺めた。
数か月前まで、この部屋は仕事から帰って寝るだけの場所だった。
しかし今は違う。
誰かと笑い、料理を作り、食卓を囲んだ記憶が、この部屋に温もりを与えていた。
(また、来てほしいな。)
その思いは、もう「趣味の友達」という言葉だけでは収まりきらなくなっていた。
一方、帰宅したミヤビも今日撮った料理の写真を見返しながら、優しく微笑む。
「ユウキさんといると……自然体でいられる。」
その想いは、少しずつ恋へと変わり始めていた。
次回予告 第七話「夏祭り、浴衣の君」
夏祭りの日、サークル「オタクっ子集まれ」のメンバーで花火大会へ出かけることに。浴衣姿のミヤビに思わず見とれるユウキ。一方のミヤビも、いつもとは違うユウキの頼もしい一面に胸をときめかせる。夏の夜空に咲く花火とともに、二人の恋心が大きく動き始める。




