第95話:激突 その5
一匹のコボルト・スクラッパーが、音もなく跳躍した。
レーヴァの一撃を運よく躱して、身を潜めていたのだ。
鋭い槍の穂先が、無防備なレーヴァの首筋へと真っ直ぐに突き出される。
「レーヴァ殿!危ないッ!」
ドーザが叫び、間合いを詰めようとするが、距離が遠すぎた。
間に合わない。
誰もが、最悪の結末を予想した。
彼女の首に、槍が突き刺さる——。
しかし、その惨劇が起こる事は無かった。
「……ギャ?」
コボルトが、奇妙な声を漏らす。
突き刺す姿勢のまま、コボルトの体がピタリと空中に静止していたのだ。
「!?」
ドーザが目を凝らす。
突き刺さるはずだった槍の刃。
それを、巨大な手が鷲掴みにしていた。
肘までを覆う、荘厳な装飾が施された分厚いガントレット。
それが、コボルトが体重を乗せて放った一撃を、まるで小枝でもつまむかのように軽々と受け止めていた。
ウルノラだった。
ウルノラはそのままガントレットに力を込める。
ギリッ……グキンッ!
嫌な金属音が響く。
鉄で作られているはずの槍の刃が、まるで紙くずのように潰されたのだ。
「い、いつの間にあそこまで移動したんだ……!?」
ドーザは信じられない思いで呟いた。
つい一瞬前まで、ウルノラは大穴の開いた防壁の前にいたはずだ。
そこからレーヴァのいる前線までは、数十メートルの距離がある。
それを、一足飛びにやってきたのだ。
あのガントレットの能力か?
それにしても、常軌を逸したスピードだ。
「よそ見をしている余裕はないぞ、聖女殿」
ウルノラは低く呟くと、槍を掴んでいない反対の腕を軽く振るった。
ただの裏拳。
しかし、大気を叩き潰すような風圧を伴った一撃。
それがコボルトの顔面に直撃した。
同時に「パンッ」という風船が破裂するような音がした。
首なしの死体が、ドサリと地面に落ちる。
「後は任せたぜ」
レーヴァはウルノラがくる事を予想していたように振り返ることもなく、ヒラヒラと手を振りながら防壁の方へ歩いていく。
ウルノラは苦笑しながら、無数の魔物がひしめくスタンピードの方向へと向き直った。
「ちっ!化物どもが…。今に見てやがれ!」
ガボンが地面に唾を吐き捨て、レーヴァとウルノラを睨みつける。
そして、戦斧を構え直して再び魔物の群れへと突撃していった。
ドーザもすぐに前線へと駆け上がり、ウルノラに向かって叫んだ。
「ウルノラ殿、助かった!貴殿のおかげで、皆の士気が完全に戻ったぞ!」
「ドーザ殿か。だが、まだまだ先は長い。油断は禁物だ、よろしく頼むぞ!」
ウルノラとドーザ。
二人の実力者が並び立ち、一気に前線を押し上げていく。
「ギルマスに続けぇぇっ!!」
「俺たちも行くぞ!」
怪我が浅い冒険者たちも、その背中に呼応するように一斉に武器を掲げ、前線へと躍り出た。
地上部隊の連携が噛み合い始め、魔物の波を押し返し始める。
このままいけば、スタンピードを切り抜けられる。
誰もがそう思い始めた、その時だった。
地平線の空に、小さな穴が空く。
一つ。また一つ。
ポツリ、ポツリと現れた穴は、次第に数を増し、大きくなってくる。
明らかに、地上の魔物とは違う動き。
それは、地平線より遥か高い位置を滑るように動いていた。
戦況を見下ろしていたキーニルが、目を見開いた。
「……きたわ!」
彼女はすぐに防壁の端へと駆け寄り、風魔法で自らの声を増幅させ、戦場全体へ向けて警告の声を張り上げた。
「上空に多数の影を確認!!飛行系の魔物が来るわよ!!」
その声は、熱狂を取り戻しかけていた戦場に、冷や水を浴びせた。
「くそっ!やっぱりきやがったか!」
オークの首を斧で刎ね飛ばしながら、ガボンが苛立ちを隠せない声を上げる。
「今頃!?なんでこんな組織だった行動してるんだよ、こいつら!」
「空を飛ぶやつなんか、来なければいいなってずっと祈ってたのによぉ!」
「お、おい……ド、ドラゴンとか、そういうヤバいのは来てないよな!?」
ようやく前線を押し上げた時に空からの攻撃が加われば、また乱戦になる事は必然だった。
冒険者たちが空を見上げ、困惑と恐怖の声を上げる。
「遠距離攻撃が出来る者は、一旦後方に引け!防壁上のキーニル達と合流し、上空の敵を迎撃しろ!!」
ウルノラが瞬時に状況を判断し、的確な指示を飛ばす。
そのおかげで冒険者たちが必要以上に混乱する事はなかった。
「ウルノラ殿はどうするつもりだ!?」
ドーザが、迫り来る魔物を剣で斬り伏せながら聞き返す。
「俺は、この場で地上と上空、両方に対処する!」
「なんと……。承知した!私は遠距離攻撃を持たん。ならば、このまま前線を維持する!」
ドーザは迷うことなく地上で乱戦に残ることを選んだ。
ガボンもまた、空への迎撃は魔法使いに任せ、眼前の魔物を狩り続ける姿勢を見せていた。
地上から押し寄せ続ける無数の魔物。
そして、上空から飛来する未知の脅威。
疲労も蓄積し始めている冒険者達。
ここからが本当の正念場だった。
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次回、第96話は【最前線の行方】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




