第90話:防壁の上からの戦い その2
たきびのゴーレムの壁をすり抜け、町に向かう魔物たち。
壁の上から、キーニル達が攻撃を開始した。
増え続ける的に、キーニルの魔法が炸裂する。
「イグラ・フリア。アエトラ・ゾル・リミタ・トランセンド、ルベア・ヴォラサ!(大気を揺るがす赫怒の花よ。臨界を越え、全てを飲み込む赤き顎となれ!)」
彼女の杖の先端に、周囲の魔力が凄まじい勢いで収束していく。
空気が熱を帯び、チリチリと静電気が弾けるような音が鳴る。
そして、彼女は鋭い視線を敵の密集地帯へと向けた。
「――咲け、クリムゾン・デトネーション!!」
放たれた魔力が、クレバスの左右に二箇所、地上を走る魔物たちの眼前に着弾する。
次の瞬間——
土煙を突き破るようにして、巨大な深紅の魔法陣が展開された。
地面がグツグツと沸騰し、そこから巨大な炎の塊が、いくつもせり出してくる。
それは高さ5メートルにも達した。
禍々しくも美しい、炎の植物の立像。
その先端には巨大な炎の蕾が頭を垂れている。
魔物たちがその異常な熱量に気づき、足を止めようとした時には、もう遅かった。
一斉に、美しい巨大な炎の花が開花する。
同時に、目を開けていられない程の熱波が周囲を襲う。
そして、炎で作られた分厚い花びらが散り、地面に触れた瞬間――。
ドッゴォォォォォンッ!!!
鼓膜を破るような轟音とともに、凄まじい連鎖爆発が巻き起こった。
周囲の酸素を一気に奪い尽くすほどの、爆発的な燃焼。
急激な熱膨張による、物理的な破壊力を伴う衝撃波。
炎の暴風が、素早いコボルトや重戦車のようなライノやオークの群れを、まとめて空高く跳ね飛ばす。
炭化した肉片と鎧の残骸が宙を舞う。
その間にも、炎の植物は再び蕾を作り出し、爆発の花びらを撒き散らし続けた。
「す、すげえ……!炎の第三階梯魔法か!?さすがはキーニルだ!」
「なんてえげつない魔法を使いやがる!でもそのおかげで、しばらく足止めができるぞ!」
「俺たちも負けてられないな!一発デカい魔法をぶち込んでやる!」
触発された他のスペルキャスターたちも、我先にと大魔法の詠唱を始めようとする。
「待って!!」
あまりに強い語気に、魔導士たちの動きがピタリと止まる。
「どうしたんだ、キーニル?今が畳み掛けるチャンスだろ!」
士気の高さは喜ぶべき事だが、キーニルは初めから違和感を感じていた。
「……来るはずの魔物が、まだ来ていないのよ」
「……来ていない魔物?」
周囲の冒険者たちが、怪訝な顔を見合わせる。
キーニルが杖で空を指した。
「飛行系の魔物よ」
キーニルの指摘に、彼らの熱狂は急激に冷めていった。
「通常、機動力のある飛行系の魔物が偵察を兼ねて、一番最初に突っ込んでくるのが定石でしょう?」
「言われてみれば…」
「空の魔物にはラマ・アガールの影響が無かった、とか?」
「それは無い。範囲は立体的なはずだ。しかもあの森には飛行系の魔物は結構な数がいる」
どう問答しても、キーニルの反対意見を出せる者はいなかった。
「でも、さっきから地上を這いずり回る連中しか見ていないわ!」
彼女の言う通りだった。
空を見上げても、黒い雲と土煙が渦巻いているだけだ。
羽音の一つも確認できない。
その場にいた全員の顔が、みるみる引きつり始める。
あれだけ大規模な群れなのに、飛行系がいない……どうして?
キーニルは思考をフル回転させる。
魔法の連打で一網打尽にされるのを防ぐため、あえて後方に待機させている?
乱戦に突入してからしかけてくるため?
もしそうなら、防衛側にとっては致命的な打撃になりかねない!
だが、知能の低い魔物同士で、そんな高度な戦術が取れるはずは……。
「……統率している『誰か』がいる?」
背筋が凍ったかのように強張る。
まるで、見えない巨大な迷路に足を踏み入れてしまったかのような、薄気味悪い感覚。
キーニルは強く首を振り、凝り固まりそうな疑念を振り払った。
決めつけると、足元を掬われる。
今は、目の前の防衛に集中すべきだ。
彼女は自分にも言い聞かせるように、指示を出した。
「いいこと! 飛行系の魔物は必ず来るわ! だから防壁の上の私たちは、絶対に空への警戒を解かないで!」
キーニルの鋭い声が、焦る魔法使いたちの意識を引き戻す。
「地上の残党は下の前衛に任せなさい! 上空からの奇襲に備えて、魔力はできるだけ温存しておくのよ!」
「わ、わかった!」
「……そういうことなら、下手に無駄撃ちはできねぇな」
スペルキャスターやレンジャー達が次々と杖や武器を下ろしていく。
眼下では、キーニルが作り出した炎の地獄から、全身を焼かれた魔物たちが次々と這い出してくる。
彼らは空への警戒を保ちつつ、防壁に近づかせないよう、最低限の魔力や矢で攻撃をし続けた。
だが、やはりそれだけでは、数の暴力の前には焼け石に水だった。
生き残った魔物たちが、焦げた大地を踏み越える。
爆発の合間を縫って、次々に防壁の足元へと肉薄し始めていた。
「来るぞ!俺たちで食い止める!」
「構えろォ!!」
防壁の下、門の前に陣取った近接部隊の怒号が響く。
その最前列には、目を血走らせたガボンの姿があった。
「開門!」
ギギギギギギギギッ……!!
金属をこすり合わせるような、腹の底に響く轟音が鳴り響く。
土煙の向こうから迫り来る魔物たちを迎え撃つべく、西の重厚な門が、ゆっくりと開かれ始めた。
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次回、第91話は【激突 その1】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




