第87話:開戦
決戦の場に集まる冒険者たち。
緊迫した空気の中、ガボンやキーニル、ウルノラ、レーヴァ、ドーザなども続々と集まってきた。
そして、告げられるスタンピードの接近。
たきびは、最前線でゴーレムを錬成し始める。
◆
スタンピード確認の一報により、防衛体制に入った冒険者たちが各々の持ち場へ陣取った。
地平線から、どす黒い砂煙が立ち上り始める。
数千に及ぶ魔物どもが巻き起こす、死の旋風。
大地を削り、樹木をなぎ倒し、立ちふさがるあらゆる命を蹂躙しながら肉薄する絶望の群れ。
防壁で武器を握る冒険者たちが、揃って息を呑んだ。
覚悟で抑さえつけたはずの、恐怖が這い上がってくる。
盾を構える腕は微かに震え、握り締めた武器に指が白く食い込んでいた。
防壁の最前線には、ギルドマスターのウルノラを筆頭に、重騎士ドーザ、聖女レーヴァといった町の防衛を担う者達が揃っていた。
回復要員であるレーヴァは、本来後方で待機しているはずだった
しかし、彼女はどうしても最前線に立つ少年が気になり、壁の上から身を乗り出すようにして眼下を見つめていた。
「いよいよだ……」
誰かの乾いた呟きが、張り詰めた空気をさらにひりつかせる。
その殺気立つ防壁の真下。
城門の外側に、ただ一人、スタンピードに向かい静かに歩を進める影があった。
スパウンの少年──たきびである。
「おい、出てきたぞ」
「てっきり、土壇場で逃げ出すと思ってたが……」
「本当にあんなガキ一人で大丈夫なのかよ……」
テレスタリアの【真偽眼】による証明すら、彼らの不信を拭いきれない。
魔力を持たないスパウンの少年が、数千の魔物を討つゴーレムを創れるのか。
その実力を心底信じているのは、ドーザやレーヴァらごく一部だけだった。
静まり返る視線の中、たきびの足がピタリと止まった。
彼は腰の革袋にゆっくりと手を差し込むと、無造作に何かを取り出した。
鈍い金属の光沢を放つ残骸──スタンピードを引き起こした元凶である魔道具、ラマ・アガールの破片だ。
たきびはその残骸を逆手に持ち、迷いなく地面へ突き刺した。
鈍い音とともに、硬質な土へ金属片がめり込む。
直後、見守る冒険者たちが目を疑うような現象が起きた。
突き刺された破片が、まるで底なしの泥沼に呑み込まれるかのように、ジワジワと地中へ沈み込んでいったのだ。
そして数秒と経たずに、その不気味な魔力の気配すら完全に消失した。
「!!……嘘でしょ、本当に地中に吸われた……!?魔力の反応が消えたわ!?」
防壁の上で待機していた魔導士キーニルが、杖を強く握り締めながら驚愕の声を上げる。
──その直後だった。
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
巨大な防壁そのものを揺らすような、重低音が大地から響き始めた。
「な、なんだ!?」
冒険者たちが慌てて体勢を低くした。
同時に、荒野の地面がボコボコと不気味に隆起していく。
ただの土塊ではない。
見えざる磁力に引かれるように、土と岩が密集していく。
大地そのものが意思を持ったかのように、急速に一つの『人型』を形成していく。
「あ……あ……」
壁の上の誰もが、声にならない戦慄を漏らした。
大人の二倍はあろう、土と岩の巨躯。
それらが極限まで高密度に噛み合い、一滴の水すら通さぬ強固な装甲を形成していった。
大木の幹よりも太く、あらゆるものを容易く叩き潰しそうな双巨腕。
一歩踏みしめるだけで、砂煙を舞い上げる暴力的なまでの質量。
円筒形の頭部には目も口もなく、一切の『感情』が存在しない。
ただ顔の中央を、横一文字に走る漆黒の窪みがあるだけだ。
その暗がりの奥で──チカッ、と二つの無機質な赤い眼光が灯った。
恐怖も痛みも感じない。
命じられるまま敵を粉砕する、純粋な破壊兵器。
それこそが、今回たきびが錬成したマッド・ゴーレムであった。
だが、冒険者たちの受ける衝撃は、それだけでは終わらなかった。
ズゴゴゴゴォォォッ!!
一体目の隣で、再び大地が爆発するように隆起する。
常識を超えるように、その隣でも。さらにその隣でも。
十、数十、数百、数千──。
次から次へと規格外の巨躯が、大地の胎動とともに産み落とされていく。
スタンピードの脅威は目前に迫っていた。
しかし、それ以上に眼下で繰り広げられる、常軌を逸した異景。
冒険者たちは、完全に心を奪われていた。
手にしていた武器をカラン、と石畳に落としてしまう者までいる。
「う、うそだろ……」
「なんだよあれ……全部あのスパウンが作ってるっていうのか!?」
「デタラメだ……いくらなんでもデタラメすぎるだろ……!」
魔力を持たない者が、これほどの質量を錬成するなどあり得ない。
彼らの常識を根底から打ち砕く、圧倒的な現実。
目の前に立つ少年の得体の知れない存在感。
それは魔物への恐怖を超え、畏怖に塗り替えられていった。
「なっ……!?」
その圧倒的な軍勢を見下ろし、ギルドマスターのウルノラでさえ言葉を失って立ち尽くしている。
たきびの規格外の力を知っていたはずのドーザやレーヴァでさえ、顔の引きつりを隠すことができなかった。
「は……はは。あいつ、本当にとんでもねぇな……!」
レーヴァは背筋に寒気を感じながら、乾いた笑いを漏らした。
もし、あの少年が自分たちの『敵』として立ちはだかっていたら──。
今この瞬間、彼が『味方』として前線に立ってくれていることに、彼女は心底、安堵を抱かずにはいられなかった。
◆
『マスター。現在、四千体ほどの錬成が完了しました』
脳内に響くアカシャの冷静な報告。
俺は小さく息を吐き出した。
四千体か。まあ、良い頃合いだな。
『まだ錬成可能ですが?』
「いや、これ以上はやめておこう」
もし五千の魔物を一匹残らず全滅させてしまったら、あとで何を言われるか、分かったもんじゃない。
俺は苦笑しながら首を振った。
「それにしても……さすがにこれだけ出すと、疲れるな」
大きく息を吐き出しながら、眼前に広がる自らの軍隊を見渡す。
大地を埋め尽くす、巨大なマッド・ゴーレムの陣形。
家屋ほどの巨躯が、ただ静かに刻を待っていた。
「……壮観だな」
俺は思わず口元を緩めた。
これだけのゴーレム軍勢を前にして、胸が高鳴らない男がいるはずもない。
まさにゴーレムマスター冥利に尽きるというものだ!
『「男の子って、こういうの好きだよね」とツッコミを入れた方がよろしいですか?』
そこは黙って共感してくれよ!
上機嫌でアカシャのドライなツッコミを打ち返す。
『はぁ……。なお、ゴーレムの大量錬成によって生じた巨大な陥没跡は、空堀として活用しますか?』
「そうしよう。水を入れるのもだるいしな」
俺の足元から最前線のゴーレム部隊へかけて刻まれた、深く巨大なクレバス。
万が一ゴーレムの防護網をすり抜けてくるやつがいるとしても、この深淵が第二の壁として機能してくれるはずだ。
ズズンッ……ズズンッ……!!
地面の振動が、いよいよ全身を揺らすほど大きくなってきた。
『スタンピード先頭集団との接触まで、残り一キロメートル』
アカシャのアナウンス。
舞い上がる土煙の奥から、醜悪な魔物の群れが姿を現した。
狂気に目を染め、町へ一心不乱に突進する絶望の津波。
俺は深く息を吸い込み、胸の奥に溜まった空気を一気に吐き出した。
恐怖はない。
やるべきことをやるだけだ。
俺は左腕を天高く突き上げる。
そして、四千体の兵に向けて、腹の底から声を張り上げた。
「──蹴散らせ!!」
横一文字の窪みの奥に潜む、無機質な赤い眼光が一斉に灼熱の光を放った。
ドゴォォォォンッ!!
大地を叩き割るような重低音。
四千の巨躯が、一斉に前傾姿勢をとって猛然と突撃を開始する。
大地が悲鳴を上げ、凄惨な衝撃波が吹き荒れる。
──防衛戦の火蓋が、ついに切られた。
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次回、第88話は【スタンピードの最前線】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




