第79話:ゼロ・リアクション・ゴーレム
レギオンを作り出したのがネクロマンサーだと知ったたきびは強い憤りを感じる。
レヴナントの倒し方をドーザさんから聞き、首を切り落とすものの、レギオンは再生を繰り返す。
そんな中、レギオンの体中の口が、再度詠唱を始めたのだった。
レギオンは、すべての準備が完了したと言わんばかりの凶悪なプレッシャーを放っていた。
赤黒い肉塊の丸太のような両腕で、巨大ゴーレムの両肩をガッチリと固定する。
「来る……!」
壁際で倒れ伏すドーザさんが、痛みに顔を歪めながら両腕を交差させる。
圧倒的な熱量と衝撃波がホール全体を飲み込む。
──はずだった。
数秒が経過しても、爆風も炸裂音も襲ってこない。
ドーザさんが、恐る恐る掲げていた腕を下ろしたのが見えた。
ホールに響くのは、レギオンがゴーレムの肩を力任せに押さえつける、ミシミシという肉と石の軋み音だけ。
時間が停止したかのような静寂の中、天井から落ちた小さな礫の音がやけに高く響き渡った。
「ど、どういうことだ……!?何が起きている!?」
ドーザさんの上ずった声が虚空に消える。
俺には見えないが、レギオンの背後には、たしかに数十の多重魔法陣が展開されている、はずだ。
だが、そこから火花ひとつ発現する気配がない。
無数の魔法陣を背負った数トンの肉塊が、巨大ゴーレムの両肩にそっと手を置いているだけの、ひどく間抜けな光景。
殺し合いの最中だというのに、まるで旧友と記念撮影でもしているかのようだった。
『検証、成功ですね』
脳内に響くアカシャの声に、かすかな誇らしさが混じる。
ああ、完璧だ!
不発に終わった魔法攻撃。
レギオンは無数の濁った眼球をギョロギョロと動かして混乱している。
異形の怪物すら理解不能な現象を前に、俺はニヤリと口角を上げた。
その瞬間──。
ドンッ!!!
空気を叩き割るような爆音がホールを揺らした。
巨大ゴーレムの放った渾身の右ストレートが、無防備なレギオンの顔面を正確に捉え、異形の頭部を木っ端微塵に破裂させたのだ。
ブシャアッ!と赤黒い体液が散らばる中、追撃の前蹴りが巨体の胴体に深くめり込む。
ズガァァァンッ!
強烈な衝撃波と共に、レギオンは弾丸のような速度で後方へ吹き飛んだ。
分厚い石壁を容易くぶち抜き、何もかも吸い込むような風穴を開けて、建物の外へと転がり去っていく。
『名付けるなら──「ゼロ・リアクション・ゴーレム」といったところでしょうか』
いいね!かっこいい!
略して『ゼロ』と呼ぼうかな。
レギオンの多重詠唱が不発に終わった理由──。
それは、レギオンの全身を透明な気体ゴーレムの薄膜で密閉したからだ。
気体の名は『アルゴン』。
前世の地球で、大気中にわずか0.93%しか存在しない物質。
しかし、フィラメントやワイン、醤油などを長持ちさせる為の保存用充填ガスとして、一般的に使われていた。
そのアルゴンが、こっちの世界でも同様に存在していたのだ。
アルゴンの最大の特性は、極めて高い不活性――他の物質を徹底的に拒む性質にある。
魔力による現象化も科学反応の一種。
そう仮定するなら、『反応しない気体』で遮断すれば、発現前の魔力反応そのものを不発に追い込めるはず。
アカシャの解析によるその仮説が、見事に証明された。
『検証で分かりましたが、すでに飛来する火球など、現象化した魔法は防げません。あくまで事象が起きる「前」や「繋がり」の魔力反応を阻害する効果に限られます』
なるほど。
実体化した攻撃は防げないが、発動前の魔法や、周囲で作用し続ける、バフ・デバフの類なら一瞬で無力化できるわけだ。
だが、ここで一つ疑問が浮かぶ。
なぁ、アカシャ。
魔法が封じられたのに、なんでレギオンの動き自体は止まらないんだ?
ネクロマンサーの操り人形なら、その魔力の繋がりも遮断できるんじゃないのか?
『術式が体内で完全に独立・自動稼働しているためと推測。外部からの魔力操作に依存していないのであれば辻褄が合います』
遠隔操作じゃなく、完全自律型のプログラムをどこかに埋め込んでいるってことかよ!
『かなりの実力があるネクロマンサーかと』
……高度な術式を組める力があるのに、こんな事に使いやがって。
再度、ネットゲームの彼が語った言葉を思い出し、俺は奥歯を強く噛み締めた。
『このアルゴンですが、自力生成が現状困難なため、大気から少しずつ抽出してストックするしかありません』
ああ。それは仕方ないな。
それでも、魔法至上主義のこの世界で『発動そのものを殺せる』手札ができたのはデカい。
戦術の幅が一気に広がるぞ!
「たきび殿……なぜ、このような状況で笑っておられるのだ……。まさか、レギオンの魔法が発動しない事と関係が……!?」
おっと。
検証の成功に夢中で、ニヤケ顔をドーザさんに見られていたらしい。
俺は咳払いをして、表情を取り繕う。
「はい。俺がここにいる限り、あの化け物はもう魔法を撃てません」
自信満々に胸を張ると、ドーザさんは壁に背をあずけたまま、呆れたように目を細めた。
「魔法の発動を無効化しているとは……。また常識外れのおかしなことをやられたのだな」
「おかしなことって何ですか!失礼な!」
「ふ、ふふ……」
俺がツッコミを入れると、ドーザさんは可笑しそうに肩を揺らした。
──が、直後。
「ガハッ……!?」
激しく咳き込み、口からべっとりと大量の血を噴き出した。
「うわあああ!?ドーザさん!笑わないで大人しくしててください!」
血の気が引く。
俺のツッコミで笑って死んだなんてことになったら、姪のテレスタリアさんに絶対に殺される!
大慌てで駆け寄ろうとした、その時だった。
『たきび!ギルドマスターが話を聞いてくれるそうだ!』
通信越しにレーヴァさんの力強い声が届く。
最高の吉報だ!
「テレスタリアさん!そっちの説明はそのまま任せてもいいですか!?」
『えっ?あ、はい!お任せください!』
頼もしい返事を確認し、俺は間髪入れずに次の指示を出した。
今、この場に最も必要なのは──現役の聖女だ。
「レーヴァさん!絶対にそこから動かないで!!」
『何を…あっ!お前また!ちょ、まっ──』
言い終わる前に、シフトチェンジを強行する。
次の瞬間──
口を大きく開けたまま、椅子から立ち上がろうとして中腰になった体勢のレーヴァさんが、俺の目の前に空間を跳躍して現れた。
「て……!?」
「……待ってました、聖女様!」
変なポーズのまま固まり、顔を急速に赤くしていく元Aランク冒険者の姿を、俺は一生忘れないだろう。
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次回、第80話は【寿命が10年は延びた気がする】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




