第77話:死んだ人の願いを叶える職業だから
状況を聞こうとしたたきびだが、レギオンが放つ魔法攻撃の嵐の対応に追われ、肝心な事が何も聞けない。
苛立つたきびの前に、レギオンがその姿を再度表す。
「あの化け物はいったい何なんですか?」
俺は隣に立つドーザさんに問いかけた。
「あれは恐らくレギオンだ。同種の魔物が魔力で寄り集まり、一つの巨大な個体として稼働している」
え?個体が突然集合体になったりするの?!こわ!
「集合体……ですか」
「問題は、あのレギオンを構成している肉体が……全て『レヴナント』だということだ」
聞き慣れない単語に俺が眉をひそめると、すかさず脳内でアカシャの補足が入る。
『レヴナントは、ネクロマンサーが操る死体のことです。ゾンビ等とは異なり、生前の身体能力や技術を維持したまま動くため、非常に厄介な相手となります』
「ネクロマンサー……!?」
思わず声が跳ね上がった。
「たきび殿もその存在を知っていたか。そうだ。今回の事件の裏には、間違いなく奴が絡んでいる」
ドーザさんが苦々しく吐き捨てる。
おいおい、今まさに一番会ってみたい職業No.1じゃないか!
この世界における謎の『権限』について、ぜひとも詳しい話を聞いてみたい。
「そのネクロマンサーは、今も近くに?」
「いや、術者はすでにこの場を去ったあとだ」
「……そうですか」
期待は外れてしまった。
『マスター。何を呑気に残念がっているのですか。今は目の前の脅威に集中してください』
わかっているよ。
呆れたようなアカシャの警告に口を尖らせたような返事を返すと、意識を切り替えた。
「ドーザさん。レギオンの弱点は分かりますか?」
「通常のレヴナントなら首を刎ねれば止まる。だが、あれは無数の死体が融合した異形だ。同じ手が通用するかどうかは……」
あのドーザさんが言葉を濁すとは珍しい。
要するに、斬ってみないことには始まらないということか。
「分かりました。ひとまず、首を狙ってみます」
その時、ホールを覆い尽くしていた多重魔法の嵐が、ようやく収まりを見せ始めた。
ズシン……ズシン……。
立ち込める粉塵の向こうから、床を揺らす重低音が響いてくる。
俺は展開していた巨大ゴーレムの損傷を修復しながら、その影が姿を現すのを待った。
割れた窓から夜風がうねり、濛々たる粉塵を浚っていく。
やがて現れたその全貌を目にした瞬間──俺の呼吸が止まった。
「……なんだよ、あれ」
喉の奥から、乾いた声がこぼれ落ちる。
ゴーレムの一撃で吹き飛ばした時は、距離と怒りでよく見えていなかった。
だが、間近で直視したその姿は、俺の理解を超えた悪夢そのものだった。
こいつを作り出したやつが、本当にネクロマンサーだっていうのか?
俺の知ってるネクロマンサーは……。
巨体の胸のあたりに視線を落とした瞬間、俺の思考はピタリと停止した。
「……ッ!」
まだ幼い子供の顔が白く濁った眼球で虚空を見つめていた。
声にならない叫びを上げ続けながら。
俺自身の浅はかさが焼きごてに変わり、罪の刻印を押すように胸の真ん中に押し付けられた。
同時に、マグマのようにどろりとした熱い塊が胸の奥底からせり上がり、激しい脈動となって全身へ流れ始める。
ほんの数分前まで「ネクロマンサーと話してみたい」などと脳天気なことを考えていた自分が、無性に腹立たしかった。
同時に、かつての淡い記憶が脳裏をよぎった。
――前世で、夢中になったネットゲームがあった。
そこで出会った不人気職・ネクロマンサーを愛するプレイヤー。
はじめは絡む事も少なかったが、クエストを重ねて行くうちに色々話すようになった。
何故ネクロマンサーに?
唐突に聞いた俺に、彼は答えた。
『死んだ人の願いを叶える職業だから』
最も死に近い職業だからこそ、最も人の死に寄り添い、『尊厳』を大切にできるから、と。
「でも、戦闘ではお願いして頑張って貰うんだけどね」と、続けて放った彼の一言にお互い笑い合った。
何故、彼がそう答えたのか、憶測は止まらなかった。
しかし、ゲームには必要ないであろうその考えに、俺は深い感銘を受けた。
少なくとも、俺はその瞬間からネクロマンサーへの忌避感は無くなった。
だが──目の前にあるこれは何だ。
人の願いを、命を、死者の尊厳すら徹底的に踏みにじり、ただの兵器として弄ぶ外道の所業。
全てのネクロマンサーが彼のようにあるべき、とは言わない。
だが、彼の思いを汚すような真似を、俺は絶対に許さない!
今すぐ楽にしてやるぞ!
パキパキパキッ!
右腕を覆う装甲が音を立て、地面に届くほどの巨大な異形構造へと組み替わっていく。
アカシャ!
『了解』
──シフトチェンジ。
次の瞬間にはレギオンの顔面に躍り出ていた。
突然目と鼻の先に現れた俺に対し、レギオンは反応すらできていない。
視界を埋め尽くす白い眼球が一斉にこちらを向くより早く、組み替えた右腕を首元へかざす。
真横に一閃。
キィィィィィン──!!
鼓膜を突き破る金属摩擦音が響いた時には、俺の足はすでに元の石畳を踏みしめていた。
レギオンの無数の目がせわしなく動き回って、ようやく俺の姿を捉えた。
反撃のために巨体が動こうとした、まさにその瞬間。
ズズ……ズズゥゥン!
レギオンの巨大な首が斜めに滑り落ち、爆音を立てて床へ叩きつけられた。
「なっ……!?」
背後からドーザさんの驚愕する声が聞こえる。
右手の極小のノズルから放たれるのは、超高圧圧縮された水流と、床の石材から抽出した微細な砂の粒子。
音速を遥かに超越した流体の極細線が、分厚い肉も強固な骨も、ただの薄紙のように切断したのだ。
『改良の甲斐がありましたね、マスター』
ああ。グラトニー・グリフォン戦の反省が生きたな。
脳内のアカシャと短い言葉を交わしながら、俺は倒れ伏した首へと視線を向けた。
だが──切断された肉塊の目は、未だに不気味な蠢きをやめていない。
不意に、首を失った胴体が緩慢な動作で腕を伸ばした。
床に転がる己の頭部を拾い上げると、無造作に首の断面へ押し当てる。
ウジュル……ウジュルル……!
断面から赤黒い肉芽が無数に噴き出し、まるで生き物のように絡み合い始めた。
……首を落としてもダメなタイプか。
チラリと視線をやると、ドーザさんも異次元の再生力に言葉を失っている。
次の戦術を思考の表層に引っ張り上げようとした、その時だった。
『おい、たきび!無事か!?』
脳内に直接、心配に満ちた聞き慣れた声が響き渡った。
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次回、第78話は【ゴーレム対レギオン】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




