第72話:アサシンロードの憂鬱
たきびの姿を見て安堵のあまり泣きじゃくるテレスタリアを、レーヴァの元に運び治療を受けさせるたきび。
しかし、状況をアカシャから聞いていたたきびは、レーヴァとテレスタリアを置いて、先にサーヴェツェリ侯爵の屋敷に跳んだ。
治療を終えたテレスタリアはレーヴァに事の経緯を話始める。
一方で、レヴナントとなったテキゼン侯爵を相手に、クロードは苦戦していた。
ドガンッ──!!
鼓膜を揺らす爆音とともに巨大な影が弾丸のごとく吹き飛び、石造りの壁へ激突した。
パラパラと瓦礫が崩れ落ちる中、濛々たる粉塵の奥からテキゼン侯爵がゆっくりと身を起こす。
「おのれぇ……!盗賊風情の分際で……!」
白く濁った虚ろな瞳が、部屋の中央に立つクロードを鋭く睨みつけていた。
クロードが身に纏う上品な仕立ての執事服は、所々が無惨に切り裂かれ、焼け焦げている。
顔や腕にも浅くない傷を負い、温かい血が皮膚を伝い落ちていた。
「……まったく、しつこいお方ですね」
クロードは親指で口元の血を乱暴に拭い去る。
全身に暗器を叩き込もうと、手足をへし折ろうと、侯爵は痛痒を感じる様子がない。
強制的に肉体を回復させ、無尽蔵のスタミナで襲いかかってくる。
死というリミッターを外された『レヴナント』の、最も厄介な性質だった。
「私を誰だと思っている!この町を統べるテキゼン・サーベツェリだぞ!」
侯爵が吠えた直後、その姿がゆらりとブレ──一瞬にして四人へと分裂した。
固有スキル【幻惑】。
単なる光の屈折や錯覚であれば、クロードの持つ【看破】で見破ることができる。
しかし、この男の幻はタチが悪い。
あろうことか『質量』と『物理干渉力』を伴っているのだ。
実在する物体とほぼ見分けがつかないとなると……実戦での看破率は七割といったところですか。
小さくため息をつく。
その僅かな隙を見逃さず、四人のテキゼンが同時に襲いかかってきた。
「仕立て直し代もメイアス様に請求しなければいけませんな!」
覇気のない呟きとともに、クロードは猛然と床を蹴った。
一人目の懐へ一瞬で潜り込み、魔力を纏わせた手刀で首を刎ね飛ばす。
──だが、手応えなく煙となって霧散した。
偽物。
間髪入れず二人目の側面へ回り込もうとした瞬間、背後から三人目のテキゼンに両腕を羽交い締めにされた。
「……!?」
視線の先では、四人目が距離を取り、凶悪な魔法の詠唱を始めている。
あちらも偽物……ですが、放たれれば厄介ですね
クロードは拘束されたまま、指先から暗器を一本、床へと落とした。
落下する直前、足の甲でそれを跳ね上げ、猛烈な一撃で蹴り飛ばす。
シュッ──ボンッ!
鋼の針は四人目の首に的確に突き刺さり、爆ぜた。
首から上が吹き飛ぶが、それもまた煙となって消える。
「……死ね、ゴミがぁ!」
耳元で三人目が不気味な呪文を呟くと同時に、正面から二人目のテキゼンが大剣を上段に振りかぶった。
二人のどちらかが本物──
ですが、答え合わせをしている時間はなさそうですな!
クロードは看破の出力を限界まで引き上げた。
目元に太い血管が浮かび上がり、世界がスローモーションへと減速する。
微細な筋肉の収縮、体重移動、剣の軌道、空気の震え。
あらゆる情報を脳内で高速演算する。
瞬間、両足を前方へ跳ね上げ、振り下ろされる大剣の柄を的確に蹴り弾いた。
その反動を利用し、身を翻して後方の三人目へと倒れ込む。
強烈な打撃に羽交い締めが一瞬緩んだ。
その隙を見逃さず、回転するように拘束を脱出する。
だが、三人目の詠唱は止まっていなかった。
自爆──!?
「げっげっげ、死ねぇ!」
大剣を弾かれた二人目が狂ったように笑う。
あれが本物でしたか!
直後、三人目の肉体が異常な閃光を放った。
ガガーン──!!
屋敷全体を揺るがす大爆発。
爆光と粉塵が執務室の視界を完全に奪い去る。
「塵も残さず吹き飛んだか、げっげっげ!」
壁際に控えていた本物の侯爵が立ち上がり、不気味な声で笑った。
床から黒いオーラを纏う大剣を拾い上げ、部屋の出口へと向き直る。
「逃げた奴らを血祭りにあげてやる──」
その瞬間だった。
立ち込める爆煙を一直線に引き裂き、黒い影が弾丸のごとく飛び出した。
完全な死角。
侯爵の首元へ、黒い稲妻のような突きが叩き込まれる!
ギギィィン──!!
重厚な金属音が響き、侯爵の巨体が再び壁へと激しく激突した。
「……防がれましたか」
煙の残滓の中から現れたのは、ボロボロになりながらも静かに佇むクロードだった。
歩きながら手を握り直し、自身の調子を確かめる。
破れた布地の隙間から覗くのは、初老の執事とは思えぬ彫刻のごとき肉体と、無数の死線をくぐり抜けてきた古傷。
初老の執事の皮を脱ぎ捨てたかのようなその圧倒的な存在感に、侯爵は歯噛みした。
「クソ……しつこい奴め……!」
「そっくりそのまま、お返しいたしますよ」
ズズ……と立ち上がった侯爵が、再び四人に分裂する。
「仕切り直しですか。流石に肩が凝りましたな」
クロードは気だるそうに肩を回した。
邸内の魔力感知を行ってみましたが、一階のあの感じ……救援は望めなさそうですね。
念のために、助けが来てから使おうと思っていましたが……やむを得ません。
深々と息を吸い込み、魔力の深淵へ届かせるように静かな詠唱を始める。
「ゼクラ・ルミネア、ウムブラ・ルクス。イグ・ナトゥス・アビス・フルガタ──(剥がれ落ちよ、光影の境界。生まれしは深淵の波濤)」
「き、貴様ぁ……!その呪文、まさか!?」
侯爵の顔に初めて明確な戦慄が走る。
「魔力消費が激しすぎて、使いたくはなかったのですが」
クロードは薄く微笑み、その魔法の名を紡いだ。
「第四階梯魔法────【シャドウ・サーバント】」
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次回、第73話は【死を殺す】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




