第69話:悪夢の始まり
不意に目の前に現れた、異形の巨体。
人々の顔が、体が、体中に蠢くその巨人の姿に、戦う気力すら奪われるドーザ達。
絶望の巨躯が、ドーザ達に牙を剥こうとしてた。
ドーザは以前帝都の図書館で読んだ文献を思い出した。
おそらく、これが文献に記されていた『悪夢』だ。
無数の個体が合体し、単体で一個師団に匹敵する戦闘力を持った集合体——
『レギオン』
それをレヴナントで意図的に引き起こしたのだ。
重苦しい絶望が立ち込め、騎士たちの剣先が震え始める。
「……目を逸らすなッ!」
戦闘経験が豊富なドーザは声を張り上げ、恐怖で凍りつきかけた騎士たちの思考を強引に引き戻した。
「動いている以上は斬り伏せられる!あんな化け物に、俺たちの命を捧げてやる必要など、どこにもない!」
背後で震える姪をかばい立ちながら、ドーザは大剣を握り直した。
「行くぞ!怯むな!生きてこの屋敷を脱出するぞ!構え!」
歴戦の騎士の叫びに応じるように、巨人表面の濁った眼球が一斉に彼らへ向けられた。
ズォッ!!
空気を裂く凄まじい風圧とともに、巨大な肉の拳が、容赦なく彼らへ向かい放たれた。
数トンクラスの質量による、圧倒的な運動エネルギーの暴力。
騎士三人がドーザの前へ瞬時に移動し、同じ呪文を唱え、盾を構える。
「第一階梯魔法!ライト・バックラー」
盾に魔法の障壁を展開。
防御力を上げた状態で連携して衝撃を抑えこむ。
ズゥゥン!
砲撃のような一撃が三枚の盾に阻まれる。
「ぐうっ!」
足を滑らせながらも、三人の騎士はなんとか一撃を防ぎ切った。
同時に重厚な大剣を振り抜いたドーザが、レギオンの側面に回り込み、その振り下ろされた左腕付近へ太刀筋を深く叩き込む。
肉を断ち切る鋭い手応え。
パックリと大きく開いた傷口から、腐臭を放つ黒血が溢れ出た。
「よし!効いているぞ!」
騎士の叫びがホールに響いた。
行ける!という思いが全員の脳裏をよぎった。
だが、その期待は一瞬で打ち砕かれる。
ウジュル…ウジュル…
傷口の内部から赤黒い筋繊維が蠕動し、まるで生き物のように絡み合い始めた。
破れた皮膚と肉が引き寄せられ、ものの数秒で傷痕すら残さず再生していく。
「なっ!?嘘だろ……」
騎士達から一瞬にして希望の気配が消える。
「くそっ、生半可な物理攻撃じゃ拉致があかないか!」
一旦距離を置くようにジャンプし、着地したドーザが苦々しく吐き捨てる。
その瞬間、一瞬で再生を完了したその巨木のような腕でドーザを薙ぎ払ってきた。
避ける隙はない。
ドーザは瞬時に魔力を練り上げ、全身に纏わせつつ大剣を盾代わりにし、衝撃を受ける体勢をとった。
ガゴォンッ!!
岩石同士が全力で激突したような、鼓膜を突く爆音が轟く。
「ぐぅ!!」
数トンを超える質量の打撃を食らい、ドーザの脚が石畳を激しく削りながら後方へ滑っていった。
「伯父様!」
「心配いらん!」
ドーザは力任せに体勢を立て直すと、悪夢の巨体に目配せをしながら、テレスタリアへ怒号を飛ばした。
「テレスタリア!走れ!ここは俺たちが足止めする!」
「そんな……!伯父様たちを見捨ててなんていけません!」
拒絶する彼女の叫びを置き去りにし、再び巨大な拳がドーザを襲う。
ドーザはそれを紙一重にかわしながら、喉を枯らして叫び続けた。
「いいか!今こいつをここで食い止めなければ、そのまま町へ雪崩れ込む!スタンピード以前にベルシアが内側から崩壊するんだぞ!」
「ですが……っ!」
「クロード殿も上で命を張っている!この土壇場で動けるのは、お前だけなんだ!」
怯えるテレスタリアの視線の先で、三人の護衛騎士たちがレギオンの足元へ切り込んでいた。
だが、巨大な足のひと払いで吹き飛ばされ、石柱へ激しく叩きつけられる。
「お前は何のためにここまで来た!?町の人々を守るためだろう!」
「っ……!」
「お前がギルドへ駆け込み、救援を連れてくることだけが、今この場を打開する唯一の道だ!」
巨人の容赦ない追撃がドーザを襲い、彼は大剣で受け止めきれず、壁際まで吹き飛ばされた。
ガシャーンと甲冑が鳴り響く。
「ぐはぁ!」
「伯父様ぁっ!」
「俺がこいつを惹き付けているうちに!行けぇぇぇッ!!」
ドーザは血を吐き出しながら立ち上がり、魔力を爆発させてレギオンの足首に決死の斬撃を叩きつけた。
巨躯がわずかにグラリと傾く。
「行ってください、テレスタリア様!」
「俺たち騎士団も、ここで死守しますので!」
「どうかこの状況を伝えて救援を!」
倒れかけていた三人の騎士も、血みどろになりながら立ち上がり、大剣を構え直して叫ぶ。
その必死の眼光に背中を押され、テレスタリアは溢れ出る涙を拭うことすら忘れて走り出した。
「必ず……必ず人を連れて戻ってきます!それまではどうか……っ!」
彼女が館の重厚なエントランスの扉を開け放ち、外へと飛び出していく。
「……ふぅ、これでいい」
ドーザは背を向けた姪の無事な離脱を確認すると、ホールの中央に移動した。
三人の騎士たちも肩を並べ、テレスタリアが出ていった扉の前で陣形を組み直した。
その時、目の前の巨人の全身から、禍々しい紫色の魔力が噴き出し始めた。
体中に埋め込まれた無数の死体の口が、一斉に不気味な呪文を紡ぎ始めている。
死者の合唱による、多重魔法の展開。
「……すまんな」
ドーザが短く漏らした言葉に、隣の騎士がフッと口元を緩めた。
「何を仰いますか。俺たちはこの町を守るのが使命なんですから」
「ここで気張らなきゃ、騎士になった意味がありませんよ!」
「勝った暁には、皆で祝杯でもあげましょう!」
彼らの瞳に恐怖はなく、英雄としての覇気すら感じさせる覚悟が感じられた。
「そうだな」
ドーザは一瞬表情を緩めた後、目の前の絶望を切り裂くように覇気を放つ。
そして四人は同時に姿勢を低く構え、押し寄せる死の魔力に向けて、残された全魔力を錬成し始めた。
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次回、第70話は【私はいつも】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




