第68話:絶望の異形
副ギルド長のシレルを捕らえる事を失敗したドーザ達。置き土産に残していったのは、意思らしきものを持つ、不気味なテキゼン侯爵のレヴナントだった。
ドーザ達をギルドマスターの元へ送り出すべく、異質のレブナントに立ち塞がるクロード。
ドーザ達は、一刻も早く応援を呼ぶべく執務室を後にした。
執務室にただ一人残ったクロードの気配がどんどん遠ざかる。
しかし、時折、「ズゥン」と建物を揺らすような衝撃を感じた。
彼が命を賭して稼いでくれている時間を、一秒たりとも無駄にはできない。
「テレスタリア、手を離すなよ!」
「は、はい……っ!」
テレスタリアの細い手を強く引き、ドーザは、侯爵邸の薄暗い廊下をがむしゃらに駆け抜けた。
背後を固める三人の騎士に顎で指示を飛ばし、一階へと続く大階段へ飛び込む。
「急げ!一気にホールを抜けて外へ出るぞ!」
石造りの冷たい階段を駆け下りる靴音が、静まり返った館内に響き渡る。
だが——中腹の踊り場に差し掛かった瞬間、ドーザの足はピタリと止まった。
後に続こうとした騎士たちも、前方の光景に息を呑んで硬直する。
「……おい、どういうことだ……」
ドーザの口から乾いた声が漏れた。
眼下に見下ろす一階のメインホール。
そこには彼の戦術セオリーを根底から覆す光景が広がっていた。
数刻前、あそこは死地だったはずだ。
床を埋め尽くしていたのは、生前の技能を使う動く死体——レヴナントたちの残骸である。
剣撃によって関節を断たれ、頸椎を砕かれて沈黙した、三十体以上の死体が転がっていたはずなのだ。
——だが、無い。
一つ残らず、消えている。
赤黒い何かが石畳にこびりついているのに、質量を持った肉の塊だけが消失していた。
「なっ…し、死体が……消えた……?」
騎士の一人が、剣の柄を握る手を震わせながらつぶやいた。
術者が討たれたことで魔法が解け、塵となって消えたのか?
いや、もしそうなら、肉片をこすり付けたような痕跡が床に残っている理由がつかない。
まるで、大量の死体が巨大な『何か』に引き寄せられ、這いずったかのような痕跡。
異様な魔力が漂う空間で、ドーザが考えを巡らし、注意を払っている間も、不自然な静寂が、ホールの底に沈殿していた。
したたり落ちた汗の音が響き、一段、足を降ろした次の瞬間だった。
ブーツの裏を通し、ズン、と重い振動が伝わってくる。
「……ッ!?気をつけろ、下だ!!」
魔力探知ではない。
明確な『物理的質量』の振動だった。
想像もつかない異常な質量が、階段の真下、足元の死角で石造りの構造物に限界を超える負荷をかけている。
「跳べぇぇぇッ!!」
ドーザが叫ぶと同時、足元の石段が内側から吹き飛んだ。
下方からの強烈な突き上げ。
石の破片と粉塵が弾け飛び、足場が瞬時に崩壊する。
「きゃあっ!?」
「くっ……!」
悲鳴を上げたテレスタリアの体を、ドーザは空中で強引に抱き寄せた。
着地時に魔力で肉体を強化する。
みしりと甲冑の関節を軋ませ、膝を限界まで深く曲げて落下による運動エネルギーを脚で殺した。
「ぐ、っ……!」
腕の中のテレスタリアをかばう壁となり、粉塵が舞い散るホールで激しい衝撃を耐え抜く。
「大丈夫か!?テレスタリア」
「は、はい……伯父様のおかげで……。でも、あれは……っ!」
ドーザの腕の中で、彼女の震える指先が、晴れゆく土煙の向こうを指差していた。
そこに現れたのは、巨大な『人型』だった。
吹き抜けの天井に届きそうなほどの巨躯は、優に五メートルを超えている。
しかしそれは、人の輪郭を模しているだけの肉の塔だった。
「な、なんだあれは!?」
騎士達の瞳が大きく開く。
顔。顔。顔。
レヴナントたちの顔や体が、一体の巨大な巨躯にパッチワークのように縫い合わされていた。
「……さっきの死体を全部……つなぎ合わせたのか……!」
ドーザは苦虫を噛み潰したような顔で、吐き捨てるようにつぶやいた。
巨人の表面には、無数の顔や削げ落ちた手足が埋め込まれ、蠢いている。
関節からは誰かの太ももや歪んだ手首が生え出し、空を掻いていた。
本来の骨格や力学的バランスなど完全に無視された、ネクロマンサーの禁忌による歪形。
埋め込まれた無数の顔の白く濁った眼球が無秩序に、しかしドーザ達を舐め回すように動く。
そして何かを伝えたそうに、それぞれの口を開閉させていた。
「ア……ァァ……ギ……ィ……アァ」
どうやっても口から発せられるとは思えない音が、『体中の口』から漏れ続ける。
「嫌……嫌あぁぁっ!?」
不意に、ドーザの腕の中でテレスタリアが悲鳴を上げ、両手で顔を覆った。
「どうした、テレスタリア!」
「あ、あの胸のあたりの……顔……っ!」
彼女の指差す先——巨人の胸部の中央に、幼い男の子の顔が埋め込まれていた。
……あの子だ。
先ほど乱戦の中、上半身だけで這いずり回り、テレスタリアを刺し殺そうとした男の子の顔だった。
いや、それだけではない。
先程戦闘を行ったレヴナントの数より、表面に浮かぶ顔の数が明らかに多い。
戦闘に加わらなかった、この館にいた給仕や従者まで巻き込み、文字通り『あらゆる死体』をかき集めたのだ。
「うっ……えぐっ……!」
テレスタリアはドーザの腕を振りほどき、四つん這いになりながら胃液を吐き散らした。
「ひ、ひどすぎる……こんなの、あんまりです……」
涙を流しながらつぶやく。
「これも……ネクロマンサーの力なのか……あ、ありえない……」
騎士たちが目の前の絶望を声にした。
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次回、第69話は【悪夢の始まり】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




