第66話:ネクロマンサー
レブナントの群れに襲われ、劣勢に立たさせるドーザ達。
一瞬の隙をつかれ、狂気がドーザの命を奪う寸前、全てのレブナントがその場に崩れ落ちた。
混乱する場に現れたのは…
その時、ギィ、と二階の回廊の扉が開く音が、静まり返った広間に響いた。
一瞬、空気がひりつく。
しかし、そこに立っていたのは、クロードだった。
彼は無表情のまま、右手に一人の男の足首を握っている。
石の階段に鈍い音を立てながら、ずるずると引きずり下ろされたその男は、全身に黒いローブを纏い、すでに事切れていた。
「クロード殿!無事でしたか!」
ドーザが声を張り上げる。
「いやはや、ご心配をお掛けしたようで申し訳ございません」
「その男は……?」
「この騒ぎの操り手、『ネクロマンサー』ですな」
「ネクロマンサーだって!?」
騎士たちの間に、弾かれたようなざわめきが走る。
仕立ての良い衣服を着こなした紳士然とした男が、ローブ姿の死体の足首を無造作に掴み、石段をずるずると引きずりながらホールへと降りてくる。
その光景はあまりにも非日常的だったが、どういうわけか、誰もが一枚の残酷な名画を見せつけられているような、奇妙な納得感を覚えていた。
「乱戦の最中ゆえ伝えられなかったが、我々が戦っていたのは、レヴナントと呼ばれる者たちだ。腐肉を引きずるだけの屍とは違い、生前の技能をそのまま行使する、極めて厄介な相手だ」
ドーザが額の汗をガントレットの手甲で乱暴に拭いながら口を開いた。
「レヴナントはネクロマンサーによって使役される。私も詳しくはないが、基本的には死体であればどのようなものでも操れると言われているな」
「しかし、我々が耳にする死霊魔術といえば、せいぜい墓場から這い出たゾンビやスケルトンを操る程度のものです。今回のような生きた人間のように動き回る死体など……なあ?」
騎士の一人が震える声で同意を求めると、他の者たちも青ざめた顔で頷き合った。
「その通りだ。だが、死から長い時を経た腐乱死体と、つい先ほどまで命があった『新鮮な死体』とでは、レヴナントとしての戦闘力がまるで違う。さらに、術者の力量が底なしであればあるほど、操られる死者たちもより凶悪な力を発揮すると言われているが…」
その言葉に、テレスタリアの華奢な肩がびくりと跳ねた。
彼女の視線が、床に転がる見覚えのあるメイドや、使用人たちの亡骸を震えながらなぞっていく。
「では、ここにいる……さっきまで私たちに襲い掛かってきた人たちは……」
完全に血の気を失った彼女の唇が、かすかに震えている。
「……ああ。屋敷を襲撃され、殺された直後にネクロマンサーの術に組み込まれたと見て間違いないだろう」
ドーザは苦渋に満ちた声で肯定した。
「だから、あの料理人姿の女性ですら、盾で受け流しても態勢が崩れるような攻撃を……」
騎士もようやく自分が受けた理不尽な攻撃を理解した。
「ネクロマンサーが一人いるだけで、戦局が大きく変わりますからな。先に潰してしまうのが上策です」
まるで幾度もその脅威を退けてきたかのような、あまりにも平然としたクロードの声音。
「生前の技を持つ、死なない剣士が次々と生まれ、襲いかかってくるって事か……」
骨の髄まで冷えるような想像に、騎士たちは己の腕を抱くように身をすくませる。
そして、足元に転がる物言わぬ肉塊へと忌々しげに視線を落とした。
ドーザは涼しい顔で立つクロードへと向き直った。
「……やはり、気付かれていたのだな。戦いの最中、二階からの弓やナイフといった飛び道具が極端に減り、厄介な魔法系の攻撃も一切なかった。クロード殿が遠距離攻撃のレヴナントを密かに排除しつつ、術者本体を探し出してくれたのだな?」
「ええ。乱戦は私の性に合いませんので」
凄惨な死地にあって衣服の乱れひとつ見せないクロードが淡々と頷く。
その傍らで、ドーザの腕の中で庇われていたテレスタリアも、ようやく自力で立てるだけの生気を取り戻し始めていた。
青白かった頬に微かな赤みが戻り始める。
震える足で立ち上がると、彼女はクロードに向かって深く頭を下げた。
「クロード様……ありがとうございます。あなたがいなければ、私たちはどうなっていたか……」
「私も礼を言う。あのままでは、完全に数と力で押し負けていた。貴殿の機転に救われた」
ドーザもまた、真っ直ぐにクロードを見据えて深い感謝の意を示した。
だが、ドーザの胸の奥底では、冷ややかな疑念の炎がチロチロと燻っていた。
これほどの窮地において、単独で敵の死角を突き、司令塔を確実に仕留めるなど並大抵のことではない。
この男は本当に我々の協力者なのだろうか。
もしや、このネクロマンサーや一連の騒動と裏で繋がっているのではないか。
しかし、クロードはそんなドーザの探るような視線も無視し、静かに踵を返した。
「感謝には及びません。それより、皆様を案内したい場所があります。こちらへ」
もう一度階段を登り始めるクロード。
疲労を感じながらも、ドーザ達は促されるまま、クロードの後を付いて行った。
◆
クロードが彼らを導いたのは、二階の最奥にある豪奢な両開き扉の前だった。
「ここは…執務室か!」
ドーザが呟くとクロードが扉を見ながら頷く。
サーベツェリ家現侯爵、テキゼン・サーベツェリの執務室であった。
重厚な扉を押し開けた瞬間、むせ返るような死臭が鼻腔を突いた。
「こ、これは……」
ドーザが絶句する。
部屋の壁に寄りかかるようにして、一人の男が座り込んでいた。
豪奢な衣服は引き裂かれ、乾ききった赤黒い染みがべったりと付着している。
胸の中央には、見たこともない特殊な文様が刻まれた細身の剣が、深々と突き刺さっていた。
「テキゼン侯爵……!?」
テレスタリアの声が跳ね上がる。
「死斑や腐敗の進行具合から見て、死後三日以上は経過しているかと」
クロードが場の混乱を鎮めるような、冷静な声で答えた。
ドーザは部屋の中を見渡す。
ひっくり返った重厚なデスク。
焼き切れた高価な絵画、壁に刻まれた無数の剣痕や傷。
間違いなく、何者かと激しい死闘を繰り広げた形跡だった。
「この剣……特殊な文様が彫られているが、どこの意匠だ?」
ドーザが眉間に皺を寄せ、侯爵の胸に刺さった剣に手を伸ばそうとした、その時。
「失敗したか。やはり私が直接指揮した方が良かったかな?」
背筋を這い上がるような、酷く場違いなほど軽薄な声が響いた。
声がしたのは部屋の片隅。
さっきまで誰もいなかったはずの暗がりに、いつの間にか外套を纏い、フードを深く被った男が立っていた。
「チッ!」
ドーザが咄嗟にテレスタリアを背後に庇い、大剣を構える。
騎士たちも一斉に抜刀し、殺気を放った。
対照的に、クロードは背筋を伸ばしたまま、あえて一切の構えを取らずに男を見据えていた。
「何者ですかな?」
「おやおや、怖い人がおられるなぁ」
「…どこかでお会いした事が?」
男は返答を返す事も、悪びれる様子もなく、床に散らばる書類を踏みつけながらゆっくりと歩き出す。
その歩法を視界に捉えた瞬間、クロードの姿がブレた。
――速い。
ドーザたちには、クロードがいつ床を蹴ったのかすら見えなかった。
瞬きすら置き去りにする速度で間合いを詰め、男のフードへ手を伸ばす。
しかし、クロードの指先が布地に触れる寸前、男の姿が陽炎のように揺らいだ。
ひらりと舞う木の葉のように腕をすり抜け、男は一瞬にしてテキゼン侯爵の死体の傍らへと移動していた。
「なっ……!?」
騎士の一人が驚愕の声を漏らす。
「少々予定と変わってしまったが……この剣は預からせて貰います」
男が侯爵の胸に刺さる剣の柄に手を掛けようとした瞬間、クロードはすでに次の一手を打っていた。
壁を蹴って鋭角に男の死角へ飛び込む。
喉笛を狙った手刀。
肘打ち。
膝蹴り。
魔力で強化した、純粋な物理運動と重心移動を凌駕した格闘術の極致とも言える動き。
だが、男はまるでクロードの動きを先読みしているかのように、最小限の動きで全てをいなしていく。
「しつこいなあ」
「虫は嫌いでして。一匹残らず駆除しないと気が済まないタチなのですよ」
冗談めかした言葉の応酬とは裏腹に、その攻防は死と隣り合わせの凄まじいものだった。
空気を切り裂く風切り音が、狭い室内で爆発するように鳴り響く。
二人とも、互いの致命傷となり得る一撃を紙一重で躱し続けている。
「……これは、剣の回収も難しそうだ」
男は小さく息を吐き、バックステップでクロードとの距離を大きく取った。
「そろそろ、あなたが誰か教えて頂けませんか?」
手袋の張りを確認しながら、聞き返すクロード。
「見せたら見逃してくれますか?」
「いいえ」
クロードが即答する。
「本当に怖いお方だ」
男は肩をすくめ、おどけた仕草を見せた。
その一瞬の隙だった。
男の背後に、巨躯の影が音もなく立ち上がった。
——ドーザである。
「!?」
男が気配に気づいた時には遅い。
「さすがですな」
クロードが呟くと同時に、ドーザの太い腕が男の外套を強引に掴み、力任せに剥ぎ取った。
フードの下から現れた素顔を見て、クロードはわずかに目を見開いた。
手入れの行き届いた銀糸のような髪。
知性を感じさせる端正な顔立ち。
ハルティアやフローディアと行動を共にしていた際、晩餐会などで幾度か顔を合わせていた男だった。
「これはお久しぶりでございます。副ギルド長、シレル・ミケニア様」
「副ギルド長、ですって!?」
テレスタリアが驚嘆の声を上げる。
ギルド内でも話題に上がった、行方不明になっている副ギルド長。
その人物が目の前にいた。
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次回、第67話は【シレルと異様なレブナント】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




