第65話:還死者たち
ドーザとテレスタリアはクロード、そして騎士3名と共に、サーベツェリ侯爵邸に入る事に。
今までに無い雰囲気がする侯爵邸に、緊張する一行。
そして、とうとう建物内に入るも、そこに現れたのはサーベツェリ邸内で働く「人々」だった。
肌からは完全に生気が失われ、まるで植物の根のようなドドメ色の血管が全身に浮き出ている。
白く濁った瞳は焦点を結ばず、ただ不気味にキョロキョロと動き回っていた。
そして何より、彼らの首や胸元には、生きた人間であれば即死しているはずの致命的な大穴が開き、どす黒い血がこびりついている。
「やはり…」
この地獄絵図を予測していたかのように、クロードが冷たく呟いた。
「あ、あれは……一体……!?」
テレスタリアの全身の震えが止まらない。
奥歯がカチカチと鳴り、美しい肌から急速に血の気が引いていく。
「レヴナントか!来るぞ!」
ドーザの怒声が広間に響き渡った瞬間。
何十体もの動く死体たちが、侵入者を徹底的に排除する絡繰のように、一斉に襲い掛かってきた。
「なっ!?」
騎士の一人が驚愕の声を上げる。
無理もない。
重い鎧を着た騎士姿のレヴナントの動きは、鈍重な屍のそれではなく、生きた人間のように機敏だった。
ガキンッ!
ドーザの大剣が、襲い来る騎士レヴナントの剣を弾き返す。
その太刀筋は、紛れもなく熟練の剣士が放つ鋭い一撃だった。
「な、なんでゾンビが剣術を!?」
「くそっ、囲まれるぞ!」
騎士たちも即座に応戦するが、相手の予想外の力と技量に、明らかに押されている。
その瞬間。
「ぐあっ!」
陣形の右翼を担っていた騎士が、苦悶の声を上げた。
彼の腕の鎧の隙間に、小ぶりのナイフが深々と突き刺さっている。
「どこからだ!?」
別の騎士が視線を向けた先。
大広間の二階の回廊に、数本のナイフを指の間に挟んだ『料理人姿の女』が立っていた。
その腕は、すでに次の投擲フォームへ入っている。
「しまっ……!」
負傷した騎士を庇うように別の騎士が盾を掲げた瞬間。
ガキンッ!!
女性の腕力からは到底出せない凄まじい衝撃音が鳴り響き、騎士の体勢が崩れた。
「テレスタリア!頭を下げろ!」
ドーザの声に、テレスタリアは弾かれたようにその場にしゃがみ込み、頭を抱えた。
剣戟の音、肉を断つ音、怒声が頭上を飛び交う。
この恐るべき状況と敵の正体を正確に把握しているのは、ドーザとクロードだけだった。
未知の脅威に混乱する騎士たちは、明らかに動きの精彩を欠き始めている。
このままでは全滅する。
ドーザはすぐさま声を張り上げた。
「対人・乱戦対応!飛び道具に注意して応戦しろ!首から上を狙え!」
『化物との戦い』ではなく、『対人戦』として思考を切り替えろという明確な号令。
その言葉に騎士たちはハッとし、瞳に戦士としての決意を取り戻した。
明確な指針を得た彼らの動きが、劇的に向上する。
だが、しゃがみ込むテレスタリアは、まだこの悪夢を咀嚼しきれていなかった。
レヴナント。
彼女が初めて聞く言葉。
彼女の知識にある『ゾンビ』は、もっと動きが鈍く、ましてや剣術や投擲など、生前の技能を使うことなどあり得ない。
魔力の気配も不自然極まりない。
何が起きているのか。
テレスタリアの目は、現実から逃げ場を探すように泳いでいた。
震えながら、自分を守る騎士たちの足元へ視線を落とした、その時だった。
布陣を敷く騎士達の足の間から、ナイフを握る細い腕がヌッと伸びてきた。
テレスタリアの瞳孔が一瞬で開ききる。
「いやああああああっ!!」
悲鳴が喉を切り裂いて飛び出した。
彼女が何に叫んだのか、激戦中の騎士たちには視認できない。
目の前のレヴナントを蹴り飛ばして間合いを開けたドーザが、弾かれたように振り返る。
そこにいたのは――
血塗れのナイフを握りしめた、五、六歳ほどの小さな男の子の――上半身だけだった。
乱戦の中、幾度となく踏まれ続け、踏み千切られたのであろう下半身を置き去りにし、両腕だけで這いずり、絶望で硬直するテレスタリアに向かってナイフを振り上げている。
「テレスタリア!目を瞑れ!!」
ドーザの絶叫に、テレスタリアは反射的にぎゅっと目を閉じた。
直後。
ズッ……ガキンッ!……ゴロ……。
鉄の塊が肉を貫通し、硬い石畳に深々と突き刺さる音。
「ひっ……」
何が起きたのか確かめようと薄目を開けかけたテレスタリアに、再びドーザの声が飛ぶ。
「そのまま目を閉じて、絶対に動くな!」
彼女は再び震えながら目を強く閉じ、両腕で頭を抱え込んだ。
ドーザの声で理解した。
すぐ目の前に、完全に活動を停止した、あの小さな男の子の姿があるのだと。
想像するだけで、胃液が込み上げてきそうになる。
「各自、足元の死角にも注意しろ!」
ドーザの檄が飛び、再び剣戟の嵐が吹き荒れる。
四方から際限なく押し寄せるレヴナント。
生前の技術を持った死者たちによる、絶望的な乱戦。
敵味方関係なく飛び交う凶器。
「クロード殿!無事か!?」
ドーザが状況確認のために叫ぶ。
しかし、返事はない。
「クロード殿!?」
再び呼んでも、沈黙だけが返る。
クロードの姿は見えない。
だが、ドーザには今、湧き出す疑念に囚われる余裕など無かった。
着実に敵の数を減らしてはいるものの、腕を切り落とされようが、腹を割かれようが、襲い掛かってくるレヴナントたち。
騎士たちもドーザも確実に疲弊し、傷を負い始めている。
このままでは――。
ドーザが焦燥に駆られた、その時だった。
当初から切り結んでいた、あの熟練の剣が、ドーザの一瞬の隙を見逃さず、鋭く突き出された。
「しまっ――」
ドーザが下から剣を斬り上げ、軌道を逸らそうとする。
だが、明らかに間に合わない距離感だった。
ドーザがあらゆる打開策を脳内に巡らせるも、死の刃がドーザの首筋を貫くイメージを拭えない。
くそっ!このままでは!
イメージが現実になろうとした、その時——
ピタリ。
唐突に、剣の動きが停止した。
「!?」
直後、ドーザの斬り上げがレヴナントの剣を撥ね退け、宙へ吹き飛ばす。
カラン……カラン……。
吹き飛ばされた剣が石畳に落ちて、虚しい音を立てた瞬間。
広間を埋め尽くしていた数十体のレヴナントが、まるで操り人形の糸を切られたかのように、一斉にその場へ崩れ落ちた。
床に転がる無数の骸が、完全に物言わぬ肉塊へと変わる。
ホールを支配していた鉄錆のような血の匂いと、耳障りな剣戟の残響だけが、事の凄惨さを物語っていた。
「はぁ……はぁ……」
ドーザを含め、騎士たちの荒い息が、静まり返ったホールに響き渡る。
「な、なんだ?どうなって……」
傷だらけの騎士たちが、荒い息を吐きながら呆然と周囲を見渡す。
ドーザも眉間に皺を寄せ、警戒を解かずに周囲を睨んでいた。
やがて何かを察したように、ふっと肩の力を抜く。
そして、背後で小さくうずくまるテレスタリアの前へ片膝をつき、優しい声で問いかけた。
「怪我はないか?」
テレスタリアはゆっくりと顔を上げ、首を横に振った。
だが、その美しい瞳からは一切の光が消え去り、虚ろな闇だけが広がっている。
ドーザは己の武器を捨て、震える姪の身体を、その大きな腕でしっかりと抱きしめた。
「もう大丈夫。……大丈夫だからな」
耳元で何度も繰り返される、その低く温かい声。
鉄錆のような死の匂いに満ちたこの地獄で、ドーザの体温だけが、彼女の心を現実に繋ぎ止めていた。
小刻みに震えていたテレスタリアの身体は、彼の温もりに包まれ、少しずつ、少しずつ、生きている温度を取り戻していった。
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次回、第66話は【ネクロマンサー】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




