第62話:雑魚雑魚雑魚雑魚
ギルドを出た時からずっとオウルズ・アイ《白夜の梟》の監視の眼にさらされているたきび。
今後の事を考えると、どうしても目立ちたくないたきびは、壁の穴を塞ぐ作業を、アカシャのある案で行う事に。
果たして、オウルズ・アイの反応は?
西の壁に到着した俺は、思わず息を呑んだ。
視界を覆うほどの巨大な防壁。
その中心に、ぽっかりと絶望のような空洞が口を開けていた。
ここに来た時は、状況が先行して気付かなかったが、近くで見ると、縦横十メートル近い大穴だ。
壁自体の高さは十五メートルほどだろうか。
断面からは砕けた石材や土砂が剥き出しになり、痛々しい爪痕を残している。
「……」
ふと、ここで起こったあの出来事が頭をよぎり、胸の奥に鉛を飲み込んだような重さを覚えた。
『マスター』
大丈夫だ。分かってる。
さて、この大穴をどうやって塞ぐか。
いや、それ以上に――
背中に張り付いている鬱陶しい視線を、どうごまかしてやり過ごすか。
『マスター、案があります』
おっ、助かる。
俺は脳内でアカシャの緻密な作戦説明を聞き、小さく頷いた。
◆
「おい、スパウンが始めるようだぞ」
「妙な動きに注意せねば」
オウルズ・アイの二人は目に魔力を集中させ、視力を極限まで高めていた。
瓦礫の前に立つたきびの一挙手一投足に、四つの鋭い視線が注がれる。
「革袋に手を入れたぞ」
たきびは腰に下げた、魔法陣の描かれた革袋を探り、中から黒ずんだ鈴の破片を取り出した。
そして、瓦礫が散乱する地面にしゃがみ込む。
「よくあんな禍々しいものを素手で持てるな」
「おい、土の中に埋めたぞ。なんだ?あんな真似をして魔力を使えるとは思えんが……」
ところが――。
「!?」
「おい!魔力が消えたぞ!」
二人は驚愕に目を見開いた。
「なんだ?本当に瓦礫や地面に魔力を散らしたというのか!?」
ゴゴゴゴゴ……。
地鳴りのような音が響き渡る。
次の瞬間、ひび割れた大地から、無数の人型ゴーレムが這い出してきた。
「……あれが、ゴーレム?」
「……冗談だろ。あんな不格好な代物、見たことないぞ」
土と瓦礫が混ざり合ってできたソレは、長方形のブロックに、申し訳程度の短い手足をくっつけたような不格好な姿をしていた。
長方形の上部には、子供が木の枝で地面に描いたような、横線の目と口があるだけだ。
それが地面から次々とズボズボと抜け出しては、トコトコと短い足で大穴へ向かって歩いていく。
「人の上半身くらいの大きさか?」
「そうだな……なんとも形容しがたい間抜けなゴーレムだな」
穴の底にたどり着いたゴーレムは、特定の位置まで進むと、ドンッ、と腰を下ろした。
その瞬間、手足が体表のくぼみにスライドするように収納され、完全な直方体のブロックへと変形する。
「ただのレンガじゃねえか!」
「なんだか、見ていると頭がおかしくなりそうだ……」
ブロックと化したゴーレムの上に、後から来た別のゴーレムがよじ登り、半分ずれた状態で座り込む。
それを延々と、気の遠くなるようなスピードで繰り返していく。
「……遅いな」
「まあ、あの大きさだからな。仕方あるまい」
張り詰めていた緊張感はとうに霧散し、二人の間には完全に飽きの空気が漂い始めていた。
――そして、大穴がようやく半分ほど埋まった頃合いで、ピタリと作業が止まった。
「おい、あいつ、壁の横で倒れ込んだぞ!」
「魔力切れか?完全にへたばってる感じだな」
土埃にまみれて大の字になるたきびを見下ろし、二人は呆れたように鼻を鳴らす。
「あいつ、ギルドで数千体のゴーレムを呼び出せるって言ってたよな?」
「ああ。真偽眼の判定も青だった。嘘ではないはずだ」
「だが、あのザマを見ると、本当に出せるのか疑問すら湧いてくるが……」
「時間や速度については質問されていなかったからな。時間をかければ出せる、ということなのだろう」
「……いつ終わるんだ。早く埋めろよ」
苛立たしげに足元の小石を蹴る。
十分後。
たきびはようやく、のろのろと起き上がった。
「……ようやくかよ」
再び鈴の欠片を地面に埋め、ゆっくりと作業を再開する。
「どうする?このまま付き合っていたら、俺達が逃げるための十分な時間がなくなるぞ」
「……もう少しだけ様子を見て判断しよう」
ところが、たきびは先ほどの半分ほどのゴーレムを生成しただけで、再びバタリと地に伏した。
「……雑魚だな」
「ああ、雑魚確定だ。結局まともに作業もできないじゃないか。あと何時間かかるんだよ」
吐き捨てるように言うと、二人は蔑みのこもった視線をたきびへ向けた。
「レーヴァや貴族が推薦してくる奴だから、一応監視してみたが……所詮、スパウンはスパウンか」
「これ以上、あんな雑魚に関わる必要はないな。ギルドに利益や不利益をもたらす以前の問題だ」
「報告はどうする?」
「必要ない。逆にあの雑魚には、俺達の貴重な時間を奪ったことを謝罪してほしいぐらいだぜ」
「まったくだ。この町も、あの雑魚に希望を託した時点で終わってたな。さっさと帝都に帰るぞ」
「ああ」
二人は踵を返し、その場から足早に立ち去っていった。
◆
…………アカシャ。
あいつら、俺のこと、何回「雑魚」って言ってた?
『すみません。滑稽すぎて、数えていませんでした』
人のことを、雑魚雑魚雑魚雑魚言いやがって!
決めた。
あの雑魚好き野郎共、今度会ったら絶対に『ゴーレム百拳』をお見舞いしてやる!
俺は、二人の肩に張り付かせていた微小なエア・ゴーレムを通して、会話を聞いていた。
気配が完全に遠のいたことを確認し、土埃を払って立ち上がる。
『地面の中にゴーレムを作り、埋めた欠片をインベントリに入れれば、魔力が消える。後は無能っぷりを見せるだけ。作戦成功ですね』
それ以上に、俺のプライドへのダメージが大きいんだけどな……。
周囲に一切の人目がないことを確認した俺は、本来の作業に移行する。
「さて、一気に終わらせるぞ」
先ほど、あの二人が「ただのレンガだ」と馬鹿にした不格好なゴーレム。
あれは俺がふざけて作ったわけじゃない。
このスキルにおける最大の縛り――『生成物は必ず人型でなければならない』という制約。
そして、『壁の穴を塞ぐブロック』という用途。
その両方を満たせる形を考えた結果、あの姿に行き着いた。
「こんなにかわいくて機能的なのに、馬鹿にしやがって!」
俺は不機嫌になりつつも目を閉じ、錬成を開始した。
数千という並列タスクの窓が、脳裏に展開されていく。
「来い」
俺の意思に呼応し、地面の土と瓦礫が急速に集束し、結合していく。
ズズズズズッ!
地鳴りが響き、足元のひび割れた大地から、先ほどと同じ、大小さまざまな『手足つきのブロック型ゴーレム』が一気に這い出してきた。
さらに俺は視線を上げ、五メートルクラスの大型ゴーレムを数体錬成した。
それらに『ブロック型ゴーレムを使って、壁の穴を隙間なく埋めろ』というシンプルな命令を【自律制御】のスキルを利用して与える。
直後、大型ゴーレムたちがブロック型ゴーレムを次々と鷲掴みにし、大穴へ凄まじいスピードで積み上げていった。
配置についたブロック型ゴーレムたちは、命令通りに手足を体表のくぼみにスライドさせて収納し、完全な直方体へと変形。
ブロックゲームのように、寸分の狂いもなく互いの体をがっちりと噛み合わせていく。
息つく暇もない連携作業。
ものの五分で、縦横十メートルに及ぶ大穴は、ほぼ完全に塞がった。
「仕上げだ」
俺はさらに『エア・ゴーレム』を錬成する。
大穴をすべて覆う巨大な『空気の人型』を、新造した壁の外側にピタリと張り付かせた。
これで物理的な衝撃を和らげるのはもちろん、毒ガスのような気体攻撃にも対応できる。
「完了。雑魚の力を見せてやったぜ」
完璧な仕事に満足して頷き、ふと足元を見る。
そこには、巨大なクレーターのような大穴が、ぽっかりと口を開けていた。
質量のない空間から無から有を生み出す魔法とは違い、俺のスキルは物質を繋ぎ合わせる物理的な再構築だ。
壁を埋めるための数千体分の質量を地面から抽出したのだから、当然こうなる。
「大量のゴーレムを作るために物質を抽出すると、どうしても地面に大穴が開いちゃうんだよな。これ、どうしたもんか」
『何もない空間から物質を生み出す魔法の召喚とは異なり、再構成ですから仕方ありませんね。むしろ今回は、迫り来る魔物への落とし穴として機能するので、一石二鳥では?』
「まあ、そうなんだけどね」
今後の錬成におけるリソース管理を脳内で計算しつつ、ふと顔を上げる。
日は、すでに大きく西へ傾いていた。
「今から町に戻るのも面倒だし、今日はここで野営するか」
『今は人がいませんが、明日の決戦に向けて、朝早くから陣地構築に来る冒険者がいるかもしれません。テントは防壁の外側に張った方が、誰にも邪魔されないでしょう』
「確かに」
俺は防壁を越え、壁のすぐ外側――つまり、明日、魔物の大軍が押し寄せてくる最前線へと降り立った。
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次回、第63話は【侯爵邸の異変】(※次の話の予定タイトル)を更新予定です。




